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69 逃げて、二人きり
しおりを挟む微かに寒さを覚え、リィはふっと瞼を上げた。
なんだか夢を見ていたような気がする。けれど内容が思い出せない。
見覚えのある場所、人。交わされた会話。
初めて見る夢じゃなかったような気もするが、これも「気がする」だけで記憶は曖昧だ。
なんとなく気になって思い出そうとするものの、思い出せない。
諦めてふっと息をつき——自分が横になっていることに気づいた。
「!?」
慌てて跳ね起きる。
周りにはぽつりぽつりと発光石が置かれている。おかげで周囲がどうなっているのかはぼんやりと見えるが、見えても理解が追いつかない。
屋根のある建物のようだ、が……。自分が横になっていたのは地面の上だ。
ここはどこだ。
どうして自分はここに?
そして——。
「ルーラン!?」
彼はどこだ。
彼がいない。
彼は——。
リィは狼狽えながら首を巡らせ、彼の姿を探すが見つからない。
外か?
立ち上がると、まだフラつく身体のまま縋るように壁を伝う。その切れ目に、扉のつもりなのか大きな板が立てかけてあるのが見えた。
そろそろと近づき隙間から伺うと、やはり向こうは外だ。だが真っ暗でほとんど何も見えない。
リィは発光石の一つを拾うと、それを携えて外に出てみようと決める。
息を潜め、板をずらして一歩外へ出た時。
「あ」
突然、すぐ側から声がした。
驚きに飛び上がりそうになりながら見れば、そこにいたのは人の姿のルーランだ。
リィが出てきた板の傍——出入り口のようなその場所のすぐそばに、まるで門番のように彼が座っていたのだ。
ただし、裸で。
「……」
その姿への驚きと、居て良かったという安堵。
両方の気持ちが入り混じり、リィがすぐに声が出せずぱくぱくと口を開け閉めしていると、
「悪い。すぐ戻る。中入ってて」
ルーランはクイと頷をしゃくる。
リィは大人しく頷くしかなかった。
元いた場所に戻ると、リィは改めて腰を下ろしてあたりを見やる。
今いる建物は小屋……? のようだ。壁はほとんどが石だが、所々に隙間がある。おそらく窓か別の材質が嵌められていたのだろう。広さは、そう……ちょうどルーランのいた馬房ほどだ。広いわけではないが、暮らそうと思えばなんとか暮らせそうに広さ。
ただし、煮炊きをする場所はなさそうだ。外にあるのかもしれないが。
屋根も朽ちていて、雨が降ればないも同然の有り様になるだろう。日除け程度の役にしか立たなさそうだ。
普通の家にしては、こんなところにポツンと一つだけあるのがわからない。
(そうだ……)
こんなところ、で思い出した。自分の置かれていた状況を。
さっき外に出て一瞬だけ見た風景。
自分は囚われていたところをルーランに助けられて、彼とともに逃げていた最中だった。そして追っ手をまいたつもりが、体力を使い果たしたせいでルーランに乗っていられなくなって……。
「——!」
と、その時。
外されていた板の向こうから、外からルーランが入ってきた。
だが——馬の姿だ。
なぜか馬の姿になっている。
リィは慌てて駆け寄ると、手綱を掴んで問うた。
「どうした。人の姿では居づらいのか?」
自分の意思で変化を制御できなくなったダンジァの姿が思い出される。
ルーランも「そう」なったのかと思ったのだ。
だが彼は、
<いいや>
と、首を振った。
<何かあった時、すぐに動けた方がいいだろう? だからこっちの方がいい>
「……」
<だろう?>
「あ、ああ。うん…………」
なんだかそう答えるしかなくなり、リィは心底からの納得はできないまま相槌を打つ。
(ならさっきはどうして……)
考えたのが、顔に出たのだろう。
器用に四肢を折りたたみ、地に座り込みながらルーランが言った。
<あんたを運んで寝かせるにのに、馬の姿じゃ無理だったんだ。だから一旦は人の姿になった。さっきは、久しぶりだったからそのままぼんやりしてた>
「……」
一応、筋は通っている。
いるけれど……。
なんだかモヤモヤしてしまう自分がおかしいのだろうか?
内心、納得できない思いを抱えつつも、取り敢えずリィもルーランの傍に腰を下ろす。
まず訊きたかったことを口にした。
「ところで、ここはどこなんだ? 見たところ古い小屋のようだが」
<あんたを探してる最中に見かけてたんだ。裏には井戸があるから人が住んでたんだろ>
「何に使われていたんだろうか……」
<さて。そこまでは。そもそもこの辺りの地理に詳しい訳でもないしな>
おとなしくしゃがんだ姿のまま、ルーランは言う。
大きな騏驥の側にいると、それだけで安心できるようだ。
「わたしは、どうなったんだ? 矢を放って……気を失ったのか?」
<……>
「ルーラン? わざわざここに運んで、休ませてくれたのか……?」
<俺が、少し休みたくなったんだ>
「……」
答えが噛み合っていない。
だがルーランはそれを訂正する気はないようだ。
リィはルーランを見つめる。馬の姿の彼を。
人の姿の時も目を引く貌をしているが、この姿でも、彼ははっとするほど整っている。凛々しく雄々しい姿だ。
人の姿の時よりも瞳が大きい。
発光石の光を反射して、その瞳は宝石のように輝いている。
その瞳に自分が映っている。
それだけで、無性に胸がざわざわする。
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