【完結】勇者パーティーの裏切り者

エース皇命

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第1巻 犬耳美少女の誘拐

断章4

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 クロエははっきりと確認した。

 同年代の人間ヒューマンのメイドが、オーウェンの部屋に入っていくところを。
 これで目撃するのは何度目だろうか。
 もう5回は見たような光景に、焦り、ソワソワする。

 クロエ自身、この感情の正体が何なのかはわからない。
 ただ、それを見た後には強烈に落ち込み、安心して眠ることができないことだけは確実だ。

(今日こそ……ふたりで何してるのか確かめないと――)

 頬を膨らませ、音を立てないよう慎重に扉に近づく。

 あのメイドおんなは部屋の中に入る際、念入りに周囲の目を気にしていたようだが、人間ヒューマンの感覚には限界がある。その分、獣人であるクロエはバレずに接近できているというわけだ。
 自分のしていることに羞恥心を覚えながらも、これは大事なことなんだ、と自分を奮い立たせる。

『オーウェン様♡』

(えぇぇぇぇ!!!)

 なんだか愛らしくオーウェンの名を呼ぶ声を壁越しに聞き、内心で叫ぶ。

『最近は忙しそうで、私、ずぅっと我慢してたんです。オーウェン様が言うように、周囲にこの関係がバレると困りますから……でも、でもでも……夕食の席にも現れないオーウェン様を想うと、気持ちが抑えられなくなって……』

「こ、この関係……!」

 ということはもう付き合っている・・・・・・・ということなのか。
 
 クロエの頭の中で、そんな言葉が反芻する。
 時は既に遅かった。
 もうオーウェンには妻がいたのだ。愛し愛される関係で結ばれた、伴侶という存在が。

 つい大きめの声を出してしまったが、クロエを気にする様子もない。なんとかバレずに済んだのだろうか。

『少し考え事をしてただけだから、後で夕食はちゃんと食べるよ』

『そうだったんですね。でもよかったです。こうしてオーウェン様と同じ空気を共有できて』

『え……』

『なんでもありません♡ ところで、今夜はどうなさいますか?』

(こ、今夜……!?)

 気づけば走り出していた。
 廊下を逃げるように駆け、ひとつ階が上の自室へ向かう。途中でヴィーナスとすれ違い声を掛けられそうになったが、様子がおかしいことを悟ったのか絶世の美女ヴィーナスは開きかけていた口を閉じた。



 ***



 オーウェンの部屋ではまだ会話が続いている。

「もう行ったか」

 クロエの逃走を引き起こした原因である男、オーウェンが呟いた。
 淡々と、無表情のままルーナを見る。

「上出来だった」

 濃い紫の瞳には満足の色が浮かんでいる。

「オーウェン様、クロエあの子を嫉妬させて、何がしたいんですか?」

 少しむっとした顔で、腰に手を当てて聞くルーナ。
 あの発言も、全てはオーウェンの指示通りに曖昧に表現しただけだ。

 だが、彼女のオーウェンへの熱は本当だった。妹の命を救ってくれたあの日から――いや、もうその前から好きになっていたのかもしれない。必死な頼みを受け入れ、自分を助けると約束してくれたその瞬間から。

 オーウェンの近くにいることが、自分の幸せに直結する。
 ルーナはもうオーウェンのものだった。完全に心酔していた。頭の中はオーウェンへの愛、信頼、想い……全てはオーウェン様のために、その気持ちが彼女をどこまでも突き動かす。

「クロエはどうしても手に入れなければならない」

 オーウェンの声が胸に響く。
 
 並々ならぬ決意がそこにはあった。
 クロエに個人的に熱を上げているというわけではなく、あくまで自分の最大の目的のために必要な仲間こま。たとえ周囲を都合のいいように利用したとしても、目的は達成させる。瞳の奥で蠢《うごめ》く闇。

 ルーナはオーウェンの本当の目的こそ知らないが、遥か遠くの理想を追いかける彼の姿に心奪われた。

「私だけを見ていて欲しい気もしますけど……オーウェン様が望むことなら、もうそれは私の望みですから」

「ありがとう、ルーナ」

 オーウェンがルーナの頭に優しく手を置く。

(頭ポンポン――ッ!)

 熱が一気に上がり、蒸気が頭上から出ているような錯覚に陥る。
 ルーナの心臓は激しく鼓動していた。

「ルーナは確か俺がパーティーに入る前からメイドなんだっけ?」

 急にオーウェンが聞く。

「は、はい。アル様とハル様が加入されたあたりの頃かと」

「そうか。それじゃあ、メンバーみんなのことは信じてる?」

「はい勿論です。私聞きました、裏切り者がいると神託のお告げがあったこと。ですが、私には到底信じられません」

 その言葉を聞き、オーウェンが沈黙を作った。
 ルーナの発言は本心から出たものであると、彼は確信した。

「ルーナのことは信頼・・してる。今から俺が言うことはあくまでウィルの憶測になるけど、それでもいいか?」

「は……はい」

 真剣な眼差しにドキッとしながらも、ルーナはその可愛らしい前髪を上下に揺らした。

 オーウェンは信じている。
 完全に自分に心酔し切ってしまったルーナは、もう自分の支配下にある。命令は忠実に守り、どんな時でも味方でいてくれる、と。

 そして彼の口から、ついさっき知ったばかりの、裏切り者の正体・・・・・・・が明かされた。
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