松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第31章 凌雲閣と事件。

5 心霊、浅草、凌雲閣。

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 蛇と鯰と亀の夢。

 ある日、その男は偶々退けた小石の下に生きたままのオタマジャクシが居り、驚いていると尺取り虫がやって来た。
 そうして尺取り虫はオタマジャクシを咥え、何処かへと持ち帰ろうとした。

 そこで男はどうするものかと気になり、尺取り虫の後を付ける事に。

 その尺取り虫は、野を越え山を越え、海へ。
 そして口を離し海に放つと、竜になり、尺取り虫は蛇となった。

 コレはまだ、神々が居た頃のお話。

 この話は、何でも知るクエビコ様、若しくはオモイカネ様から巫女が聞いた事。
 そしてこの男の名はオオクニヌシと呼ばれ、更に続きが有る。

『どちらも山に居ないとなれば、里山の水が枯れてしまうんだが』

 蛇と竜は困りました。
 コレからこの国の礎、支えとなる為に竜蛇とならねばならず、もう既に一心同体となってしまっていました。

《生憎と私達はもう動けません、あぁ、では何か他のを据えて貰えませんか》

 そうして男は近くのオタマジャクシを掬い上げ、持ち帰ろうとしましたが。

「どうにか、いつか返して貰えないでしょうか。でなければきっと、恨みから体を揺らし、地割れを起こさせてしまうでしょう」

《なら、次は私達の子へ、そうして代替わりをさせましょう》
「是非、どうか宜しくお願い致します」

 そうしてオタマジャクシは元の場所に置かれ、男は石を戻しました。

 その間、何処もかしこも揺れに揺れ、人々は祈るしか有りませんでした。
 どうか、天の神様仏様、どうか地揺れを治めて下さい。

 どうかどうか、お願いします、と。

 そして男は帰り道、蟻や蚤が慌てていたので、どうした事かと問いました。
 そして人々は答えました。

 地揺れが続いているのです、どうか、何とかして下さいませんでしょうか。
 男は答えました、竜蛇のせいだが石を置いた、もう直ぐ治まる。

 そして男が過ぎ去った後、すっかり揺れは治まり。
 男の指し示した方向へ向かうと、大きな石が有りました。

 そして人々はその石を、要石、と呼ぶ事にし。
 以降、自揺れは竜蛇のせいだ、となりましたが。

 本当に竜蛇のせいか、疑う者が現れました。

 もう何百年も前の事、その時を知る者は居ない為、その者は要石を退かそうとしました。
 とそこへ、女の幽霊が現れ。

「黄泉の国に繋がる道、決して退かしてはいけない」

 そう言いましたが、やはり確かめる為にもと、その石を退かしてしまった途端。
 大きな鯰が飛び出し、天高く飛び上がる頃には蛇となり、竜蛇になる事に失敗してしまいました。

《あぁ、まだ時期では無かったなんて、どうしてくれるんだ》

 大蛇はメソメソと泣き始め、あっと言う間にそこら中が洪水になり。
 確かめようとした者は、すっかり沈んでしまいました。

「あんまり泣いてはいけないよ、お前まで溺れてしまう」
《構いません、竜蛇になる為だけに生きていたんです、もうどうなろうと構いません》

 本当に黄泉とも繋がっている為、このままでは黄泉の国まで水浸しになってしまいます。
 黄泉の神はすっかり困り果て、弘法大師を蘇らせると。

「もう死人は十分です、事を収めなさい」
『はい。さ、では死に場所を探しに行きましょう』

《はい》

 そうして弘法大師は大蛇の頭に乗り、共に死に場所を探しに。
 海へ、海へと蛇行し。

『あぁ、少し早かっただけの様ですね』

 大鯰を迎えに行こうとしていた竜と出会い、蛇は竜蛇となり礎に。
 そして弘法大師は鯰の玉子を手に入れ、元の場所へと戻りました。

「あぁ、少し早かっただけですか」
『はい、ですが被害は甚大です、幾ばくか修行をしてから帰っても宜しいですか』

 黄泉の神が振り返ると、もう既に黄泉の国はいっぱいです。

「分かりました、良いでしょう」
『では、また』

 そして弘法大師は、厄災の降り掛かった地を訪れ、人々を癒しました。



《それで、君はどう考えるんだい、林檎君》
「大きな神様にしてみれば大鯰はオタマジャクシ、大蛇は尺取り虫、僕らは蟻や蚤の様な大きさ。最初の地揺れは大きな神様が移動しての事で、ですけど敢えてなのか言葉足らずな神様のせいで、地揺れは竜蛇のせいだとなった」

《そうだね》
「次に、大鯰を確かめようとした者については、竜蛇から大鯰信仰への移行を描いた。ですかね」

《それで、工事現場の方は納得してくれるんだろうかね。幼稚だ馬鹿にされた、と世には的外れな事を憤る者も居るのだし》
「出ていると言う事は大丈夫です、その方へ書いていると言っても過言では無いので。きっと先生は、良い事だったのだと、お子さんにも語り継いで欲しくての事だと思いますよ」

