煙と嫉妬と、君だけの温度

チャビューヘ

文字の大きさ
1 / 6

第1話 煙の向こう側

しおりを挟む
 喫煙室の扉を開けると、紫煙が顔を撫でた。

 換気扇が低く唸っている。壁際のパイプ椅子に腰掛けた男が、煙を吐き出しながらこちらを見上げた。

「よう」

 桐生凌は片手を上げた。いつもの仕草だ。隼人は無言で隣の椅子を引き、腰を下ろす。ポケットから煙草の箱を取り出し、一本咥える。

 ライターの火が、二人の顔を一瞬だけ照らした。

「今日は何時まで?」

「さあな」

 隼人は煙を吐き出す。桐生の問いに答えるでもなく、視線は正面の壁に向けたままだ。

 二人の間に会話はない。ただ、煙だけが渦を巻く。

「お前、最近顔色悪いぞ」

「別に」

「寝てないだろ」

「……関係ない」

 桐生はふっと笑った。笑い声ではない。鼻から漏れる息だけが、何かを諦めたような響きを持っていた。

「相変わらず素直じゃねえな」

「うるさい」

 隼人は煙草を灰皿に押し付ける。まだ半分以上残っているのに、火を消した。椅子から立ち上がろうとする。

 桐生の手が、隼人の手首を掴んだ。

「待て」

「……何だよ」

「座れ」

 低い声だった。命令ではない。だが、拒否できない響きがある。隼人は舌打ちをしながら、再び腰を下ろす。

 桐生は煙草を咥えたまま、ゆっくりと立ち上がった。隼人の正面に回り込む。見下ろす視線が、ひどく静かだ。

「お前、俺のこと避けてるだろ」

「避けてない」

「嘘つけ」

 桐生の手が、隼人の顎を掴む。親指が唇をなぞった。

「飲み会、三回連続で欠席してる。俺が誘ったカラオケも、全部断った」

「用事があっただけだ」

「嘘だな」

 桐生の顔が近づく。煙草の匂いと、男の体臭が鼻腔を刺激する。隼人は顔を背けようとしたが、顎を掴む手に力が込められた。

「理由を聞かせろ」

「……っ」

 隼人の喉が、小さく動く。言葉が出てこない。

 桐生は煙草を灰皿に捨てた。両手で隼人の顔を挟む。

「お前が避けるから、俺も困ってんだよ」

「知るか」

「知れよ」

 桐生の額が、隼人の額に触れた。呼吸が混じる。

「お前、他の奴と喋ってたろ。飲み会で」

 隼人の声が、わずかに震えた。

「あれ見て、機嫌悪くなったのか?」

「……違う」

「じゃあ何だ」

「関係ない」

「あるだろ」

 桐生の手が、隼人の首筋を撫でる。ゆっくりと、喉仏をなぞっていく。

「お前、嫉妬してたんだろ」

 隼人の身体が硬直した。

「してない」

「嘘つき」

 桐生の唇が、隼人の耳たぶに触れる。

「可愛いな」

 囁くような声だった。隼人の背筋を、冷たい何かが走り抜けた。

「……やめろ」

「やめない」

 桐生の手が、隼人のベルトに伸びる。金具を外す音が、狭い空間に響いた。

「おい、ここは……」

「誰も来ない」

「来るかもしれない」

「来たら、その時考える」

 桐生はそう言って、隼人のジーンズのボタンを外した。ファスナーを下ろす。下着越しに、膨らみかけた部分を掌で押さえる。

「……っ」

 隼人の身体が跳ねた。

「声出すなよ。聞こえるぞ」

 桐生の声は、どこまでも冷静だった。だが、その手つきは容赦がない。下着の上から、じっくりと形をなぞっていく。

「先週から、ずっと我慢してたんだろ?」

「……知らない」

「知ってるよ」

 桐生の指が、下着の中に滑り込んだ。熱を持った肉を、直接握りしめる。

「んっ……!」

 隼人が声を殺しきれず、短い呻きを漏らした。桐生は笑う。

「やっぱりな。お前、もう硬くなってる」

「うるさい……」

「素直になれよ」

 桐生の手が、ゆっくりと上下に動き始めた。

 ズリュ、ズリュ、と湿った音が聞こえる。隼人の先端から、透明な液体が溢れ出していた。桐生はそれを指先で掬い取り、全体に塗り広げる。

「……っ、あ……」

 隼人の腰が浮く。桐生の手の動きが速くなった。

