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幼女 ※高齢者の事故死表現あり

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 私は、町内会の清掃作業をしていた。

「ねえねえ、旦那さんは来てないの?」

 声を掛けてきたのは、5,6歳くらいの幼女。清掃作業は基本的に大人が参加する行事だが、1人で留守番出来ない年齢の子供を一緒に連れて来て、参加する事も珍しくない。私は返事した。

「うん。お仕事だから」

「そうなんだ。大変だね」

 幼女はしゃがんで頬杖をつきながら、私の作業を見ている。

「あなたのお父さんとお母さんは?」

 私が尋ねると、幼女は答えた。

「いない。1人で来た」

 幼女は興味深そうに私の後ろをついて歩く。周りの大人達は、親子で参加しているとでも思っているのか、誰も気にしていない様子だ。私は言った。

「何歳なの?」

「あたし? 5歳」

「へえ、うちの子と一緒だ」

「5歳の子、居るの? あたしとおんなじだ! ね、これが終わったら遊びに行っていい?」

「え? お父さんお母さんにちゃんと訊いてからにしてね」

 幼女は話を聞いているのかいないのか、私が言い終わる前にどこかへ駆けだして行った。


 その日の昼頃。食事を作っていると、何者かが玄関のチャイムを鳴らした。インターホンのカメラには、80代くらいの背中を丸めた見知らぬ老女が映っていた。

「はい、どちら様ですか?」
(近所にこんな人居たっけ?)

 首を傾げつつインターホン越しに返事すると、老女は意味不明な事を言った。

『ねえ、川に行こうよ』

「え?」

『川だよ、川』

「何ですか?」

『だから、川で遊ぼうって言ってるの!』

 老女に覚えはなく会話も不成立、私は思わず黙り込んでしまった。老女は怒ったのか、肩を震わせ喚いた。

『噓つき!!』

 老女は踵を返し、我が家を後にした。


 数日後。隣人にこんな話をされた。

「そう言えばウスタさん、お亡くなりになったそうですよ」

「ウスタさん…? どこのお家の方でしたっけ」

「隣の班の人で、あそこの黒い屋根の平屋の人です。こないだの清掃の時、神地さんに絡んでた人ですよ」

 私は眉根を寄せた。
(え、あの小さな子?まだ5歳なのに…)

「あら、そうだったんですか…」

「ええ、2丁目にある水路に落ちて、溺れたとか。まあ、あんな感じでずっと徘徊してた人だったから…」

「徘徊?」

 私は耳を疑った。

「だいぶ前から、認知症だったんですよ」

 とうの昔に両親は居なくなり、遊び相手を探していた5歳のあの子。川遊びに誘ったのに断られ、独り溺れてしまった。

(誰からも、気にかけて貰えなかったのか)

 私は、主の無い家を眺めた。

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