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5話 ちょっとしたことが嬉しくて
しおりを挟む「おいルイス、昼飯いこーぜ」
「ああ」
俺はそれまで書類にペンを走らせていた手を止めて、隊長室から退出すると、訓練兵時代からの同期で、寮の部屋も同じという何かと腐れ縁の仲の四番隊隊長のヨハン・ハインネストと共に食堂へ向かった。中は飢えた野獣のような汗臭い男どもで溢れかえっている。俺はパンとスープと蒸したイモを受け取ると、ようやく二人分の席を見つけてヨハンと向かい合わせになるように座った。
チラリと厨房の方に目を向ければ、サトミが忙しなく動き回っているのが見える。そういえば彼女が入隊してから、あいさつ以外のまともな会話をする機会がめっきり減ってしまった。同じ建物に住んでいるとはいえ、女子のフロアは男性がウロウロしているだけで白い目で見られるから用もないのに行くなんてできないし、休憩時間も違うからこれといった接点がないのだ。これならまだサトミが酒場で働いていたときの方が気兼ねなくおしゃべりできてたっていうのに……。
「おい、あんまじろじろ見るなよ」
「え? そうか?」
「お前ほんと気持ち悪いぞ。昨夜だって寝てるときにサトミぃ、サトミぃ、ってもぞもぞしながら変な声出しやがって」
「俺、寝言でそんなこと言ってたか?」
「言ってた。なるほど、以前は毎週のように飲みに行ってたのに最近めっきりそれが減ったのはそういうことか。なんでそこらの一般人を勧誘してきたのか不思議だったが……お前は彼女が好きなんだな」
ヨハンのずけずけとしたもの言いに、口に含んだスープを吹き出しそうになった。まずい、全てバレていたのか……。
「おまっ、ここでそういう話は」
「これだけの人数がいるんだ。聞こえやしねーよ」
「俺はたまたま彼女が働き口を探してるっていうから……」
「どんなやつに惚れようとお前の勝手だけどよ、気をつけろ、女は同情を引く演技がうまい生き物だ」
「……」
ヨハンは俺にそう忠告すると、食器を戻してさっさと食堂から出て行った。俺の皿には、料理がほとんど残ったままだ。
「失礼します」
休憩時間が終わり、俺がふたたび書類にペンを走らせていると、規則正しいノック音が聞こえたあとにお盆の上に複数のマグカップを乗せたサトミが隊長室に入って来た。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
今日のお茶係はサトミだったのか、俺は彼女からそれを受け取って、ゆっくりすする。ふふ、サトミがいれてくれたお茶......。
「あのー、ほかの方の分はどうしましょうか?」
「その辺置いとけ」
空いている八つの席を見て、サトミはキョロキョロしながら戸惑っている。そして、ヨハンが彼女にそう言葉をかけた。
「でもぬるくなっちゃいますし、戻られたらまたお持ちしましょうか?」
「いつ戻るかなんてわかんねーよ。この隊長室にいるのは大抵俺とルイスだけだ」
自由人ばかりだからな、とヨハンは鼻で笑う。
「では、失礼しました」
「待ってくれサトミ、この書類なんだが」
俺はそそくさと出ていこうとするサトミを呼び止めて、騎士団のルールに関するテストの回答用紙と、そのルールについての資料が書かれている紙の束を渡した。
「○か✕で答えて来週までに提出してくれ」
「すみません。私この国の文字わからなくて、読み上げてもらってもいいですか?」
「これはだな......」
俺が資料を声に出して読むと、彼女は必死に違う紙にメモを取っていた。サトミの書く文字は独特で、俺が今までに見たどの国のものとも違う。......いったい、彼女はどこから来たんだろうか。
「ありがとうございました」
「ああ」
今度こそサトミが出ていった。彼女の残り香が消えていく。寂しいけど、少しでもサトミと話せてよかった。
「......キモっ」
サトミのことを思い出してニヤニヤする俺に対し、ヨハンはドン引きでそう言葉を吐き捨てた。
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