上司と部下の溺愛事情。

桐嶋いろは

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第一章

梨々香の謝罪(宇月琴音)

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マンションに戻ると、罪悪感が私の心を支配した。
ドアを開けると、課長はいつもと変わらずに「おかえり」と言った。
私も、笑顔で「ただいま」と返した。

「お母さん大丈夫だった?」
課長は心配そうに私の顔を覗き込む。

「妹が大げさに言っただけで、階段から落ちて骨折でした。命に別状はないみたいです。」

「そうだったんだ。よかったよ。」

「ご迷惑おかけしてすみませんでした。」

私は、お土産の袋から地元の地酒を取り出すと、課長は興味津々にその酒のラベルを見た。

「飲んでいいの?」

「もちろんです。何かおつまみ作りますね。」

私は課長から逃げるようにキッチンに立つ。
写真のことを問いたいけれどそんな勇気などなかった。
何も見なかったことにして今までの生活を続けるのが一番楽なのかもしれない。

「いいのに・・・疲れてるでしょ?俺コンビニでなんか買ってくるよ。その間に風呂入ってなよ」

私は、課長に言われるがままバスルームへ連れて行かれた。
冬が近づき冷えた体に温かいシャワーが心地よい。

気がつけば毎日同じボディーソープで体を洗っているはずなのに、最後に一緒にお風呂に入ったのはいつだろう。

どうしてこんなに心が遠くに感じてしまうのだろう。

私がお風呂から出ると机の上に、おつまみと私の好きな甘い缶チューハイも用意されていた。

ソファに座る課長の横に座るが、いつもよりも距離を無意識においてしまう。
そんな私に気がつき課長は、私の腰を引っ張り近くに引き寄せた。

「こうやって二人でゆっくりできるの久しぶりだな。最近、構ってやれなくてごめん。」

そういって私のおでこにキスをした。

この人は結局、「ズルイ」こうやって私は彼のことを許してしまう。
私は、課長の肩にもたれかかる。
地酒も苦手だけれど、少しずつ口に含むと喉の奥が一気に熱くなる。
課長は、「おいしい」と絶賛していた。なんだかいい気分になってくる。


そして、キスを交わす。
課長のキスは優しい。

私の腰に手を回し、胸を優しく触る。
(久しぶりにエッチができる…)

そう思ってたのに、突然の帰省に私は疲れていたらしい。
目覚めるとスマホのアラームが鳴っていった。

ベッドには課長の姿はなくもうすでに出勤をしているようだった。

(最悪……)

今日は、朝一に取引先に寄ってから出勤なので朝は少しゆっくりすることができた。


その日、一箇所の取引先との打ち合わせの後、出勤すると始業開始から1時間経過したオフィスはすでにただならぬ空気をまとっていた。
何人かの社員が電話対応に追われて、課長も常に電話をしている。

「おい、松前はまだ来ねーのかよ。」
電話に出終わった社員が、怒りながらいう。


松前梨々香に何かあったのだろうか。
私は、近くにいた慎也に問うとどうやら梨々香が獲得した営業先とのトラブルが絶えず発生しているらしい。
取引を断られたり、クレームが来たりと様々だった。

もしかすると、枕営業が仇となっているのか。
心配になり、梨々香に電話をするがスマホの電源を切っているようだった。

課長は、私の姿を見つけるとすぐにミーティングルームへ行くように促した。

「どうして、こうなる前に俺に報告しなかった? お前の顧客が全部取られているなんておかしいと思うだろう?そんなに俺が信用できないか?」

扉を閉めるなり、眉間にしわを寄せていつもよりきつい声で私を怒鳴りつけた。

「すみませんでした。すぐに私が謝罪に回ります。」

「俺も行くからすぐに準備して」

それから、計5件の取引先をまわり一件ずつ現状を確認して頭を下げた。

全てが終わり対応が終わる頃には、夜10時を回っていた。

私は、梨々香のことが心配になり慎也に住所をきき部屋を訪ねた。
当然のことながらインターフォンでは出てくれなかった。
何度か、声をかけてみても反応がない。
めげずに声をかけつずけるとようやくその扉が開いた。


