煙と嫉妬と、君だけの温度

チャビューヘ

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第2話 三週間前

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 蛍光灯の光が、カラオケルームの壁を白く照らしていた。

 テーブルの上には、空になったビールジョッキが並んでいる。誰かが歌う声が、スピーカーから響いていた。

 隼人は壁際のソファに座り、スマートフォンの画面を眺めていた。画面には何も映っていない。ただ、視線を逸らす口実が欲しかっただけだ。

「おい、隼人! お前も歌えよ!」

 後輩の声が飛んでくる。隼人は顔を上げずに、片手を振った。

「パス」

「えー、主将なのに!」

「うるさい」

 適当にあしらう。後輩たちは笑いながら、また別の曲を入れ始めた。

 追いコンだ。卒業する四年生を送り出すための、レスリング部恒例の飲み会。隼人は三年生だが、次期主将として参加を強制された。

 正直、面倒くさい。

 だが、断れば後輩たちに文句を言われる。仕方なく顔を出したが、できるだけ早く帰りたかった。

「よう、隼人」

 低い声が、隼人の耳に届いた。

 顔を上げる。

 桐生凌が、隼人の隣に座った。

「……先輩」

「久しぶり」

 桐生は缶ビールを開けながら、隼人を見た。隼人は視線を逸らす。

「元気にしてたか?」

「……普通です」

「そうか」

 桐生は一口ビールを飲んだ。そして、隼人の肩を軽く叩く。

「お前、主将になったんだってな」

「……はい」

「頑張れよ」

「……はい」

 隼人の返事は短い。桐生はそれ以上何も言わず、ただビールを飲み続けた。

 沈黙が流れる。

 隼人は居心地の悪さを感じていた。桐生凌。レスリング部のOBで、隼人が一年生の頃には既に卒業していた。だが、部の飲み会には頻繁に顔を出す。後輩たちからは慕われている。

