【完結】黒の魔導士は、私を“ただの生徒”として扱わない

桜葉るか

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第2話「黒衣の教官と、最初の試験」

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 朝から霧が濃かった。
 この街、ルセリアはいつも薄曇りらしい。
 窓の外を見ても、白い霞の向こうに塔がぼんやり浮かんでる。

「……ほんとに夢じゃないんだな」
 
 昨夜、ヴァルト教官に案内された部屋。
 石造りだけど意外と整ってて、ベッドもふかふか。
 ただ、扉にはしっかり魔法の封印が掛かってた。
 逃げる気もないけど、監視されてる感がすごい。

 学院の鐘が鳴る。低く響く音が、空気を震わせた。
 今日から授業、ってやつが始まるらしい。

「――入れ」

 扉をノックすると、ヴァルトの低い声。
 教室の中は静かで、すでに生徒たちが整列していた。
 黒板の前に立つヴァルトは、相変わらず無表情で、黒のローブがひときわ目を引いた。

「遅れたな、転入生」

「す、すみません……!」

「早見奈央。異界より来た者。俺の監督下にある」

 一斉にざわめく教室。

「異界?」

「まさか本当に?」

 ヒソヒソ声が刺さる。
 視線が痛い。
 うわ、これ完全に浮いてるやつじゃん……。

「今日は基礎魔力の測定を行う」

 ヴァルトの声が、ざらついた空気を切る。

 机の上に、透明な水晶が並べられていく。

「これに触れ、魔力を流せ。光の色が強いほど、資質が高い」

 生徒たちが順番に水晶に手を置き、淡い青や緑の光を放つ。
 みんな綺麗に光るのに、私は――。

「……っ」

 何も、起きなかった。

 沈黙。
 水晶はただのガラス玉みたいに、何の反応もない。

「やっぱり異界人だ」

「魔力ゼロ?」

 そんな声がちらほら。

「……」

 ヴァルトがこちらに歩み寄る。
 長いローブの裾が床を滑る音が、静かに響いた。

「手を出せ」

「え?」

「やり方を教える」

 近い。
 すぐ目の前。彼の手が私の手を包んだ瞬間、指先がびりっと震えた。

「……な、なにこれ」

「俺の魔力を少し流した。感じろ」

 温かい。
 けど、同時に息が詰まるような圧。
 その熱が掌から心臓に流れ込むようで、体の奥がざわざわした。

「怖いか?」

「……ちょっと」

「慣れろ。おまえが魔法を使えるようになるまで、俺が補う」

「え、そんなの、いいんですか」

「俺がそう決めた」

 淡々と言う声なのに、不思議と安心する。
 でも同時に――彼の手が離れた瞬間、少しだけ寂しかった。

「授業を続ける」

 ヴァルトは何事もなかったように背を向け、教壇に戻る。
 生徒たちはざわつきながらも、誰ももう私を笑わなかった。

 授業が終わって、廊下を歩いていると、後ろから軽い声が飛んできた。

「なーお! ……って呼んでもいい?」

 振り返ると、金髪の青年。目がいたずらっぽく笑ってる。

「俺、ルーク。教官の補佐やってる。よろしくな!」

「あ、はい……早見奈央です」

「さっきの授業、すげー勇気だったな。教官、あれで結構気にしてんだぜ?」

「え、気にしてるって?」

「自分の生徒が笑われたこと。あの人、見た目アレだけど、意外と情熱あるんだよ」

 ――意外と。
 確かに、冷たそうな目の奥に、ほんの少しだけ違う色が見えた気がする。

「気をつけな。あの人、“黒の魔導士”って呼ばれてんだ。昔、魔力暴走で人を――」

「ルーク」

 背後からヴァルトの声。空気が凍る。

「余計なことを言うな」

「……はいはい」

 彼はルークを鋭く睨んだあと、私に視線を向ける。
 その瞳の奥には、何かを隠しているような静かな影。

「明日、追加の訓練をする。夜、訓練場に来い」

「え、夜ですか?」

「昼ではおまえの魔力が暴れる。夜のほうが安全だ」

「暴れる……?」

「説明は後だ」

 そう言ってヴァルトは踵を返し、霧の廊下へ消えていった。

 胸の奥に、ざらりとした不安と――ほんの少しの期待が混ざる。
 “夜の訓練”。
 あの冷たい指先に、もう一度触れるのだろうか。
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