ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命

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フロストハウル編

第117話 いつの間にか同居人が増えているというアレ

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 山口やまぐち剣騎けんきは東京で最も有名な美容室の前に立っていた。

 フロスト&プリューム。
 少し前に黒瀬くろせが足を運んだ美容室である。

 山口が店に入ると、若い女性店員が愛想良く声をかけてきた。

「こんにちは、本日はご来店ありがとうございます。17時にご予約いただいた山口様でよろしいでしょうか?」

 ウェブ予約の際に要望は記入しているので、スムーズに店の奥へと進んでいく。

 店内には爽やかで甘い香りが漂っていた。リラックス効果のありそうな波の音がバックグラウンドで流れている。

「店長はいますか?」

 鏡の前の椅子に案内されると、すかさず山口が口を開いた。

 この美容室に来たのは店長に会うためだ。
 純粋にここで散髪してみたかったという理由も少しはあるが、どうしてもここの店長に会い、確かめたいことがあった。

「少々お待ちください」

 担当美容師がスタッフオンリーのドアを抜けていく。

 30秒ほどすると、同じ美容師が背の高い麗人を連れて戻ってきた。
 美容室のホームページにも写真が掲載されている、黒髪・・ロングのスタイル抜群店長だ。

「ミスター・山口、私は店長の氷室ひむろといいます。お呼びでしょうか?」

「ここに僕が来たということは、何の話かわかるだろう?」

「と言いますと?」

「いや……その、アレだよ、アレ」

 他にも一般客や店員がいることを考え、はっきりと冒険者関係の話だとは言わない山口。

 山口剣騎は有名人だ。
 この日本で、ソードナイトを知らない者はそういない。

 しかし、山口の顔を見ても、まったくピンと来ていない様子の氷室。まだ純粋なお客様として扱っている。

「僕のことわかんないかな? 山口剣騎だよ? ソードナイト!」

 ついに自己紹介し始める山口。顔は少しだけ赤く染まっていた。

 担当美容師の女性はコクコクと頷き、もちろん知っているとアピールしている。
 それが普通の反応のようにも思えるが……。

「すまない、ぼくは情報を取り入れないタイプなんだ。もしかして、才斗さいとに関する話がしたいとか、そういう――」

「その通りだよ! これ、なんか恥ずかしいな……」

 これ・・は完全に氷室が悪かった。
 氷室の情報制限主義が山口の自尊心を深く傷付けてしまうことになったわけだ。

「なるほど。となると、ミスター・山口はぼくが担当しなくてはいけないね。杏奈あんなちゃん、このお客様はぼくが対応するから、30分からの斎藤さいとうさんはお願いするよ」

「わかりました」

「ありがとう。杏奈ちゃんは今日も可愛いね」

「ありがとうございます!」

 色っぽい瞳で可愛いと褒められ、満面の笑みを作るもと山口の担当美容師。
 完全に目はハート形だ。

 山口はそのやり取りを黙って見ていた。

 氷室は温かい表情で杏奈という店員を見守った後、山口のジトーとした視線に気付いて我に返る。

「杏奈ちゃんは新入りでね。天使のように可愛いんだ」

「……なるほど? それで、才斗の話なんだけど――」

「そうだったね。まずは髪を切って、シャンプーをする。話はその後に始めようか」



 ***



「まさか、椎名しいなさんが冒険者だったなんて……」

「厳密に言えば超人だがな」

 家に帰り、今日の椎名さんとの会話を思い返す俺たち。

 夕食はスーパーで買った安売りのから揚げと、カップ焼きそばである。
 頭が痛くなるような話をされた後だったので、料理をする気になれなかった。放課後のダンジョンデート・・・もしていない。

「超人が多くても、ランクが高くなければ問題ない。Eランク以下はもはや一般人」

「それは言い過ぎな気もするが……」

「――って、なんでお姉さんがいるんですか!?」

 食卓には姉さんもいた。
 今日は綺麗な黒髪を後ろでひとつ結びにしている。いつもよりオフ感があって、なんだか落ち着くな。

 あまりにも自然な流れで食卓に溶け込んでいたから、今までツッコむのを完全に忘れていた。

「今日から私もここに住む。社長に許可された」

「もしかして、あの冒戦の時のセリフって伏線だったんですか!? 本気で住んじゃうとか誰も思ってませんよ!」

 淡々と述べる姉さんに対し、頬をパンパンに膨らませる楓香ふうか

 一応リビングの隅には大きめのスーツケースが置いてあり、姉さんがここで暮らすために必要な生活用品だったり服が入ってるんだろうなと予想される。

「お姉さんが来ちゃうとえっちできないじゃないですか~。ここはわたしと才斗くんの愛の巣なんですぅ! だから――」

「姉として弟の貞操を守る必要がある」

「残念でしたね。わたしたちはもう何度も激しく体をぶつけ合って――」

「食事の場で品のない話をするな。焼きそばが伸びる」

 ちなみに楓香の焼きそばはまだお湯を入れたままだ。
 もうとっくに3分は過ぎてるだろう。完全に伸びきったカップ焼きそばを食べるのは結構苦しい。

「とにかく、超人が野放しになっていても、そんなに強くないから問題ない」

 姉さんは椎名さんとの会話のことも把握済み。

 楓香の淫乱トークが熱を増す前に、話を本題に戻してくれた。これに便乗しないわけにはいかない。

「確かにほとんどの超人はさほどランクが高くないのかもしれないが、ゼロナみたいな例もある。Sランク並みの超人だって、他にも――」

「ゼロナ……?」

 ここで姉さんが話を中断してきた。
 こんなことはめったにない。

 ゼロナという名前に過剰に反応している。まだ姉さんにゼロナのことは話していない。だが、この反応はゼロナが誰かわからないという意味ではない気がする。

 俺は姉さんからの質問に小さく頷いた。
 すると――。

氷室澪奈フロストハウル、裏社会で知らない人はいない。私も2年前に戦ったことがある」

 いつもクールなはずの姉さんは、古傷が痛むとでもいうように脇腹をさすると、怯えるように身震いした。
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