 陽気で、面倒見が良くて、誰とでも仲良くなれる男。

 隼人とは正反対だった。

「お前、あんまり喋らないよな」

 桐生が突然言った。

「……別に」

「もっと後輩と仲良くしろよ」

「仲良くしてます」

「してないだろ」

 桐生は笑った。隼人は眉をひそめる。

「……余計なお世話です」

「まあな」

 桐生は立ち上がった。ビールを飲み干し、空き缶をテーブルに置く。

「ちょっとタバコ吸ってくる」

「……」

 隼人は何も答えなかった。

 桐生は部屋を出ていく。扉が閉まった。

 隼人は再び、スマートフォンの画面を見下ろした。

 ――五分後。

 隼人はソファから立ち上がった。

 理由は分からない。ただ、身体が勝手に動いていた。

 部屋を出る。廊下を歩く。喫煙室の前で、足が止まった。

 扉の向こうから、煙草の匂いが漂ってくる。

 隼人は深呼吸をした。そして、扉を開けた。

 桐生が、壁にもたれて煙草を吸っていた。

 隼人の姿を見て、わずかに目を細める。

「どうした?」

「……煙草」

 隼人はそう言って、ポケットから煙草の箱を取り出した。一本咥える。

 桐生がライターを差し出した。

「貸してやる」

「……ありがとうございます」

 隼人は火を借りた。煙を吸い込む。肺に染み込む感覚が、少しだけ心を落ち着かせた。

「お前、煙草吸うんだな」

「……たまに」

「そうか」

 二人は並んで、煙草を吸った。会話はない。ただ、紫煙だけが空間を満たしていく。

「なあ、隼人」

 桐生が口を開いた。

「お前、何か悩んでるだろ」

「……別に」

「嘘つくな」

 桐生は煙草を灰皿に捨てた。隼人の方を向く。

「お前、さっきからずっと暗い顔してた」

「……気のせいです」

「気のせいじゃない」

 桐生の手が、隼人の肩に置かれた。

「何かあったら、言えよ」

「……」

 隼人は何も答えなかった。

 桐生の手が、肩から首筋へと滑っていく。

「俺でよければ、話くらい聞いてやる」

「……大丈夫です」

「大丈夫じゃないだろ」

 桐生の顔が近づいた。隼人は一歩後ろに下がる。

「……何してるんですか」

「別に」

 桐生は笑った。だが、その目は笑っていなかった。

「お前、俺のこと避けてるだろ」

「避けてません」

「じゃあ、なんで顔背けるんだ?」

「……っ」

 隼人の背中が、壁に当たった。逃げ場がない。

 桐生の手が、壁に添えられる。隼人を挟み込むような姿勢だ。

「先輩……」

「なあ、隼人」

 桐生の声が、低くなった。

「お前、俺のこと嫌いか?」

「……そんなことないです」

「じゃあ、好きか?」

「っ……そういう意味じゃ」

「どういう意味だ?」

 桐生の顔が、さらに近づく。隼人の心臓が、激しく跳ねた。

「……先輩、酔ってるんですか」

「シラフだ」

「じゃあ、何で……」

「お前が気になるからだよ」

 桐生の手が、隼人の頬に触れた。

「っ……!」

 隼人の身体が硬直する。

「お前、顔赤くなってるぞ」

「……っ、赤くなってません」

「なってる」

 桐生の親指が、隼人の唇をなぞった。

「可愛いな」

「……やめてください」

「やめない」

 桐生はそう言って、隼人の唇を奪った。

 ――キス。

 隼人の頭が真っ白になった。

 桐生の舌が、唇をこじ開ける。口の中に侵入してくる。舌が絡み合う。

「んっ……!」

 隼人が身体を捩る。だが、桐生の手が後頭部を掴んで、逃がさない。

 ちゅぷ、ちゅぱ、と水音が響く。桐生の舌が、隼人の口内を貪るように探っていく。

「っ……ん、っ……」

 隼人の膝から力が抜ける。桐生の身体に寄りかかるような形になった。

 桐生は隼人の腰を掴む。自分の方に引き寄せる。

 下腹部同士が、押し付けられた。

「……っ!」

 隼人が目を見開く。

 桐生の股間に、硬いものが当たっていた。

「分かるか? 俺、もう勃ってる」

「……っ」

 隼人は顔を背けようとした。だが、桐生が髪を掴んで、顔を固定する。

「お前も、勃ってるだろ」

「勃ってません」

「嘘つくな」

 桐生の手が、隼人の股間を撫でた。ジーンズ越しに、膨らみを確認する。

「ほら、硬くなってる」

「……っ、違……」

「違わない」

 桐生はベルトを外した。ボタンを外し、ファスナーを下ろす。下着の上から、肉棒を掴んだ。

「やっぱりな。カチカチじゃねえか」

「……っ、やめ……」

「やめないって言っただろ」

 桐生の手が、下着の中に滑り込む。熱を持った肉を、直接握りしめた。

「っ……!」

 隼人の背筋が反る。

「声出すなよ。外に聞こえるぞ」

 桐生は囁くように言った。そして、手を動かし始める。

 ズリュ、ズリュ、と音が鳴る。隼人の先端から、透明な液体が溢れ出していた。

「……お前、すごい濡れてるな」

「濡れてない……」

「濡れてるだろ」

 桐生の指先が、先走りを掬い取る。それを隼人の目の前に突きつけた。

「ほら、見ろよ。お前の、だぞ」

「……っ」

 隼人は目を逸らす。桐生は笑った。

「可愛い」

「……黙れ」

「黙らない」

 桐生の手が、再び動き始めた。今度は速度を上げる。

 シュコシュコシュコシュコ――

「っ、あ……」

 隼人の腰が浮く。脚が震え始めた。

「気持ちいいか?」

「……っ、気持ちよく……ない」

「嘘つき」

 桐生の親指が、先端の窪みをぐりぐりと押し込んだ。

「っ――!」

 隼人の声が裏返る。

「敏感だな」

「……っ、やめ……」

「やめない」

 桐生はもう一方の手で、隼人の乳首を摘んだ。シャツの上から、硬くなった突起を転がす。

「っ……! そこ、は……」

「ここも敏感なのか」

 桐生の指が、乳首をきゅっと引っ張る。隼人の身体が跳ねた。

「お前、全身が性感帯なんじゃないか?」

「違う……」

「違わないだろ」

 桐生は隼人の耳たぶに舌を這わせた。ちゅぱ、と音を立てて吸い上げる。

「っ……ん、っ……」

 隼人の声が、甘く歪む。桐生はそれを聞きながら、手の動きをさらに速めた。

 ズリュズリュズリュズリュズリュ――

「っ、や、待っ……」

「待たない」

「もう、無理……っ」

「我慢しろ」

 桐生の声が、冷たく響く。

「俺の許可なく、イクなよ」

「無理……っ、出る……!」

「ダメだ」

「無理っ……!!」

 隼人の身体が限界を迎えた。腰が激しく震える。

「……っ、あ、ああ……!」

「イケ」

 桐生の声が、隼人の理性を砕いた。

「――っ!!」

 白濁した液体が、勢いよく噴き出した。

 ドピュッ、ドピュッ、ドピュッ、ドピュッ――

 一発目が桐生の手を汚す。二発目が床に落ちた。三発目、四発目、五発目と、止まらない。

「……っ、ぁ……あ……」

 隼人の脚から力が抜けた。桐生の身体に寄りかかる形で、崩れ落ちる。

 桐生は隼人を抱きとめた。壁にもたれさせる。

「……すごい量だな」

 桐生は自分の手を見た。精液まみれの指を、ゆっくりと舐める。

「っ……!」

 隼人が顔を赤くする。桐生は笑った。

「美味いぞ」

「……最低です」

「だろうな」

 桐生はティッシュを取り出し、自分の手を拭いた。それから、隼人の下腹部も丁寧に拭いていく。

「……っ」

 隼人は身体を震わせながら、桐生の行動を黙って見ていた。

 桐生は隼人のジーンズを上げ、ファスナーを閉めた。ベルトを締め直す。

「これでよし」

「……」

 隼人は何も言わなかった。ただ、桐生を睨みつける。

「怒ってるか?」

「……当たり前です」

「悪かったな」

 桐生はそう言ったが、悪びれた様子はなかった。むしろ、満足そうな笑みを浮かべている。

「でも、お前も感じてたろ」

「……感じてません」

「嘘つき」

 桐生は隼人の頬を撫でた。

「また、会おうな」

「……会いません」

「会うよ」

「会いません」

「じゃあ、俺が迎えに行く」

 隼人の目が見開かれた。

「……何でそうなるんですか」

「お前が可愛いからだよ」

 桐生はそう言って、隼人の額にキスをした。

「またな」

 桐生は喫煙室を出ていった。

 隼人は壁にもたれたまま、動けなかった。

 ――なんだ、これは。

 胸の中で、何かが渦巻いている。

 怒りか、羞恥か、それとも……

 隼人は自分の胸を掴んだ。心臓が、まだ激しく跳ねている。

「……ちくしょう」

 小さく呟いて、隼人は顔を覆った。

 ――これが、すべての始まりだった。
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