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一線を超えたアイドルとファン
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しおりを挟む社内で、拓也の姿を目で追っては仕事に集中できない自分が怖くなる。
恋はここまで人を変えてしまうのだろうか…
不倫やファンとの恋に走ったかつての仲間たちの気持ちが今なら分かる。
もし、この感情をアイドルの時に持っていたのならば私はアイドルを続けられずにいたと思う。
アイドルをやめた後に、ファンであった男性と交際や結婚に至るのはよくあることだ。
私は、決して悪いことはしていない。
それでも、この都心の一等地のタワーマンションの高層階と二人で住むには広すぎる部屋。
値段が聞けないような高級な家具と、最新の家電に戸惑う。
拓也がいたときはなにも思わなかったけれど、一人きりでこの部屋にいると場違いな自分が嫌になる。
(こんな私でいいのかな?)
貧乏で、常にギリギリの生活をしてきた。
アイドルの売り上げよりも交通費が高かった時もあるし、もやしで食いつないだ時もあった。
高級ブランドの財布やバッグを持っていないし、デパ地下のコスメは買ったことがない。
今作っている料理も、本当は無理をして食べてくれているのかもしれない。
そもそも、男の人に料理作ったことないし。
ただニコニコと笑っていることしかできない自分が情けない。
玄関の鍵を開ける男が聞こえると不安な気持ちが一気に安心へと変わる。
「ただいま」
抱きついた私に、それ以上の力で強く拓也は抱きしめ返した。
「おかえりなさい」
もう少し、もう少しだけでいいから私に、甘い夢を見させてください。
ゴクゴクと喉を鳴らしならビールを飲み干して、「うまーい」と幸せそうな顔をしながら食べ物を口に入れていく姿に先程の不安が解消されていく。
クールで無口の仮面を被った市ヶ谷係長が一気に「市ヶ谷拓也」に戻った気がした。
「俺、子供の頃から手料理食べた記憶ってないんだよね」
と呟いた拓也に思わず私の手が止まる。
「母親が料理作ってるところとか家事してるところ一切見たことない。家にもほとんどいなかったし。ごめんね。俺んち普通じゃないからさ・・・だから、こうやって料理作って待ってくれるのって本当に幸せだなって思う。」
「そう思ってもらえたなら嬉しいです。料理作ってこれからも待ちます。」
ご飯を食べて、お風呂に入って、同じベッドで眠り、同じ会社にいく。
同じことの繰り返しのはずなのに一瞬一瞬に感じる幸せが愛おしい。
時折見せる、凡人離れした金銭感覚には驚かされるが。
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