そこには、泣きはらした瞼の梨々香がいた。

「近所迷惑なんでやめてください。」

私は、その言葉の返答を待たずに彼女を抱きしめた。

私が彼女を抱きしめると、声を出して泣き始めたのだ。
部屋はゴミや、ブランドのバッグや靴とコスメで散乱しており足の踏み場がなかった。
この数のものを新卒の給料で買えるとは思えない。
少し涙の落ち着いた梨々香がそのバッグ達を雑に壁際に押し寄せて二人が座れるスペースを作った。


「峯岸雅と何かあったんでしょ?」
私は、単刀直入に問う。

すると、梨々香はまた声を荒げて泣き出した。
私は、落ち着くように背中を優しく撫でた。


「最初は、合コンに誘われてそれから、お金持ちの社長とかが集まるパーティーに呼ばれるようになりました。
初めは、お金を持っているおじさんとか社長さんにおいしいご飯食べさせてもらったり、プレゼントをもらったりしました。そこまでは楽しかったんです。でも、次第に契約やお金と引き換えにセックスを求められて、逃げようとすると雅さんが・・・それからずるずると・・・私怖くて・・・」

「思い出すの辛いのに私に話してくれてありがとう・・・。もっと早く気がついてあげられればよかった・・・」

「どうして・・・?こんな私のこと気にとめるんですか?琴音先輩にあんな態度とったのに。」

「そりゃー大切な後輩だもん。」

梨々香はまた声を荒げて泣きじゃくる。

「私はこのまま逃げてもいいと思う。でも、ここで逃げたらもう他の仕事も怖くてできなくなっちゃうと思う。
明日、先輩たちに何か言われるかもしれないし、今後取引先と何かあるかもしれないけれどもう、こういう女の武器を使いすぎた営業はしちゃダメだよ。傷つくのは結局自分だから。
明日、待ってるから。」

「琴音せんぱ~~~い。一生ついていきます。」

私は、再度梨々香の頭を撫でて涙が落ち着いたのを見計らって部屋を後にした。
外に出ると日付が変わろうとしていた。

マンションに戻ると私よりも早く課長が帰宅していた。


「遅かったな。どこいってたの?」

「松前梨々香の家に・・・」

「そっか・・・お疲れ・・・」
課長はソファにどかっと座って目頭を押さえた。


「琴音、今日は言いすぎてごめん・・・取引先と琴音の信頼関係があったおかげであまり大事にならずに話がついたからよかったよ。」

「私も報告をしなくてすみませんでした・・・」

「もう解決したからいいよ。シャワー浴びて寝るわ。」

大きなあくびをしながら、バスルームに向かっていく。
今日も、また別々のお風呂で同じ布団に背中合わせに眠る。




次の日、梨々香は勇気を出して出勤をした。派手な髪色は真っ黒に染められて入社当初の彼女の姿に戻っていた。
社員から冷ややかな目で見られていたが一人一人に丁寧に謝罪をした。
お昼ご飯の時間になるとまた以前のように、コンビニ弁当を隣で食べていた。

「いや~~琴音先輩、本当に尊敬します。昨日、琴音先輩が来てくれなかったら・・・私・・・・」

「もういいから」

「ってことで今度、料理教えてください。」

「いや、その前にあの部屋片付けなよ。」

「そういえば、琴音先輩っていつ課長と結婚するんですか?」

「え・・・?」
私は、思わずむせてしまった。


「何をとぼけているんですか・・課長と琴音先輩が付き合っていて同棲していることなんてみんな知ってますよ」

私は、口をパクパクさせている。

「あ・・・でも雅さん、それをよく思っていないみたいで・・・気をつけた方がいいですよ。
いろんな手段を使って引き離そうとしているから。」


「うん。もう色々やられてるよ。」
私は、苦笑いをした。


この時までは、まだ私も笑っていられた。
この時までは・・・・


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