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57 囚われの騎士
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気が付くと、視界にはぼうっとした灯りが見えた。
それが火だと気付いたのは、更に数秒経ったころ。意識が段々とはっきりしてからだ。
(ここは……)
リィはゆっくりと首を巡らせる。
灯りはあっても、今居る場所は随分暗いのだと気付かされる。
そしてどことなくひんやりしていて、土の香りがする。
目を凝らせば、三方は岩。いや、石壁だ。人が切り出した跡がある石の壁。そこにぽつぽつと火が灯され、そのおかげで辛うじて真っ暗じゃない、といった様相担っている。
石壁ではない一方は、明らかに後から造られたとわかる格子が填められている。
つまりここは、天然の地形を利用した牢のようなものだ。
身体は上手く動かない。
痛みはないが、両手が後ろ手に拘束されている。地べたに座らされた格好が辛くて動こうとすると、グイと引き戻された。
「………っ」
逃げられない悔しさにリィは唇を噛むと、ややあってゆっくりと息をつく。
落ち着かなければ。
自分にそう言い聞かせると、ここに捕らえられるに至った経緯を思い返す。
ダンジァを逃がしてすぐ、追っ手たちに囲まれた。
剣で応戦したものの、馬に乗った相手にはろくに抗うことも出来ず……。
(……?)
しかしそこまで思い返し、リィは微かに首を傾げた。
(? どういうことだ……?)
そこから、記憶がない。
今に至っても身体に痛みはないし、乱暴な扱いを受けた覚えもない。
服も……乱れてはいない。なのにどうして自分は奴らに捕まってしまったのだろう……?
捕まる。
——そうだ。
ダンジァは大丈夫だっただろうか。
捕まることなく、どこかに逃げ込めただろうか? 誰かに保護されただろうか。
怪我は治療してもらえているだろうか……。
彼の傷ついた身体のことを思い出すと、胸が痛む。
医師の力でなんとかなればいいが……。
不安と心配で長い溜息を吐いたとき。
見るともなく眺めてた石壁に、文字のようなものが書かれているのが見える。それとも彫られてるのだろうか。
字。模様。模様? 文様……?
リィは拘束されている腕が痛むのにも構わず身を乗り出し、壁を凝視する。
灯りが揺れるせいで見づらい。けれどじっと見つめていると、そこに書かれて/描かれているものに、どこか見覚えがある気がした。
(なんだ……?)
書物で見たのだろうか。
だがいつ、どこで?
思い出せば何か役立つかもしれない、と必死に考える。
けれど集中しようとしても思考が分散して上手くいかない。
もどかしさに、リィが顔を顰めた時だった。
こちらに近づいてくる足音が聞こえた。
一人、二人……。
それに気づき、顔を跳ね上げたリィは武器になりそうなものを探したが、剣も弓も取り上げられてしまっている。
近くに役に立ちそうなものもない。
せめてもの抵抗に、毅然と顔を上げ、格子の外をきつく睨んだ時。
「ああ——起きた?」
格子の向こうから、こんな場所に不似合いなほどの、軽い、男の声がした。
あの若い男だ。賊を指揮していた、仮面をつけたあの男。
ぎゅっと身を固くしたリィに構わず、彼は格子の小さな扉を開け、中に入ってくる。
後に続く男も、同じく仮面の男だ。
やはりこの二人が首謀……ということなのだろう。
じりっと後退り、敵意も露わに睨むリィに、若い男は可笑しそうに笑った。
「起きたなら挨拶ぐらいしてくれてもいいのに」
「…………」
巫山戯るな、とは口にせず、リィは無言で睨み続ける。
近くで見ると、彼はますます若く見えた。
だがそう見えるだけかもしれない。なにしろ、あれだけの賊を率いていたのだから。
暗い上に火の明かりだけだからはっきりとはわからないが、髪は金に近い栗色。瞳も薄い茶色だ。さほど珍しくはなく、特徴らしい特徴ではない。だが身なりはある意味特徴的だった。
馬上の彼を見た時は、逃げることを考えて混乱していたために気づかなかったが、彼は全身にじゃらじゃらと装身具を着けているのだ。
髪、耳、首、腕、指。足。服の上や長靴に。そして服の中に。
どれも本物の金や銀、輝石や貴石だ。一見して希少とわかる——つまり高価とわかるそれもある。
仮面も、近くで見れば丁寧な仕事で作られている。
リィは困惑した。
装身具といえば、まず思いつくのは魔術師だ。
彼らは魔術の効能を高めるために、もしくは自身の魔力を底上げするために、または使用する魔術そのもののために、特には制御のためにそうしたものを纏っている。
だが、これほど多くを身につけたものは見たことがない。
これではまるで、身一つで暮らしているような、ここに全ての財を集めて生活している者のようだ。
しかし彼は、それに反するような言葉遣いであり佇まいだった。
明朗で滑らかな美しい発声、馬上の姿勢の良さと馬を扱う上手さ……。
どれも、十分に余裕のある生活をし、それなり以上の躾を受けていなければできないことだ。
矛盾している。
男を睨んだまま、リィは考える。
もし仮にこの男が魔術師なら、騏驥の行動に干渉できる可能性はある。
けれどそんな強大な力を持った魔術師が市井にいるだろうか?
