松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

文字の大きさ
102 / 215
第19章 投書と作家と担当。

絵師の従姉妹と婚約者。

しおりを挟む
《アナタは彼に相応しく無いわ》

 私が言った言葉が、こうして返って来るなんて。

『いい加減に』
《いいえ、言わせて頂きます。幼い頃からの口約束だけを信じ、何もせず黙って過ごし、自分が18になったら当然結婚するだろうといきなり押し掛ける。そんな女性と結婚するだなんて、家を没落させるも同然、急ぎ親族を招集し会議すべきだわ!》

『それは、本当なのかい』

「ごめんなさい」

《しかも、まだ有りますわよ。既に他の者と結婚していると知り、その相手が年上だからと年齢を謗った、本当に最低だわ》

『優しい君が、そんな』
「ごめんなさい」

《私は、本来なら邪魔するつもりは無かったわ。けれどね、身分差、年の差の方がまだマシだったわ。こんな幼稚な相手を》
『少し黙っていてくれないか!』

《黙りません!私を救ってくれた女医先生をアナタは傷付けようとした!しかも未だに謝罪すらしていない、絶対に許さないわ!》

「ち、違うの、謝る機会が」
『すまないが、2人とも今日は帰ってくれないか、親族は必ず招集する』
《分かりました、では、失礼致します》

「お願い、話を」
『すまないが他の者に事情を聞く、頼むから君も帰ってくれないか』

 全くコチラを見てくれない。

「ごめんなさい」

 そして私が戸を閉める直前、大きな溜め息が聞こえた。
 もう、この婚約はダメになってしまうかも知れない。

 でも、私は彼が好き。
 どうしても、彼と一緒になりたい。



『で、協力しろって都合が良過ぎじゃないか』
「違うの、ただ、お義姉様に同席して貰うだけで」
《良いわよ、偶にはお外に出たいものね、よちよち》

『お前』
《大丈夫よ、良い家ともなればちゃんとしているもの、それに病院外で元気になった元患者さんに会えるって貴重なのよ?》

『はぁ、分かった』
「ありがとうお義姉様」
《いえいえ》

 そうして当日、私は夫の従姉妹と共に彼女の婚約者の家へ。

《あぁ、先生》
《お元気そうで何よりです》

《ありがとうございます、本当に、可愛らしい赤ちゃんで》
《ふふふ、ありがとう》

《ごめんなさい、私、舞い上がってしまって。例の件も、先生を尊敬しております、何も言わずにいらっしゃたのは懸命ですわ》
《あぁ、お耳に入ってしまっているのね、恥ずかしいわ。復職して、直ぐにコレですもの》

《いいえ、だからこそ。あぁ、すみません、お席へどうぞ》
《ありがとう》

《あ、お飲み物は麦茶を、直ぐに用意させますね》

 やっぱり、相手方に何も伝えていなかったのね。

《ありがとう、良く勉強しているのね》
《はい、お陰様で》

《嬉しいわ、後で沢山お話しましょう》
《はい》

 この子が義理の従姉妹なら、可愛がったのに。

『では、全員揃いましたので、親族会議を始めさせて頂きます。申し訳御座いません先生、暫くお付き合い頂きます』
《はい》

 夫の為、他の作家先生の為にも、コレは良い糧になる筈だもの。
 逃す手は無いわよね。



『では、以下の証言で間違い無いでしょうか』
《細かい事は、私自身が興味が無かったので曖昧ですけれど、大筋で認めますわ》

『では、気にしてらっしゃらない、と』

《名乗りもせず、いきなり謗る方って病院にも来られますし、夫は私にしか興味が無い。ですので万が一も無いと分かっておりましたから、はい、気にしてはおりません》

 だとしても、した事がした事だ。

『分かりました。では、コレを踏まえ、彼女との交際に合意しない方は挙手を』

「そんな」
『すまないが、僕にも君と婚約を継続する気は無い。例え過去の過ちだとしても、事が起こってからかなり時間が経っている、なのにも関わらず最近まで謝罪をしていなかった。しかも乳飲み子を抱えた女性をコチラに何も伝えず連れて来た、そして詳細を僕に最初に伝わっているかの確認もしない、それら全てが無理だ』

「ぅう」
『君に最後に助言をさせて欲しい、こうして追い込まれた状態で泣く女性は、何処の家でも歓迎されないよ』

 泣き止み、謝罪をしてくれたら。 

 あぁ、本当に無理だな。
 すまない、僕からも誘い水を、出来ないな。

 こうした事は、何も無しに言ってこそなのだから。

《ごめんなさい先生》
《いえ、大丈夫、けれどそろそろオシメを変えてあげたいわ》
『では、親族会議を一時中断致します』

 そして僕が退出すると、彼女も。

「ごめんなさい」

『後は何か』

「そんな、私を好いていると言ったのは、嘘なの」
『いや、どんどん冷めている。君は淑女として、令嬢として恥ずべき行為を、こうして今でもし続けている。もう、これ以上、嫌わせないでくれないか』

