上司と部下の溺愛事情。

桐嶋いろは

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第一章

終わりと始まり(宇月琴音)

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先日、婚姻届を提出しいろいろあったけれど私たちは夫婦になった。
ずっと残してあったアパートをようやく解約して、過去の恋も過去の自分も捨て去ってきた。
課長のご両親にも挨拶を終えて、後は産むだけだ。
臨月に入るとともに実家に里帰りし、地元の病院で出産することにしていた。
快適すぎる実家での暮らしが始まりしばらくした頃だった。

散歩を毎日の日課にしていた私はいつも通り玄関を出て気まぐれに近所を散歩する。
ビルに囲まれた東京とは違い、山と田んぼしかないけれと、空気は澄んでいておいしいと今になってそれがわかる気がする。

こっちへきてすぐに1人で出かけた散歩で近所の人に会って話をして遅くなると、母は玄関先でキョロキョロしていた。
「全然帰ってこないから途中で産気づいたかと思って今、探しに行こうかと思った。」と言われたことがあった。

いい大人があんなに母親を心配させてしまったことに少し反省して、毎回の散歩は早めに切り上げるようにしていたのだが、今日はいつもと違いなんだがお腹に違和感を感じる。

それでも、歩けと指示されている以上散歩は続けたかった。

(もう少しで会えるね・・・)

その時、一台の車が通りかかる。
運転席の男性はハッとしてすぐに車を停車させた。

「琴音・・・」
車から降りてきた男性は、司先輩だった。思わずあの日の恐怖に後ずさりする。

(赤ちゃんになんかされたらたまったもんじゃない。)
私は、お腹を守る。

司先輩は、道路に頭をつけて土下座した。

「あの時は、本当にごめん・・・」

「課長からいや・・・旦那から全て聞きました。すごく怖かったです。でも、司先輩はこんな人じゃないって思う自分もいて・・・やっぱり司先輩は優しいまま。私、今だから言っておきますが、司先輩がいたから水泳も続けられたし・・・ずっと・・・片思いしてました。だから、あのプールの時は正直揺らぎました。」

「そうだったの?気づかなかった。」

「鈍感ですよね。司先輩は・・・でも、もう私は人妻だしお母さんになるんでもう司先輩には恋はしません。
だけど、私にとってはずっと尊敬できる先輩ですから・・・」

「改めて、自分がしたことが憎い・・・本当にごめん・・・違った形で再会できればよかった・・・」

「もう遅いです。」


その時、猛烈な痛みが襲う・・・・
どうしよう・・・動けないかも・・・・

私は思わずしゃがみこんだ。



「琴音・・・?大丈夫か?」
私は、朦朧とする意識の中で司先輩は懸命に声をかけてくるのが分かる。
妊娠前から10キロ以上増量した体を持ち上げて車に乗せた。

「総合病院でいいんだよな」
私は、うなづいて車に揺られた。

病院へ着くとさらに痛みが強くなっていく。

司先輩は私の母への連絡を済ますと私の手を強く握った。

「琴音、頑張れよ!!!!」
分娩室を出ようとした司先輩を引き止める助産師や看護師は、完全に司先輩が私の旦那だと思い込んでいた。

(この展開笑えない・・・)

しかし、司先輩と入れ替わるように課長が分娩室に入ってきてくれた。
私の手を握り必死に声をかけてくれる。





「赤ちゃん出ますよ」

その言葉とともに、大きな産声をあげた我が子の姿を見て私は涙が止まらなくなった。

「おめでとうございます。元気な女の子です。」

課長は、私を一番最初に抱きしめた。

「琴音、ありがとう・・・」


すると、助産師が赤ちゃんを連れて病室に来た。

スヤスヤと眠る我が子の初めての抱っこは、父親になった課長に譲った。
ぎこちなさそうだが、課長は目に涙を浮かべていた。

「かわいすぎる・・・うん、鼻は俺だな。耳も俺だな。」

デレデレの姿を見ると、ちょっとかわいそうなことをしたなとは思いながらも、運命がこの子がそう仕向けたのかなと勝手に思い込むことにした。





退院の日に、私がコーチの病室へ寄ると司先輩も来ていた。
コーチは、以前とは違いもう会話ができない状態になっており胸が痛くなった。



「今日退院か。今、旦那いない?・・・えっ抱っこしてもいい?」

司先輩離れた手つきで娘を抱く姿に思わず驚いた。

「慣れてますね。」

「うん。新しくうちのプールでベビースイミング始めたからさ~。資格もとったし」

私は思わず感心する。新しく始めて黒字になったというのはそのことだったのか。
司先輩の表情が、以前会った時よりも明るくなっている気がする。


「ほら親父、俺らの娘だよ」と言いながら司先輩が、コーチの近くに娘を近づける。


「ちょっと嘘いわないで下さい。」と私は否定したが、コーチの目から一筋の涙が流れ頬に伝う。


「ありがとうな・・・琴音・・・・親父の夢を叶えてくれて・・・」

私は、うなづいた。


それから数日後、コーチは静かに息を引き取った。
予定日よりも少し早めに生まれた理由がそこにあったのだろうか。

新しい命の始まりととともに終わりゆく命がある。




私が東京に進学して、あの会社に入らなければ
あの浮気したアイツと出会わなければ・・・課長には出会えなかったかもしれない。
課長を愛さなかったかもしれない。

母が、コーチを愛したまま私を産むことをやめたらそもそも「私」は存在しなかった。

運命が重ならなければ、この子にも出会うことができなかった。
私は、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。












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