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8話 高嶺の花
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騎士団の構成員の割合は九割が男性。もし他国と戦争でも起きてしまえば真っ先に駆り出されるのは彼らだ。そんなとき男と女ではどうしても力の差が出てしまう。戦闘においてどっちが有利か、なんて身体的な面でも精神的な面でも男性に違いない。わずかな例外を除き戦場で女は使いものにならない。差別的な思考はよくないと思うけど、多分それが真実だ。
実をいうといまだに騎士というものがなんなのかわかっていない。なにかを守る人なんだろうなぁ、くらい。こっちでいうところの警察とか自衛隊とか? なんとなく漠然としたイメージを抱いている。
今日のお仕事は同じ班のララちゃんと上半分と下半分、二手に別れて本部のお掃除。濡らしたモップで床全体を拭いたあと、雑巾で乾拭きをする。
「……ん?」
ふわりと漂ってくる甘い香り。後ろを振り返るとマーガレットさんがルイスさんとヨハンさんに挟まれて横並びで廊下を歩いていた。両手に花の逆バージョン? 色気を振りまきイケメン二人を侍らせる彼女はさながら女王蜂のよう。
「おはようございます」
三人の通行の邪魔にならないよう、私は端に寄ってペコリと頭を下げた。
「おはよう」
「うーっす」
「サトミちゃーん!」
「んぐっ」
マーガレットさんが私の背中に腕を回して抱きしめた。突然のことで思わずモップから手を離してしまう。モップが軽い音を立てて床に落ちる。この人私を見かけるたびに抱きついてくるし、私のことを犬や猫なんかと勘違いしてるんじゃないだろうな。
「若い子からパワーをもらえて嬉しいわ」
「マーガレット様も十分お若いですよ。本日もお美しゅうございます」
「まぁ、ありがとう!」
「……化粧で誤魔化してるだけだろ、若作りババア」
ヨハンさんがボソッと呟いた瞬間、マーガレットさんは怖い顔になって、私から腕を離すと拳を握りしめてプロボクサーみたいな華麗な右ストレートをヨハンさんの顔面に決めた。うわー、痛そう。容赦ないな……。
「レディに対しての礼儀がなってないわね」
「いって! なにすんだよ怪力デカ乳女!」
「……あら? 一発じゃ足りなかったかしら」
「まぁまぁ落ち着いて、ヨハンもその口が悪いクセを直せ」
さらにヨハンさんに殴りかかろうとするマーガレットさんをルイスさんがたしなめて、そのまま三人は通り過ぎていった。姿が見えなくなったのを確認して、私は落ちているモップを拾い上げる。なんか嵐が来たみたいだったなぁ……うわっ、香水の匂いが服に移っちゃったよ。
「サトミー、こっちは終わったよ。そっちは?」
「私も終わったとこ」
ララちゃんが向こう側から歩いてきた。あとはゴミ出しだけだ。それぞれの部屋のゴミ箱の中身を回収して、袋を新しいものに取り替えて大きい袋にゴミをまとめて物置まで持っていく。この物置がまた遠いんだよな。
「そういえば朝からアイシャちゃん見かけないけど、どこか行ってるの?」
「アイシャなら有休取ってカトレアの墓参りに出かけてるよ。夕方には帰ってくると思う」
「カトレア……」
「サトミがここに来る前にアイシャと同室だった子だよ」
「それは残念……ご病気かなにかで?」
「殺された。討伐訓練中に森で大型の魔物に襲われてね。あとには骨も残らなかった」
「……ごめん」
余計なことをきいてしまったと後悔した。物置まではまだ距離がある。ララちゃんは私の一歩前を歩き、私と視線を合わせることもなく話し始めた。
「奥様軍団ってのは、心や身体に深い傷を負って戦えなくなった女性隊士に団長がくださった最後の居場所だ。みんなマーガレット様みたいな強さに憧れる。でもダメだった。あの人は特別なんだ。私とアイシャは普通、そして……カトレアも」
ララちゃんの声が震えている。大切な仲間を亡くし、精神を病み、己の非力を呪う日々はどれだけ辛かっただろう。私にはわからない。生まれてから今までぬくぬくと育ってきたから、戦闘に身を置く日々なんて想像したこともなかった。かける言葉が見つからなくて、そのあとは物置き場に着くまで無言だった。
ゴミを捨て終わったあとは自由時間。手を洗って、私は今にも泣き出しそうなララちゃんを談話室に誘った。
「……この世は弱肉強食だ。弱ければ意味もなく死ぬだけ。能無し、役立たず」
ララちゃんは俯いたままぶつぶつと何かを言っている。きっと今彼女は自分を責めている。私にできることはなにか、そう考えたがこれしか思い浮かばなくて、私は彼女の瞳の奥底を見つめてゆっくりと抱きしめた。
「そんなことない。生きていてくれて、ありがとう」
「ううっ……」
