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第6話「静寂の中の熱」
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細い手首を包み込むガルドの手は、ルシアンの肌を焼くほどに熱かった。
暖炉の火が赤く明滅し、壁に落ちた二人の影を不規則に揺らしている。外では再び風が強まり、古い窓枠をガタガタと鳴らしたが、部屋の中にはひどく濃密な静寂が横たわっていた。
「……逃げているのは、お互い様でしょう」
ルシアンの口からこぼれ落ちたその言葉は、自分でも驚くほど静かで、けれど確かな棘を含んでいた。
ガルドの金色の瞳が、驚きにわずかに見開かれる。彼は手首を握ったまま、何も言わずにルシアンを真っすぐに見つめ返した。
その視線には、かつてルシアンを値踏みした教会の者たちのような暴力的な欲望はない。ただ、どうしようもなく惹きつけられる本能と、それに抗おうとする理性の激しいせめぎ合いが、痛々しいほどに露呈していた。
「……ああ、そうだな。俺も逃げている。あんたの言う通りだ」
ガルドは低くかすれた声でつぶやき、自嘲するように短く笑った。
彼の大きな手が、ルシアンの手首からゆっくりと離れていく。その温もりが失われる瞬間、ルシアンの胸の奥で、ひやりとした喪失感が広がった。
『ほっとしているはずなのに。これでいいはずなのに』
ルシアンは自由になった手を胸元で握りしめ、視線を足元に落とした。床の木目は古く擦り切れており、どこか自分自身の心を映しているかのようだった。
「俺は、戦場で相棒を死なせた」
唐突に切り出されたガルドの言葉に、ルシアンは息を呑んで顔を上げた。
ガルドは暖炉の火を見つめたまま、膝の上で両手を固く組んでいた。その太い指の関節が、白く変色するほど力が入っている。
「俺がアルファとしての力を過信し、無茶な突撃をしたせいだ。あいつは俺をかばって、背中から槍を……。それ以来、俺は誰とも深く関わらないと決めた。番なんて作れば、また大事なものを失う恐怖に怯えなきゃならない」
淡々と語られる過去の重さに、ルシアンは言葉を失った。
ガルドから漂う雨上がりの森の土の匂いが、今はひどく湿り気を帯び、悲鳴のように空気を震わせている。
「だから、あんたに惹かれる自分を抑え込もうとしていた。……あんたの匂いを嗅ぐたびに、どうしようもなく触れたくなる自分を、必死で押さえつけていたんだ」
ガルドはゆっくりと顔を向け、ルシアンを見据えた。
その瞳の奥にある痛切な熱が、ルシアンの心を真っ向から射抜く。
ルシアンの体から、無意識のうちに冬の夜の澄んだ空気の匂いが強くあふれ出した。オメガとしての本能が、目の前で傷ついているアルファを慰めたい、包み込みたいと激しく求めているのだ。
「私だって……同じです」
ルシアンは震える声で紡いだ。
「私は、オメガであることを隠して教会で生きてきました。立派な聖職者として振る舞いながら、本当の自分を偽っていた。そして、発情期で本性がばれたとき、彼らは私を汚らわしい獣だと罵り、すべてを奪いました」
過去の記憶が蘇り、ルシアンの指先がかすかに震える。
「だから、アルファが怖い。本能のままに私を支配しようとする視線が、たまらなく恐ろしいんです。誰かに心を許せば、また裏切られ、捨てられる。……そう思って、ここで一人で生きていくと決めたのに」
ルシアンは言葉を切り、ガルドの大きな手を見つめた。
「あなたの手は、私を傷つけようとしない。あなたの匂いは、私を安心させる。……それが、とても怖いんです」
痛みを分け合うような告白に、部屋の空気はさらに甘く、重く沈んでいった。
二つのフェロモンが互いに絡み合い、もはやどちらの匂いかもわからないほどに溶け合っている。
ガルドがゆっくりと立ち上がり、ルシアンの目の前まで歩み寄った。
長身の影がルシアンを覆い隠す。見上げると、ガルドの顔はすぐそこにあった。
「……番にはならない」
ガルドの低い声が、ルシアンの耳を震わせた。
「運命なんて信じない。永遠の約束もしない。ただ……今夜だけ、あんたに触れていいか」
それは、どうしようもなく臆病な大人同士の、悲しい妥協だった。
互いの傷を舐め合い、一時の慰めを得るためだけの刹那的な関係。後腐れのない、ただの体の交わり。
ルシアンの胸の奥で、微かな痛みが走った。けれど、同時に安堵もした。永遠を約束しなければ、失う恐怖に怯えることもないからだ。