《本の中の事なら、こうして優秀なんだけれどね》
「どう言う意味ですか」

《例の彼女に、続報が無いからと言って会いに行かないのはどうだろうか》
「神宮寺さん、行ったんですか?」

《何もしていないよ、タダ酒の代わりに見回りを任されていてね、それだけだよ》
「何か言っていたんでしょうか」

《気になるなら行き給えよ》
「ですけど、こう、何も無いと何を話せば良いのか」

《他にも本の事が有るじゃないか》
「出来れば読んで欲しいですし、今回は本当に、何も成果が無くて」

《どうせ戻れないのだろうし、一緒に行っても構わないけれど、君はどうしたいんだろうか》

「お付き合い願います」
《宜しい、付き合ってやろう》

 結局、僕は奥手なんです。
 自信の無い、普通の男。

 霊が見たいと言うのは、そうした普通では無い、ある種の特別を欲しがっていると言うか。

 神宮寺さんの様になりたいのか、若しくは自信が欲しいだけなのかも知れません。
 なんせ、何度もお付き合いする前にフラれていますから。

《あっ、いらっしゃいませ》
『いらっしゃい林檎ちゃん、神宮寺さんもいらっしゃい。実はね、アレから私達も調べてみたのよ』
「えっ、そうなんですか」

『と言うか、あ、そうそう、その本の例の現場の方が来てくれてね』
《死人は出てません、って教えてくれたの》

『しかも例の噂は、単に他の会社の嫌がらせだったんですって』
《競合相手で向こうが負けての逆恨み》

『で、そう知れたのが何と』
《この本の取材を受けてる最中、その噂を流してた、あ、例の女性が後ろで話してたって》

『でもう、つい殴っちゃったらしいの、そしたらカツラが取れて』
《女じゃなくて男だったんですって》

「あ、もしかしてそれ、次に」
《あっ》
『あー、ごめんなさい本当に、許して林檎ちゃん』

「ぅう、僕は無い事を探した挙句」
《まぁまぁ、凌雲閣で事件の匂いを嗅げたのだし、運だよ運》
『そうよ、裁判沙汰に巻き込まれず済んだんですもの、ね?』
《本当にごめんなさい、何でも飲んで良いから、ね?》

『あんまり高いの以外はね』
《なら洋酒を、それに合う日本料理もお願いします》
「あ、良いですね、僕もそれで」

『任せて頂戴』
《所で、凌雲閣で何か有ったの?》
「はい、実は急に……」



 僕は兄と弟に感謝している。
 もし僕だけだったなら、きっと自棄になるか潰れてしまっていたと思う。

《良くも!ウチの人を殺してくれたわね!》

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
 外からは内情は知れない、僕ら家族も加担していたのだろう、そう思われても仕方の無い事。

 けれど、僕は兄と弟。
 それに母ともう1人の妹を残し、このまま死ぬワケにはいかない。

『アナタが夫に何が有ったかを知らなかった様に、僕ら家族も全く知らないのです、どうか先ずはお話を聞かせて下さいませんか』

《ぅっ、うぅ》
『妹の素行が悪い事は承知しています、ですがウチにも大黒柱が居るんです、どうしようも無い屑が。僕らの代で必ず償います、ですからどうか、何が有ったか教えて下さい』

《酒に、何か仕込んで。あの人は、遺書に、全て》
『疑ってはいません、ただ本当に何も知らないので、どうか拝見させて頂けませんか』

 奥方は何かに気付き、僕に遺書を渡すと。
 目の前で首を裂き、自害してしまった。

 きっと、自身の手で仇討ちが無理だと気付き。
 自害する事で、僕ら家族に償わせる事にしたのだろう。

『あぁ、そんな、怪我は』
『大丈夫です母さん、先ずは警察を。衣類は桶に入れますから、そのまま渡して下さい』

 僕は直ぐに遺書を兄に渡し、血を洗い流しに行きました。
 それ以来、僕は妹と父親を憎む様になり。

 血を恨む様になりました。
 自分の血を、自分に流れる血を。

「そろそろ、話せるかい」

 けれど、兄は優しく賢い人です。
 血では無い、悪い血は流れていないのだと、直ぐに思い直す事が出来ました。

『兄さん、アレらを排除しましょう。世の為人の為、僕らの為に』

「あぁ、すまない、僕だけで片付けるべき事を」
『良いんです、家族、兄弟なんですから』

 そうして僕らは計画し、行動し。
 先ずは母と妹を家から出す様に、父を仕向けた。



「あぁ」

 何故、業種も何も違う✕✕家へ、妹を嫁がせようとしたのか。
 裏に有るだろうワケを知ったのは、母諸共妹が追い出される日が決まった数日後。

《もし、君らの母親だけが身を寄せられる場所が有るとしたら、どうする》

「実家では無い、と言う事ですね」
《あぁ、聞きたくは無いだろうけど、1つは君の母上の焼け木杭だ》

 母が想っていた相手こそ、✕✕家。
 父は知ってか知らずか、母の昔の想い人の家に、娘を後妻や妾として入れようと企んでいた。

「はぁ」
《若しくは、雲雀亭か》

「雲雀亭、小料理屋か何かですか?」

《あぁ、確かにそりゃ面白い。そうだな、小料理屋雲雀亭にお前さんの母親、それと妹の2人。阿呆な方が改心すれば、葛籠つづらをくれてやろう》

「改心、するとは思えませんが」
《神様仏様だって改心の機会をやるんだ、それには必ず理由が有る、コッチの後悔ってモノを減らす為だ。どんなに手を尽くしたとて、後から考えればもっと手は有ったんじゃないか、そう考えるのが人間ってもの》

