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33話 井の中の蛙大海を知らず
しおりを挟むようやく封筒貼りの仕事が終わり、私は談話室に足を運んでいた。ルイスさんとのお勉強のおかげで文字がある程度読めるようになったので、世界地図が記載されている本を棚から一冊抜き取って、机の上に広げる。
今私がいるのはだいたい真ん中らへん。そこからずっと大陸を東へ進み、海を渡ると、ひし形を縦にかなり細長くしたような小さな島国がある。ここがトウワ国......めちゃくちゃ遠いな。ここで働き始めて半年経ったから、十日間の有給休暇をもらったけど、その間に行って帰ってこられるかどうか。飛行機がないから移動手段は徒歩と船になる。酒場で貰った退職金にはまるまる手をつけてないし、貯金も少しならあるから旅費はなんとかなりそうだけど......。
誰にも相談せずに ひとりきりで行くのはかなり無謀な気がする。道も分からないし、迷子になったらそれで終わり。誰かと一緒に......でも、みんな仕事があるだろうし、付いてきてくれる人なんているかな? ルイスさんやヨハンさんに海外旅行に行きたいです、なんて言ったら烈火の如く怒り出しそうだしな。
「おーっす、どうした? 嬢ちゃん」
「サトミちゃん、世界地図なんか広げちゃって、なにかあったの?」
「……えっと、ですね」
偶然通りかかったキールさんとユリウスくんに、トウワ国に行きたいことを話した。が、二人揃ってものすごく渋い顔。あまりよろしくないことは確かなようだ。
「厳しいな。トウワ国に行くには海を渡る前に三つの国を経由する必要がある。ゾナモ、ラキ、コトソ。その中でもコトソは無法地帯で、治安がかなり悪い」
「無法地帯……?」
「警察が機能してねぇってことだ。国を追われたならず者どもや不法滞在者がウヨウヨしてやがる」
キールさんが地図をトントンと指差してそう言った。警察が機能してない? そんな国あるの?
「強盗や殺しは日常茶飯事。奪い合うことが当たり前の世界だ。サトミちゃんみたいな世間知らずな女の子がフラフラしてたら、あっという間に有り金と荷物全部奪われた挙句レイプされてボロ雑巾みたいになってその辺の道端に捨てられるのがオチだよ」
背筋が震える。まるで北○の拳のような世紀末な世界……怖い、怖すぎる。
「おい、言い過ぎだ、ユリウス」
「いいんですよキール先輩。サトミちゃん、君は自分がぬるま湯の中にいるってことを自覚した方がいい」
「世の中善人ばかりじゃねぇってことだな」
ぬるま湯……私の周りはみんな優しくて、いい人ばかり。守られてばかりで気がつかなかった。所詮井の中の蛙は大海を知ることなんてできないのか。
「サトミちゃん。ダークディアメントって知ってる?」
「……いいえ」
「宝石の一種なんだけど、それは金より、プラチナより希少価値が高い。一カラットで国家予算に相当するとまで言われてる代物だ。そして、黒い瞳のことをそう呼ぶこともある。一部のコレクターの間では文字通り目が飛び出るほどの価格で取引されているそうだ。悪人ってのは金のためなら手段は選ばない。……あとはわかるね?」
黒い瞳なんて、日本人なら誰だってそうだ。でも、この世界でその色は貴重で。もし私が法律が機能していない治安の悪い地域に行けば、全てを奪われた挙句殺されるだけ。ユリウスくんの声音は冷たいけど、それは私を心配してくれてのことで。
「悪いことは言わねえ、やめといた方がいいぜ」
「……すみませんでした。諦めて大人しくしておきます」
私はがっくりとうなだれて、二人に頭を下げた。ちょっとした好奇心のつもりだった。異世界に来て、長旅とか、冒険とか、そういうのに憧れていた。でも、現実は漫画や小説のように綺麗に作られてはいないんだ。
「それがいい。それにルイス先輩やヨハン先輩が絶対許してくれないよ。あの二人君のことになると途端に過保護になるから」
鳥籠の中にいれば安全だけど、それは自由とは呼べない。広い世界をこの目で見てみたい。そう願うことは、悪いことなのかな。
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