ルシアンは静かに目を閉じ、小さく頷いた。
次の瞬間、ガルドの硬く温かい指先が、ルシアンの頬をそっと包み込んだ。
暖炉の火が赤く明滅し、壁に落ちた二人の影を不規則に揺らしている。外では再び風が強まり、古い窓枠をガタガタと鳴らしたが、部屋の中にはひどく濃密な静寂が横たわっていた。
「……逃げているのは、お互い様でしょう」
ルシアンの口からこぼれ落ちたその言葉は、自分でも驚くほど静かで、けれど確かな棘を含んでいた。
ガルドの金色の瞳が、驚きにわずかに見開かれる。彼は手首を握ったまま、何も言わずにルシアンを真っすぐに見つめ返した。
その視線には、かつてルシアンを値踏みした教会の者たちのような暴力的な欲望はない。ただ、どうしようもなく惹きつけられる本能と、それに抗おうとする理性の激しいせめぎ合いが、痛々しいほどに露呈していた。
「……ああ、そうだな。俺も逃げている。あんたの言う通りだ」
ガルドは低くかすれた声でつぶやき、自嘲するように短く笑った。
彼の大きな手が、ルシアンの手首からゆっくりと離れていく。その温もりが失われる瞬間、ルシアンの胸の奥で、ひやりとした喪失感が広がった。
『ほっとしているはずなのに。これでいいはずなのに』
ルシアンは自由になった手を胸元で握りしめ、視線を足元に落とした。床の木目は古く擦り切れており、どこか自分自身の心を映しているかのようだった。
「俺は、戦場で相棒を死なせた」
唐突に切り出されたガルドの言葉に、ルシアンは息を呑んで顔を上げた。
ガルドは暖炉の火を見つめたまま、膝の上で両手を固く組んでいた。その太い指の関節が、白く変色するほど力が入っている。
「俺がアルファとしての力を過信し、無茶な突撃をしたせいだ。あいつは俺をかばって、背中から槍を……。それ以来、俺は誰とも深く関わらないと決めた。番なんて作れば、また大事なものを失う恐怖に怯えなきゃならない」
淡々と語られる過去の重さに、ルシアンは言葉を失った。
ガルドから漂う雨上がりの森の土の匂いが、今はひどく湿り気を帯び、悲鳴のように空気を震わせている。
「だから、あんたに惹かれる自分を抑え込もうとしていた。……あんたの匂いを嗅ぐたびに、どうしようもなく触れたくなる自分を、必死で押さえつけていたんだ」
ガルドはゆっくりと顔を向け、ルシアンを見据えた。
その瞳の奥にある痛切な熱が、ルシアンの心を真っ向から射抜く。
ルシアンの体から、無意識のうちに冬の夜の澄んだ空気の匂いが強くあふれ出した。オメガとしての本能が、目の前で傷ついているアルファを慰めたい、包み込みたいと激しく求めているのだ。
「私だって……同じです」
ルシアンは震える声で紡いだ。
「私は、オメガであることを隠して教会で生きてきました。立派な聖職者として振る舞いながら、本当の自分を偽っていた。そして、発情期で本性がばれたとき、彼らは私を汚らわしい獣だと罵り、すべてを奪いました」
過去の記憶が蘇り、ルシアンの指先がかすかに震える。
「だから、アルファが怖い。本能のままに私を支配しようとする視線が、たまらなく恐ろしいんです。誰かに心を許せば、また裏切られ、捨てられる。……そう思って、ここで一人で生きていくと決めたのに」
ルシアンは言葉を切り、ガルドの大きな手を見つめた。
「あなたの手は、私を傷つけようとしない。あなたの匂いは、私を安心させる。……それが、とても怖いんです」
痛みを分け合うような告白に、部屋の空気はさらに甘く、重く沈んでいった。
二つのフェロモンが互いに絡み合い、もはやどちらの匂いかもわからないほどに溶け合っている。
ガルドがゆっくりと立ち上がり、ルシアンの目の前まで歩み寄った。
長身の影がルシアンを覆い隠す。見上げると、ガルドの顔はすぐそこにあった。
「……番にはならない」
ガルドの低い声が、ルシアンの耳を震わせた。
「運命なんて信じない。永遠の約束もしない。ただ……今夜だけ、あんたに触れていいか」
それは、どうしようもなく臆病な大人同士の、悲しい妥協だった。
互いの傷を舐め合い、一時の慰めを得るためだけの刹那的な関係。後腐れのない、ただの体の交わり。
ルシアンの胸の奥で、微かな痛みが走った。けれど、同時に安堵もした。永遠を約束しなければ、失う恐怖に怯えることもないからだ。
ルシアンは静かに目を閉じ、小さく頷いた。
次の瞬間、ガルドの硬く温かい指先が、ルシアンの頬をそっと包み込んだ。
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