「僕らの為、ですか」
《俺もだが、アンタらも若いんだ。この先、50年後に後悔しない為の、転ばぬ先の杖だ》

「ありがとうございます」
《良いの良いの、面白い事は神様は大好きでらっしゃるだろう、そう思っておくと良いさ》

 僕ら、当事者には全く面白くは無い事も、確かに神や他人にすれば面白く映るかも知れない。
 そう考えると、確かに幾ばくか気が晴れました。

 幾ら仕方無い事だと分かってはいても、やはり後ろ暗さは有ったらしく。
 とても、気が軽くなった事は事実です。

「はい、どうか、宜しくお願いします」



 ✕✕家の事を知り、僕らは驚きました。

《酷い》
「幼いお前に聞かせてしまって、本当にすまない」
『けれど、もう大丈夫、以降は』

《嫌です、僕だけ除け者にしないで下さい》
『除け者にするつもりは無いよ、けれど』
「もう直ぐ僕が継ぐ事になる、もうお前は何も」

《僕は、兄さん達より甘く育てられました、母さんとだって多く居られた。なのに兄さん達は愚痴も言わず、せめて兄弟らしく居させて下さい、同じ苦労を背負わせて下さい》

 恩ばっかりで、このままじゃ兄さん達に追い付けもしない、と思ったのも事実です。
 それにもう、知らない事の方が怖かった。

「分かった、けれど決して自分を嫌いになってはいけないよ、僕らには母さんの血も入っているのだから」
『それにだ、先祖返りと言うものも有るだろう、僕らは賢いご先祖様の血も引いている。良いね、決して自分を厭になってはいけないよ、僕らは僕らだ』

《はい》

『じゃあ、次は』
「〇〇家とは、何故無理か、分かるかい」

《んー、厳しい家だから、ですかね?》
「そうだね」
『例えアレが死んでも、決して縁続きにはなれないだろうね』 

 〇〇家は公私共に厳しい家柄、アレが居る限り婚約すら無理だろう、そして△△家もと。

 兄達が念押しした事が、やっと分かりました。
 流れる血によって、選べる相手も何もかもが変わってしまう、と。

《ですね》
「良いかい、それは高望みをした場合だ」
『どの家もココより格が高い、それだけ守るべきモノが多いと言う事』

「狭量だとかそう言う事では無いよ、守るべきモノを持つ、そうした者の出来無い事の1つに過ぎない」
『悪いのはアレと、アレをあんな風に育てた周りの者。僕らは反面教師とし、同じ事も似た事もせず、真反対を歩むんだ』

「アレらを悪しき見本とし、僕らは良き見本となる、良いね」

《はい》



 あの女も親も、炭鉱で働かされていた。
 親は穴を掘り、女は。

『君達は、本気で』

『身内だからこそ許せない、そう言う事が有るとは分かりませんか』
《いつか何処かでアナタの事を知った子供が、アナタを喜んで許す子に育ったら、どう思いますか?》
「すみません、僕らに言えた義理は無いのかも知れませんが。少なくとも、誰かの子供であったのは事実、僕らは決して妹と父親を許せません」

 自分は、ココまでの償いをしただろうか。

 単に言い訳を並べ、何かを分かって貰おうとしていた。
 その何か、とは、愚かな行いをした理由や理屈。

 正しい行いを選ばず、逃げ隠れした言い訳。

 そうして被害者の立場にのみ甘んじ、不誠実で不義理な行為の償いも贖罪もせず、ただ言い訳を並べるだけ。
 当然だ、信用も何も、話を聞いて貰えないのは当たり前の事。

 本当に愛しているのなら、先の先を見据えた行動をしなければならなかった。
 本当に愛しているのなら、子の為になる事をすべきだった。

 それが何1つ出来ていないのだから、当然だ、別れられて当然。

『ぁあ』
『あぁ、くれぐれも自死だけはお止め下さいね、アナタの為にしかなりませんから』
《そう思われたいなら結構ですけど、生きている者の勝ち、にしますからね》
「生きてさえいれば、幾らでも出来ますから。では、もう宜しいですか」

 きっと、彼らは俺にありったけの嘘を混ぜ込むか、本当に妻から忘れ去らせる何かをするだろう。
 そう思うと、自死の念も一瞬で消えてしまっていた。

『はい、はい』
「では、さようなら、お疲れ様でした」
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