きみよ奇跡の意味を知れ 【本編完結・番外プチ連載5/14完結】

桜以和果

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2 彼は騎士である。傍らには騏驥がいる(2)

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「なあ、もう結構時間経ってるんだしさ。やる事やって帰ろうぜ。いつまでこんな事してる気なんだよ」

 地に尻をつけて座ったままの格好で、足下の土をザリザリと弄びながら、男は——リィの騏驥であるルーランは言う。

(うるさい)

 リィはますます眉を寄せた。普段は滑らかな、透けるように白い肌のこめかみが微かに震える。
 本気でうるさい。鬱陶しい。
 けれどそう文句を言えば喜ぶだけだ。
 この性格の悪い騏驥は、じっとしていることは大嫌いなくせに、騎士に嫌がらせをするのは大好きなのだ。
 深呼吸して気持ちを整えると、なるべく静かな口調で言った。

「いつまでもなにも、対岸の偵察がわたしに与えられた任務だ。次の指示があるまではこのままだ」
「は? あんたに命令した奴らなんて、今頃は陣で酒盛りしてるだろうよ」

 しかしそんなリィの言葉に、ルーランは「なにをばかな」という顔で言う。
 人を小馬鹿にするときの手本になりそうな顔だ。
 この騏驥は本当に騎士が嫌いなのだな、とつくづく思う。

 どんな優秀な騏驥も霞むほどの能力を持っていながら、今までどんな騎士も彼に二度と乗ろうとしなかった理由はまさにこれだった。
 普通の騏驥は、魔力の込められた手綱だけで制御できる。
 それと鞭を使えば、騎士なら思うように動かせるはずなのだ。
 騏驥に付けられた「輪」があるために。

 だが。

 この騏驥は、それをよしとしなかった。
 正規の騏驥となる以前の育成段階で馴致される際に、騏驥としての振る舞いを嫌と言うほど叩き込まれるはずなのに、彼はそれに従わないのだ。
 騎士がどれほど手綱を引っ張り、鞭で叩いて言うことを聞かせようとしても、狂ったように暴れまくり大人しくしなかった。
 そして騎士にとって落馬は非常に恥ずべき事だから、いつしか誰も彼には乗らなくなった。
 他の騏驥と比べても抜きん出るほどの素晴らしい素質を持っていると解っていても、この騏驥に乗れれば間違いなく他の騎士より多くの功績を挙げられるに違いないと解っていても、「失敗しない」方を選んだのだ。


 ——リィ以外は。


 失うものなど既になく、求めるものしかないリィ以外は。 
 そして今のところ、リィは幸いにして落馬の経験なくルーランに騎乗し続けている。

 その他の様々なことを我慢しつつではあったが——。






 ルーランの文句は続く。

「つーか。そのぐらいあんたも解ってるだろ。本隊で偉そうにしてる奴らは、立場や歳はあんたより上でも、実際は全く役に立たない奴らだぞ。なんでこんな役立たずばっかりの遠征に参加したんだか」
「……」
「手柄を立てる機会を見逃したくないのかも知れねーけど、だったらなおさら突っ込むべきだろ。手柄なんて敵をぐちゃぐちゃにしてこそなのに」
「……」

 だからその「敵」がいるのかいないのか、状況はどうなっているのかを調べているんだが?

 リィまたひとつため息をつくと、

「もう黙れ」

 ピシャリと言った。

「暴れたいだけのお前の話に付き合う気はない」

 ルーランに目を移し、冷ややかに、さらには腰に帯びた鞭に触れながら言う。
 と、ルーランも流石に黙った。

 暴れたいときは鞭に打たれても暴れ続けるこの騏驥だが、決して打たれる事が好きと言うわけではないのだ。

(最初からそうしていろ)

 やっと静かになった、とリィ安堵したものの、彼の言葉に事実があるのも承知しているから、それはそれで頭が痛い。

(相変わらず、こっちが聞きたくないことばかりを言ってくれる)



 


 騏驥によって周辺各国を制圧しているこの国も、年を経ればその時々にその勢いを変えていく。
 もちろん、未だ圧倒的な優位さを保ち、大陸に君臨していることに違いはないが、小さな反抗の火種はいつでも至る所で上がり続けていた。

 今回、リィが遠征にやってきたここも、隣国との境にある中立地帯の森に、見慣れない男たちが砦らしきものを築き始めているようだという報が王都にもたらされたためだ。

 それを受け、確認と場合によっては討伐するために人員を繰り出すことになり、歩兵と普通の馬たちだけで構成された騎兵の遠征隊が編成された。
 そのサポートとして、リィにも遠征の要請がかかったため、隊の一員として加わったのだが、その本隊はと言えば全く機能していない有様だ。
 この地に着いたのは三日も前だというのに、未だ、相手の正体もその規模もつかめないのだから。
 今だって、きっとルーランの言ったように後方に陣取って酒でも飲んでいるのだろう。
 肴になるのはリィの悪口だ。今までも大抵そうだった。
 おそらくは、騏驥に乗る騎士へのやっかみが半分、そして半分は、いまだ行方不明のリィの父が起こした、不名誉な事件のために。
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