泣き虫龍神様

一花みえる

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天泣【9月長編】

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    イネとマイが選んだ贈り物は、手作りの帯紐だった。深い蒼色にひと針ひと針銀の糸で刺繍をしていく。白無垢なら赤じゃないのかと言ったら、何がなんでも青がいいのだとか。
    二人でせっせと美しい花の刺繍を施している隣で、おみが古めかしい本を読んでいた。どうやらそれに贈り物の答えが書かれているらしい。
「さむしんぐおーるど、さむしんぐにゅー、ええと、さむしんぐ、ぼ、ぼろうど?」
「マザーグースか」
「そう!    これ、イネとマイがくれた本」
    よく見ると、この本はまだ祖父が生きていた頃にイネとマイにあげたものだった。どうりで古いわけだ。何十年前のことか思い出せない。
    読み慣れないカタカナに、馴染みのない言葉で四苦八苦しながらも、おみがポツポツと読み上げていく。何か古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの。
    そして。
「サムシングブルー。何か青いもの」
「りょーた、知ってた?」
「聞いたことがあるだけ。すぐには思い出せなかったよ」
    欧米に古くからある慣習で、花嫁が身につけると幸せになれるという四つのものたちだ。マザーグースが由来しているとは聞いていたが、実際に読むのは初めてだった。
    さすがに六ペンス硬貨まで用意はしていないだろうが、他の三つも贈るのだろう。イネとマイなりに、ウカさんを祝福するために。
「新しいものとか、古いものはすぐ手に入るからな」
「アタシの口紅を貸してあげるから、それもクリア」
「でも青いものって思いつかなくて」
「しかも身につけるってなると難しくて」
「帯紐なら結婚したあとも使えるだろ?」
「綺麗に刺繍してたら綺麗でしょ?」
「だから、青いものはこれにしたってわけ」
「したってわけ」
    器用にチクチク縫いながら、これまた器用に交互に話してくる。二人がそれで納得するのなら何だっていい。当日、ウカさんを驚かせるためこっそり準備するのも別にいい。
    ただ、本職が疎かになって織田さんから怒られなければそれでいい。なぜだか知らないが、そういう時は俺もまとめて怒られるから。
「りょーた、おみもチクチクしたい」
「まずは糸を通すところからだな」
「ふぐぐ……」
    結局、四人でワイワイ騒ぎながらその日は夕方を迎えた。青い帯紐は四分の一ほど銀色の刺繍で飾り付けられ、最後まで針に通されなかった糸はなぜかおみの体に巻き付き、大量の端切れが座敷に散らばっていた。
    また明日も来ると言い残した双子は、少しだけすっきりした表情をしていた。
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