【完結】黒の魔導士は、私を“ただの生徒”として扱わない

桜葉るか

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第3話「触れられた指先」

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 訓練場の夜は、昼間よりも広く見えた。
 月の光が床の魔法陣を淡く照らして、空気がひんやりしている。

「……ほんとに、ここでやるんですか」

「他に人のいない場所の方がいい」

 ヴァルト教官はそう言って、手にした杖を地面に突いた。
 青い光がゆらめいて、足元に複雑な紋章が浮かぶ。

「これが……魔力の制御陣?」

「そうだ。おまえの魔力は自覚がないぶん、暴走しやすい」

「いやいや、暴走って。そもそも使えないんですけど」

「使えないから危ない。……矛盾しているようで、理にかなっている」

 相変わらずの難しい言い方。
 でも、声が低くて落ち着いていて、聞いてると眠くなる。

「座れ」

「え、ここに?」

「そうだ」

 私は魔法陣の中央に座り、両手を膝の上に置いた。
 ヴァルトが目の前に立つ。
 黒衣の裾が夜風に揺れて、月の光を吸い込んでいる。

「……目を閉じろ」

「え、なんで」

「集中しろ」

 しぶしぶ従う。
 目を閉じると、彼の魔力の気配がすぐそばに感じられた。
 静かなのに、すごく強い。空気が少し震えてる気がする。

「おまえの魔力は深層に沈んでいる。外から刺激を与える」

「刺激って、なにを……」


 言い終わる前に、指先に何かが触れた。
 びくっと肩が跳ねる。

「……教官?」

「動くな」


 冷たい指が、そっと私の手の甲をなぞる。
 指先から、じんわりと温かい何かが流れ込んでくる。

「これが、魔力……?」

「俺の魔力だ。おまえの流れに合わせる」

「……変な感じ。熱いのに、痛くない」

「呼吸を合わせろ。吸って、吐け」

 言われた通りに呼吸を整える。
 そのたびに、体の奥がほんのり光っていく気がした。
 手と手が触れている部分から、何かが共鳴している。

「……あ」

「どうした」

「心臓、うるさいです」

「それは呼吸が浅いからだ」

「……そうですか?」

 彼の声が近い。
 目を開けたら、たぶんすぐ目の前にいる。
 それが分かっていて、開けられない。

「おまえの魔力、やはり“異界の波長”だな」

「悪いこと、ですか?」

「いいや。珍しいだけだ」

 言葉のあとに、少し間があった。
 風の音も、魔法陣の光も、すべてが静まる。

「……ただ、俺には懐かしい」

「え?」

「昔、同じ波長を持つ者を知っていた」

「それって――」

 聞こうとした瞬間、光がふっと弾けた。
 床の魔法陣が淡く揺れ、私の手のひらが光っている。

「うわっ……!」

「落ち着け。正常な反応だ」

 ヴァルトが手を離す。
 光がゆっくり沈んでいき、魔法陣が消える。

「……成功だ」

「これ、私が魔法使えたってこと?」

「厳密には“共鳴した”だけだ。だが、始まりには十分だ」

 彼の声が、ほんの少しだけ柔らかかった。
 月の光が彼の横顔を照らして、瞳が静かに光る。

「……おまえの魔力は優しい。怒りでも恐れでもない、守る色だ」

「え、なんかそれ……褒めてます?」

「事実を言っただけだ」

「それ、照れ隠しですよね」

「違う」

 言いながら、彼がわずかに目を逸らした。
 その仕草が珍しくて、つい笑ってしまった。

「……なんだ」

「いえ。教官も人間なんだなって」

「当たり前だ」

 その言葉に、なぜかまた心臓がうるさくなる。

 訓練を終えて部屋に戻る途中、手のひらを見た。
 さっきまで光っていた場所が、まだほんのり温かい。

 ヴァルトの魔力が、まだ残っているみたいだった。

「……やばい、眠れないかも」

 窓の外には、月と霧。
 今日の夜は、やけにきれいに見えた。
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