「気持ちいいか?」

「……黙れ」

「素直じゃないな」

 桐生の親指が、先端の窪みをぐりぐりと押し込む。隼人の身体が震えた。

「っ……! やめ……」

「やめないって言っただろ」

 桐生はもう一方の手で、隼人の後頭部を掴んだ。自分の方に引き寄せる。

「俺を見ろ」

「……っ」

 隼人は目を逸らそうとした。だが、桐生の手が髪を掴んで、顔を固定する。

「逃げるな」

 桐生の目が、隼人を捉えて離さない。

 手の動きは止まらない。シュコシュコと音を立てながら、肉棒を扱き続ける。先走りの量が増えて、桐生の手のひらを濡らしていく。

「……あ、っ……」

 隼人の呼吸が荒くなる。腰が小刻みに震え始めた。

「イキそうか?」

「……っ、違……」

「嘘つくな」

 桐生の手が一瞬止まる。隼人の顔が歪んだ。

「っ……何で……」

「俺の許可なく、イクなよ」

 桐生は冷たく笑った。そして、再び手を動かし始める。今度はさらに速く、強く。

 ズリュズリュズリュズリュ――

「っ、あ……! 待っ……」

「ダメだ」

 桐生の声が、隼人の耳を貫く。

「俺が、イイって言うまで我慢しろ」

「無理……っ」

「無理じゃない」

 桐生の手が、隼人の竿全体を包み込むように握りしめた。根元から先端まで、一気に扱き上げる。

「っ――!」

 隼人の声にならない叫びが、喉の奥で詰まった。身体が硬直する。

「……っ、ダメ、出る……!」

「まだだ」

「無理っ……!」

「我慢しろ」

 桐生の手が止まらない。むしろ加速していく。隼人の腰が浮き、脚が震える。

「……っ、あ、ああ……!」

「イケ」

 桐生の声が、隼人の限界を打ち破った。

「――っ!!」

 隼人の身体が跳ねる。白濁した液体が、勢いよく噴き出した。

 ドピュッ、ドピュッ、ドピュッ――

 一発目が桐生のシャツに飛び散る。二発目、三発目が床に落ちた。桐生は手を離さず、最後の一滴まで搾り取る。

「……っ、ぁ……」

 隼人の身体から力が抜けた。椅子に深く沈み込む。荒い呼吸だけが、喫煙室に響いていた。

 桐生は自分の手を見下ろす。精液にまみれた指を、ゆっくりと舐めた。

「……っ」

 隼人が顔を背ける。桐生は笑った。

「お前の味、覚えてるぞ」

「……最低だ」

「だろうな」

 桐生はティッシュを取り出し、自分の手を拭いた。シャツについた染みを見て、小さく舌打ちする。

「お前のせいで、また洗濯だ」

「知るか」

 隼人はジーンズを上げながら、立ち上がった。ベルトを締め直す。

 桐生が、その背中に声をかけた。

「次はいつ来る?」

 隼人は振り返らない。

「来ない」

「嘘つけ」

「本当だ」

「じゃあ、俺が迎えに行く」

 隼人の足が止まった。

「……勝手にしろ」

 扉を開ける。外の明るさが、隼人の顔を照らした。

「またな」

 桐生の声が、背中に届く。

 隼人は何も答えず、扉を閉めた。

 ――煙だけが、部屋に残された。

 桐生は新しい煙草に火をつけた。紫煙を吐き出しながら、隼人が座っていた椅子を見つめる。

 彼の体温が、まだそこに残っていた。

「……嫉妬、か」

 呟いた言葉は、誰にも届かない。

 桐生は煙草を吸い続けた。換気扇の音だけが、静かに響いていた。

 カラオケボックスの廊下を歩きながら、隼人は自分の手を見下ろした。

 まだ震えている。

 胸の奥で、何かが渦巻いている。怒りか、屈辱か、それとも――

「……ちくしょう」

 小さく呟いて、隼人は拳を握りしめた。

 なぜ、あんな奴に。

 なぜ、自分は。

 答えは出ない。

 ただ、身体の奥に残る熱だけが、桐生の存在を否定することを許さなかった。

 ――三週間前。

 全ては、あの日から始まっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...