 泣き止んでくれたなら、まだ良かったのに。

「ごめんなさい」
『休憩中に改めて君が連れ出した女性に謝罪したいんだ、もう用が無いならこのまま帰ってくれ、彼女はウチで責任を持って送り届ける』

 泣いてばかりで返事も無し。
 何処か幼くて可愛らしい、僕が支えなくては、支えれば何とかなると。

 驕り昂っていただけだ。
 必要とされたくて、誰かに認められたかっただけ、彼女の言う通り僕は愚かで弱い人間だ。



《はい、何でしょう》

『すまなかった、君の忠告を聞くべきだった』
《いえ、それだけ彼女の手練手管が凄かったのでしょう》

『違っ、いや、もう彼女の事で揉めたくは』
《何が良かったか、何故選んでしまったのか、ご理解頂けないのでしたら再び同じ様な事が起こるかと》

『すまない、ただ、手練手管を発揮する程の器用さは彼女には無いんだ』
《そう無知で無垢な所が良かったのでしょうね、こうしてキツく言うばかりの女は、さぞ可愛げの無い女に見えるでしょうから》

 あぁ、目から涙が。

『すまない、君を苦しませる気は』
《あぁ、すみません、目にゴミが入ってしまったみたいで。下がらせて頂きますね》

 あぁ、取れた。
 どうしてこんなに長い髪の毛が目に入るのよ、不思議が過ぎるわ、本当にどうやって入ったのかしら。

《あら、どうしたの?》
《見て下さいコレ、目に入ってて、どうやって入ったのか不思議だなと思っていたんですの》

《ふふふ、中々の長さね》
《はい。コレと同じですわよね、申し訳御座いません、彼の幼馴染としても謝罪致します》

《良いのよ、そう経験出来ない事だもの》
《ですが、向こうの家の方と》

《コチラに落ち度は無いし、夫の家の方も泥を塗られた件が有るもの、いざとなれば東北まで逃げるから大丈夫よ》
《どうかコチラでお守りさせて下さい、せめてもの恩返しに、どうかお願い致します》

《そうね、お願いね》
《はい》

 あの女と接点が出来た事の唯一の利点は、先生とこうしてお会い出来た事、だけね。

《あ、それともう1つ、あの子を簡単に諦めさせる方法を言おうと思っていたのよ》
《新しい恋、ですかね》

《そうそう、良い子ね。あ、ごめんなさい》
《いえ、ありがとうございます、その様に動かしてみます》

《宜しくね、そこまで悪い子では無いのよ、多分》
《まぁ、かも知れませんね》



 僕は、見るべき相手を間違えていたのかも知れない。
 彼女の涙が、幼馴染の涙が、嫌では無かった。

 もしかして、彼女は僕を。

「宜しいでしょうか、お坊ちゃま」
『あぁ、どうしたんだい』

「新たな婚約者についての親族会議の結果、候補に幼馴染の方が選ばれました」

『僕は、最初から、彼女に惚れるべきだったんじゃないだろうか』

「好意とは、実に複雑で御座いますし、ご返答致しかねます」

『他の候補に会う前に、先ず彼女と話し合いたい』



 私に、婚約者になってくれないか、だなんて。

《えっ、お断りします》

『えっ』
《えっ?だって、あんな女を好きになる方は、ちょっと》

「いや、でも、先日は涙を」

《あぁ、アレは髪の毛が入ってたんですの、こんなに長い髪の毛が。私驚いて、思わず女医先生に見せてしまった程ですの》

『なら、君は、全く』
《もし、逆の立場、そうですね。遊び人でとっくに童貞では無いのに童貞と偽ってらっしゃった方、そんな方を私が好いたとしたら、何も思わないでいられますか?》

『いや、けれど僕は』
《分かっております、肉体関係が何も無い事は、ですけどアレはちょっと。その次が私は、真意はどうであれ令嬢らしさを買い、好意より利点を優先させた。そう見えてしまうので、ちょっと、無理ですわね》

『どう、足掻いても』
《まぁ、私には嫌な事ばかりが映っておりましたから、そうですね。心が折れ旧知の仲に縋った安易さ、と申しますか、好意意外も多分に含んでらっしゃる気がして無理ですわね》

『そう、だね、すまない』
《では、今回は何も無かった、と言う事で。失礼致しますね》

『あぁ』

 私、彼の顔が先ず無理なんですの。
 出来るなら男臭い、むさ苦しく雄しか感じられない、力強い男性が好みですから。

 そうした男性を可愛がりたいのですけど、お父様が未だ嫁にはやらん、と仰って。

《だから先生、誰か紹介して下さらない?出来れば勢い余って破瓜してきそうな男性が》
《未婚の破瓜は止めておきましょうね、でも良い相手が居るわ、看護師なのだけど》

《素敵、まさに白衣の天使ね》
《天使と言うか熊ね》

《可愛らしい、なんて素敵なの》



 そうして、其々が別々の相手と結婚して終わり、なのよね。

「凄い、物語の決まり事が何1つ守られていない気がしますね」
《まぁ、事実だもの》

「でもありがとうございます、僕らの為にも立ち会いをなさって下さったんですよね」
《まぁ、好奇心には勝てなかったのよ、良い子には大いに幸せになって貰いたいじゃない》

「その白衣の熊さんとお幸せに?」

《前に紹介したでしょう、彼よ》
「本当に熊じゃないですか。八尺は有ろうかと思う様な体躯に屈強な腕、体の厚み、野太い眉」

《ふふふ、でもね、何だかとってもお似合いなの》
「成程、正に東洋版の美女と野獣なんですね」

《そうね、ふふふ》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

処理中です...