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第4話「無骨な指先と古い記憶」
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暖炉の火がぱちぱちとはぜる音が、部屋の中に温かなリズムを刻んでいる。
ルシアンは木のテーブルに向かい、乾燥させた薬草をすり鉢で細かくすりつぶしていた。ゴリ、ゴリという鈍い摩擦音が響くたび、独特の苦い香りが空気に溶け込んでいく。
ガルドは椅子に深く腰掛け、その作業をただ黙って眺めていた。
傷の痛みはだいぶ引いたようで、彼の呼吸は以前よりもずっと穏やかになっている。だが、その金色の瞳の奥には、時折どうしようもない暗い色が浮かび上がることがあった。
ルシアンは手元に視線を落としたまま、静かに口を開いた。
「退屈ですか」
「いや。……ただ、あんたの手際がいいから、見ていて飽きないだけだ」
ガルドの素っ気ない返事に、ルシアンは小さく唇をゆるめた。
「薬師ですから。これくらいできなければ、この厳しい冬を越せません」
すりこぎを動かすルシアンの手元を、ガルドの視線がじっと追いかけている。
その眼差しには嫌な熱も、オメガを値踏みするような下品な響きも含まれていない。ただ純粋に、静かな時間そのものを味わっているかのようだった。
「あんたの手は、本当に傷一つないな」
唐突にこぼれ落ちた言葉に、ルシアンの動きがピタリと止まった。
自分の手を見下ろす。白い肌に、細い指。土仕事をしているわりには荒れていないのは、特製の薬用油を毎日塗り込んでいるからだ。
かつて教会にいたころ、この手は人々に祝福を与えるための神聖なものとして扱われていた。汚れを知らない、美しい手だと。
過去の記憶が不意に蘇り、ルシアンは胸の奥が冷たくなるのを感じた。
『もう、あの頃の私ではないのに』
ルシアンはすりこぎを置き、両手を膝の上で固く握りしめた。
「薬を扱う者は、常に手を清潔に保たなければならないだけです」
少しだけ声が硬くなってしまったことに気づき、ルシアンは奥歯を噛んだ。
ガルドはルシアンの変化に敏感に反応し、自分の大きな両手をテーブルの上で組んだ。
「気を悪くしたなら謝る。俺の手があまりにも汚いから、つい比べてしまっただけだ」
そう言って自嘲気味に笑うガルドの手の甲には、深い剣だこと火傷の痕が無数に刻まれている。
ルシアンはその無骨な手を見つめた。
「……汚いとは思いません。それは、あなたが生き抜いてきた証です」
気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
ガルドは目を丸くし、組んでいた手をゆっくりと解いた。
「生き抜いてきた証、か。……そう言ってもらえると、少しは救われる」
ガルドの声が、ふっと低くかすれた。
「俺は、この手で多くのものを奪い取ってきた。そして、本当に守りたかったものは、何もつかめなかった」
言葉の端々に滲む深い後悔の色。ガルドの金色の瞳が、暖炉の炎を反射して揺れている。
その瞬間に放たれた土の匂いは、雨に濡れたように重く、悲しい色を帯びていた。
ルシアンは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
ガルドにも、癒えない傷がある。刃物でつけられた外側の傷ではなく、心の一番深い場所をえぐり取られたような、冷たい傷跡だ。
ルシアンは立ち上がり、すりつぶした薬草を小さな紙に包み始めた。
「……過去のことは、誰にも変えられません」
ルシアンの声は、自分自身に言い聞かせるように静かだった。
「でも、あなたのその手が、今ここで私の薬草をこぼさずに受け取ることはできます」
ルシアンが薬包を差し出すと、ガルドは少しだけためらった後、そっとそれを受け取った。
二人の指先が、ほんのわずかに触れ合う。
ガルドの指はひどく硬く、ざらついていたが、驚くほど温かかった。
ルシアンはその温もりに火傷しそうなほどの熱を感じ、慌てて手を引っ込めた。
ガルドは薬包を握りしめ、目を伏せた。
「……ありがとう」
