美しき吸血鬼は聖女に跪く

朝飯膳

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猫かぶり聖女×奴隷吸血鬼

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「だ、誰か――」

 誰かを呼ばなきゃ。でも、混乱の方が勝っていて、声量が出ない。一人でこんな不審者に遭遇したなら、とっさに判断して行動できるけど、今はわたしを庇って負傷したドドがいる。なにからするべきなのか、そればかりに気を取られてしまう。

 誰かを呼ぶ、逃げる、ドドを助ける。

 様々な選択肢が同時に脳内で並ぶ中、わたしはドドを助けることを選んだ。――選んだ、というより、今、一番手近にあることに手を伸ばした、と言った方が正しいかもしれない。
 ドドは吸血鬼なので、人よりも癒すのが難しい。聖女の力のコントロールを少しでも誤れば、大惨事になる。聖女の力には、人外を退治する能力もあるから。

「しゃ、しゃさま、にげて……」

 息も絶え絶えなドド。彼の吐息に混じって、そんな言葉が聞こえてくる。

「馬鹿言わないで! アンタはわたしのペットなの、寿命以外でわたしの許可なく死ぬなんて許さないんだから! こんな――こんなクソガキの為に死ぬなんて絶対あっちゃ駄目なのよ!」

 涙で視界が滲む。乱暴に目をこすれば、手に付着したドドの血が目に入ったようで、余計に目が見えにくくなる。わたしは服の袖で、目が痛くなるくらいこすった。

「――クソガキだなんて、よく分かってるじゃないか」

 ドドじゃない男の声。ドドに使う聖女の力を緩めないまま、わたしは顔を上げた。男が、服で包丁を軽くぬぐっている。ドドの血は取れても、肉の脂は取れないようで、包丁が白くぼやけて光を映していた。

「お前があいつをクビにしたせいで、あいつは、あいつは……」

 男は最後まではっきりと、わたしがクビにした、もう一人の使用人の末路を言わなかった。でも、大体は想像がつく。絶対、ろくなことになっていないんだろうな、と。
 わたしがスラム出身であるように、この国はかなり貧富の差がはっきりしている。貧しい者がのし上がるのは難しく、富める者が転がり落ちるときは一瞬だ。

 でも、だからって、わたしに押し付けるな。

 理不尽なことを、いつだってわたしは押し付けられてきた。スラムのガキなんて、都合のいいサンドバッグ思っているこの国の大人の、なんて多いことか。
 聖女になって、わたしはそんな場所から抜け出したのだ。力を持って、自由になって――守りたいと思うものが、出来てしまった。スラムの片隅で、いつ死ぬのかもわからなかったようなわたしを、命に代えても守ろうとした存在に、返したいものがあるのだと、思ってしまったのだ。

「――元はと言えば、ちゃんと仕事をしないあいつらが悪いのよ」

 ドドの傷があらかた治ったのを確認すると、わたしは立ち上がる。

「わたしは確かにクソガキだけど――スラム出身のクソガキ、舐めんじゃないわよ!」

 わたしはドドの体の上を飛び越え、そのまま男に組みついた。
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