その瞬間、ララちゃんは堰を切ったように涙を流し始めた。しばらくそうして抱きしめあっていたあと、彼女は顔を上げて、目から溢れる熱い液体を手の甲で握った。
「ありがとうサトミ、元気出たよ」
「いいんだよ、これくらいならいつだって」
何も解決しないかもしれない。でも、これで彼女の心が楽になるならそれだけでいい。私も同じだから。忘れないで、あなたには仲間がいるから。
実をいうといまだに騎士というものがなんなのかわかっていない。なにかを守る人なんだろうなぁ、くらい。こっちでいうところの警察とか自衛隊とか? なんとなく漠然としたイメージを抱いている。
今日のお仕事は同じ班のララちゃんと上半分と下半分、二手に別れて本部のお掃除。濡らしたモップで床全体を拭いたあと、雑巾で乾拭きをする。
「……ん?」
ふわりと漂ってくる甘い香り。後ろを振り返るとマーガレットさんがルイスさんとヨハンさんに挟まれて横並びで廊下を歩いていた。両手に花の逆バージョン? 色気を振りまきイケメン二人を侍らせる彼女はさながら女王蜂のよう。
「おはようございます」
三人の通行の邪魔にならないよう、私は端に寄ってペコリと頭を下げた。
「おはよう」
「うーっす」
「サトミちゃーん!」
「んぐっ」
マーガレットさんが私の背中に腕を回して抱きしめた。突然のことで思わずモップから手を離してしまう。モップが軽い音を立てて床に落ちる。この人私を見かけるたびに抱きついてくるし、私のことを犬や猫なんかと勘違いしてるんじゃないだろうな。
「若い子からパワーをもらえて嬉しいわ」
「マーガレット様も十分お若いですよ。本日もお美しゅうございます」
「まぁ、ありがとう!」
「……化粧で誤魔化してるだけだろ、若作りババア」
ヨハンさんがボソッと呟いた瞬間、マーガレットさんは怖い顔になって、私から腕を離すと拳を握りしめてプロボクサーみたいな華麗な右ストレートをヨハンさんの顔面に決めた。うわー、痛そう。容赦ないな……。
「レディに対しての礼儀がなってないわね」
「いって! なにすんだよ怪力デカ乳女!」
「……あら? 一発じゃ足りなかったかしら」
「まぁまぁ落ち着いて、ヨハンもその口が悪いクセを直せ」
さらにヨハンさんに殴りかかろうとするマーガレットさんをルイスさんがたしなめて、そのまま三人は通り過ぎていった。姿が見えなくなったのを確認して、私は落ちているモップを拾い上げる。なんか嵐が来たみたいだったなぁ……うわっ、香水の匂いが服に移っちゃったよ。
「サトミー、こっちは終わったよ。そっちは?」
「私も終わったとこ」
ララちゃんが向こう側から歩いてきた。あとはゴミ出しだけだ。それぞれの部屋のゴミ箱の中身を回収して、袋を新しいものに取り替えて大きい袋にゴミをまとめて物置まで持っていく。この物置がまた遠いんだよな。
「そういえば朝からアイシャちゃん見かけないけど、どこか行ってるの?」
「アイシャなら有休取ってカトレアの墓参りに出かけてるよ。夕方には帰ってくると思う」
「カトレア……」
「サトミがここに来る前にアイシャと同室だった子だよ」
「それは残念……ご病気かなにかで?」
「殺された。討伐訓練中に森で大型の魔物に襲われてね。あとには骨も残らなかった」
「……ごめん」
余計なことをきいてしまったと後悔した。物置まではまだ距離がある。ララちゃんは私の一歩前を歩き、私と視線を合わせることもなく話し始めた。
「奥様軍団ってのは、心や身体に深い傷を負って戦えなくなった女性隊士に団長がくださった最後の居場所だ。みんなマーガレット様みたいな強さに憧れる。でもダメだった。あの人は特別なんだ。私とアイシャは普通、そして……カトレアも」
ララちゃんの声が震えている。大切な仲間を亡くし、精神を病み、己の非力を呪う日々はどれだけ辛かっただろう。私にはわからない。生まれてから今までぬくぬくと育ってきたから、戦闘に身を置く日々なんて想像したこともなかった。かける言葉が見つからなくて、そのあとは物置き場に着くまで無言だった。
ゴミを捨て終わったあとは自由時間。手を洗って、私は今にも泣き出しそうなララちゃんを談話室に誘った。
「……この世は弱肉強食だ。弱ければ意味もなく死ぬだけ。能無し、役立たず」
ララちゃんは俯いたままぶつぶつと何かを言っている。きっと今彼女は自分を責めている。私にできることはなにか、そう考えたがこれしか思い浮かばなくて、私は彼女の瞳の奥底を見つめてゆっくりと抱きしめた。
「そんなことない。生きていてくれて、ありがとう」
「ううっ……」
その瞬間、ララちゃんは堰を切ったように涙を流し始めた。しばらくそうして抱きしめあっていたあと、彼女は顔を上げて、目から溢れる熱い液体を手の甲で握った。
「ありがとうサトミ、元気出たよ」
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