その短い言葉の中にどれだけの感情が込められていたのか、ルシアンにはわからなかった。ただ、部屋の中に満ちていた重い空気が、ほんの少しだけ柔らかくほどけていくのを感じていた。
ルシアンは木のテーブルに向かい、乾燥させた薬草をすり鉢で細かくすりつぶしていた。ゴリ、ゴリという鈍い摩擦音が響くたび、独特の苦い香りが空気に溶け込んでいく。
ガルドは椅子に深く腰掛け、その作業をただ黙って眺めていた。
傷の痛みはだいぶ引いたようで、彼の呼吸は以前よりもずっと穏やかになっている。だが、その金色の瞳の奥には、時折どうしようもない暗い色が浮かび上がることがあった。
ルシアンは手元に視線を落としたまま、静かに口を開いた。
「退屈ですか」
「いや。……ただ、あんたの手際がいいから、見ていて飽きないだけだ」
ガルドの素っ気ない返事に、ルシアンは小さく唇をゆるめた。
「薬師ですから。これくらいできなければ、この厳しい冬を越せません」
すりこぎを動かすルシアンの手元を、ガルドの視線がじっと追いかけている。
その眼差しには嫌な熱も、オメガを値踏みするような下品な響きも含まれていない。ただ純粋に、静かな時間そのものを味わっているかのようだった。
「あんたの手は、本当に傷一つないな」
唐突にこぼれ落ちた言葉に、ルシアンの動きがピタリと止まった。
自分の手を見下ろす。白い肌に、細い指。土仕事をしているわりには荒れていないのは、特製の薬用油を毎日塗り込んでいるからだ。
かつて教会にいたころ、この手は人々に祝福を与えるための神聖なものとして扱われていた。汚れを知らない、美しい手だと。
過去の記憶が不意に蘇り、ルシアンは胸の奥が冷たくなるのを感じた。
『もう、あの頃の私ではないのに』
ルシアンはすりこぎを置き、両手を膝の上で固く握りしめた。
「薬を扱う者は、常に手を清潔に保たなければならないだけです」
少しだけ声が硬くなってしまったことに気づき、ルシアンは奥歯を噛んだ。
ガルドはルシアンの変化に敏感に反応し、自分の大きな両手をテーブルの上で組んだ。
「気を悪くしたなら謝る。俺の手があまりにも汚いから、つい比べてしまっただけだ」
そう言って自嘲気味に笑うガルドの手の甲には、深い剣だこと火傷の痕が無数に刻まれている。
ルシアンはその無骨な手を見つめた。
「……汚いとは思いません。それは、あなたが生き抜いてきた証です」
気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
ガルドは目を丸くし、組んでいた手をゆっくりと解いた。
「生き抜いてきた証、か。……そう言ってもらえると、少しは救われる」
ガルドの声が、ふっと低くかすれた。
「俺は、この手で多くのものを奪い取ってきた。そして、本当に守りたかったものは、何もつかめなかった」
言葉の端々に滲む深い後悔の色。ガルドの金色の瞳が、暖炉の炎を反射して揺れている。
その瞬間に放たれた土の匂いは、雨に濡れたように重く、悲しい色を帯びていた。
ルシアンは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
ガルドにも、癒えない傷がある。刃物でつけられた外側の傷ではなく、心の一番深い場所をえぐり取られたような、冷たい傷跡だ。
ルシアンは立ち上がり、すりつぶした薬草を小さな紙に包み始めた。
「……過去のことは、誰にも変えられません」
ルシアンの声は、自分自身に言い聞かせるように静かだった。
「でも、あなたのその手が、今ここで私の薬草をこぼさずに受け取ることはできます」
ルシアンが薬包を差し出すと、ガルドは少しだけためらった後、そっとそれを受け取った。
二人の指先が、ほんのわずかに触れ合う。
ガルドの指はひどく硬く、ざらついていたが、驚くほど温かかった。
ルシアンはその温もりに火傷しそうなほどの熱を感じ、慌てて手を引っ込めた。
ガルドは薬包を握りしめ、目を伏せた。
「……ありがとう」
その短い言葉の中にどれだけの感情が込められていたのか、ルシアンにはわからなかった。ただ、部屋の中に満ちていた重い空気が、ほんの少しだけ柔らかくほどけていくのを感じていた。
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