「——!」
そんなリィの思案は、強引に中断させられた。
不意に伸ばされた若い男の手に頤を掴まれ、無理矢理上向かされたのだ。
それが不快で一層きつく睨むと、男はわざとのような大きな溜息を吐いた。
「口がきけなくなったわけでもないだろうに。お高いなあ。話しかけてるんだから返事ぐらいしてくれても。それとも、下々の者と話す気はない――ということですか? 殿下」
「!」
リィは息を呑んだ。
どうして。
どうしてその呼び方を?
瞠目するリィに、男は楽しそうに口の端を上げる。
指先に力が込められ、顎を掴まれているリィは痛みに顔を顰めた。
逃れようとしたが、逃れられない。男の指はリィの頤を捕らえたまま、離れない。
「挨拶どころか、感謝の言葉があってもいいと思うんだけどね。捕まえるときだって気を遣ったんだから。薬だの香だのあれこれ使って、なるべく傷付けないように、ってね。今だって、本当なら着てるものなんか全部脱がせて、それはもう口に出来ないような恥ずかしい格好で両手両脚を拘束するところだよ? なのにこんなに優しい待遇なんだから。まあ、これも『なるべく傷のない綺麗な状態の騎士を、汗や匂いの染み付いた服ごと自分のものにしたい』っていう変態さんのおかげなんだけどね。感謝しなよね、変態に」
嘲笑うように言われ、リィは自分の身体が震えるのを感じる。
誰だ。
誰だこの男は。
こちらを知っている者なのか?
リィが古千国の末裔だということは特に秘されているわけでもないとはいえ、誰でもが知っていることでもない。
しかもその——本来は敬称であるはずのその呼び方を、敢えて蔑称で使う者は……。
「——誰だ」
堪らず、リィは尋ねた。
本当なら、こんな輩とすすんで口を聞きたくはない。
挑発に乗りたくはない。けれど。
渦巻く疑問が抑えられない。
「お前は、誰だ」
しかし男は、仮面越しにじっとリィを見つめてくるだけだ。
その双眸は、嗤っているようにも見えるし、冷めているようにも見えるし、この上ない憎悪が込められているようにも見える。
視線の密度から逃れるように、リィは男の背後に立つもう一人の男に目を移す。
若い男を守るかのように立つ、背の高い男。
彼の方から何か情報を得られればと思ったが、黙ったままの男は、感情すら伺えない静かすぎるほどの佇まいだ。
髪の色は金。目の色は遠くてわからないが、彼は若い男に比べると、あまり装飾品はつけていない。髪の結び紐と、あとは、腰に帯びている剣だ。はっきりとは見えないが、どちらも金の細工が丁寧だ。おそらく髪の色に合わせているのだろう。
そういうものを身につけていられる者なのだ。
しかも立ち姿には隙がなく、彼もやはり「普通ではない」雰囲気を漂わせている。
単なる野盗たちの頭には思えない。
男はリィの問いに答える気はないようだ。
うっすら笑みを浮かべたまま、ただ弄ぶようにリィの頤を、頬を撫でる。
「できれば騏驥も捕らえたかったところだけど……まあ、普通のやつを捕まえてもね。緑のやつは連れてこなかったんだ? もう飽きて捨てたとか?」
「っ……お、お前たちの目的はなんだ。騎士や騏驥を捕まえて売ることか!?」
言われたくないことを狙い澄ましたように言われ、リィは動揺を隠すように問い返す。
だが胸中の疑問は膨らむばかりだ。
彼らはルーランのことも知っている。
確かに彼は、成望国の騏驥の中でも知られてはいる方だろう。毛色だって特徴的だ。
だが。
何者だ?
何か手がかりはないかと見つめるリィの視線の先で、
「それ『も』ある」
男は目を眇めて笑う。
「それもある。でもそれだけじゃない」
「…………」
「それにしても——ムカつく貌だなあ。綺麗で綺麗で——見てるとイライラする」
そして男は、リィの頷を掴む指に、一層力を込めた。
「ァぐ……!」
骨が軋むような感覚に、痛みに、リィが顔を歪めると、男は満足そうに笑う。
しかしどうしてか、その目はリィを見ているようで見ていないようにも感じられる。
仮面のせいでそう思ってしまうのだろうか?
得体の知れない相手にリィが慄くと、男はそれまでの軽薄そうな貌から一変。
じわじわと燃え続ける根深い憎悪を感じさせる昏い表情を浮かべて言った。
「騎士も騏驥も、みんないなくなればいいんだよ。みんな。全部。全員。一匹残らず——」
地の底から響く呪詛のような声だった。
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