辺境の薬師は追放されたオメガの元聖職者~孤独な最強アルファ傭兵を拾ったら、激重な執着で運命の番にされました~

水凪しおん

文字の大きさ
8 / 15

第7話「刹那の慰め」

しおりを挟む
 ガルドの手のひらは、剣だこでざらついていた。

 その無骨な感触がルシアンの冷たい頬に触れると、信じられないほどの熱が肌を伝って流れ込んでくる。

 ルシアンは微かに息を吸い込み、閉じていた目をゆっくりと開けた。

 至近距離にあるガルドの金色の瞳は、獲物を狙う獣のような鋭さを持ちながらも、どこか壊れ物を扱うような慎重さに満ちていた。

「嫌なら、突き飛ばしてくれ」

 かすれた声でそう告げると、ガルドはゆっくりと顔を近づけてきた。

 雨上がりの深い森の土の匂いが、ルシアンの肺の奥深くまで侵入してくる。それに呼応するように、ルシアンの体からも冬の夜の冷たい空気の匂いが甘く立ち上り、二人の間にあるわずかな隙間を埋め尽くした。

 ルシアンは突き飛ばすどころか、無意識のうちにガルドの厚い胸板にそっと手を添えていた。

 革の服越しに伝わる、力強い心臓の鼓動。それが、ルシアン自身の鼓動と不規則に重なり合う。

 ガルドの唇が、ルシアンの唇に触れた。

 最初は、羽が触れるようなわずかな接触だった。互いの温度を確かめるように、ただ軽く触れ合うだけ。

 しかし、その一度の接触が、張り詰めていた理性の糸をあっけなく切断した。

「……っ」

 ルシアンの口から小さな吐息が漏れた瞬間、ガルドの腕がルシアンの背中に回り、強い力でその細い体を引き寄せた。

 深く、貪るような口づけ。

 ガルドの荒々しい息遣いがルシアンの唇をこじ開け、舌が絡みつく。アルファ特有の圧倒的な熱量と支配欲が、微かな遠慮をかなぐり捨てて押し寄せてきた。

 ルシアンの頭の中が真っ白になる。

 今まで恐怖の対象でしかなかったアルファの力が、今はただ、どうしようもなく心地よかった。ガルドの大きな手に抱きすくめられ、彼の匂いに完全に包み込まれることで、長年抱えていた孤独の氷が内側から急速に溶け出していくのを感じる。

「ルシアン……」

 唇を離し、ガルドが熱を帯びた声で名前を呼ぶ。その呼気に混じる土の匂いが、ルシアンの首筋を甘く撫でた。

「ガルド……」

 ルシアンの声もまた、自分でも聞いたことのないような甘い響きを帯びていた。

 ガルドはルシアンの体を軽々と抱き上げ、部屋の隅にある寝台へと向かった。

 古い木製のベッドがきしみ、ルシアンの背中が柔らかい毛布に沈み込む。その上に、ガルドのがっしりとした体が覆いかぶさってきた。

 部屋を照らすのは、暖炉の赤黒い残り火だけ。

 薄暗い空間の中で、衣服の擦れる音と、荒くなった呼吸の音だけが不規則に響く。

 ガルドの手がルシアンの修道服のボタンを一つずつ外し、白い肌を外気に晒していく。冷たい空気が肌に触れて粟立つが、すぐにガルドの熱い唇がその上をなぞり、焼けつくような熱を落としていく。

 鎖骨から胸元、そして腹部へと、ガルドの唇が移動するたびに、ルシアンの体は微かに震え、甘い声を漏らした。

 オメガの本能が、アルファに完全に支配されることを歓喜とともに受け入れている。

『これは、ただの慰めだ。明日には消えてしまう、かりそめの熱だ』

 ルシアンは頭の片隅で必死にそう言い聞かせていた。

 永遠を求めれば、必ず傷つく。だから、今この瞬間だけ、過去の痛みも未来の不安も忘れて、ただこの熱に身を委ねよう。

 ガルドも同じ思いなのだろう。彼の触れ方は、激しく燃え上がる欲望の中にも、どこか切羽詰まったような悲壮感を漂わせていた。

 失うことを恐れるからこそ、今手の中にあるものを強く、強く握りしめようとする不器用な手つき。

 ルシアンは両腕をガルドの広い背中に回し、その筋肉の隆起を指先でなぞった。彼の背中にある古い傷跡に触れると、ガルドの体がびくっと跳ねる。

「……痛いですか」

 ルシアンがかすれた声で問うと、ガルドは首を横に振った。

「いや。……あんたの手は、熱すぎるくらいだ」

 ガルドの顔が近づき、再び深く唇を重ねる。

 言葉の代わりに、互いの体をひたすらに求め合う。

 外の吹雪の音は、もはや二人の耳には届いていなかった。暖炉の火が完全に消え、部屋が暗闇に包まれるまで、肌を重ねる微かな水音と、互いの名前を呼ぶ切実な声だけが、夜の静寂を満たしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん
BL
貧しい村で育った隠れオメガのリアム。彼の運命は、冷酷無比と噂される『銀薔薇の公爵』アシュレイと出会ったことで、激しく動き出す。 強大な魔力の呪いに苦しむ公爵にとって、リアムの持つ不思議な『浄化』の力は唯一の希望だった。道具として屋敷に囚われたリアムだったが、氷の仮面に隠された公爵の孤独と優しさに触れるうち、抗いがたい絆が芽生え始める。 「お前は、俺だけのものだ」 これは、身分も性も、運命さえも乗り越えていく、不器用で一途な二人の成り上がりロマンス。惹かれ合う魂が、やがて世界の理をも変える奇跡を紡ぎ出す――。

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

「毒が効かない体になるまで毒を盛られた令嬢は、復讐なんて望まない——ただ、助けもしないだけ」

歩人
ファンタジー
侯爵令嬢エレーナは、義母と義妹に3年間毒を盛られ続けた。「病弱な姉」として 社交界から消し、財産と婚約者を奪う計画——しかしエレーナには、前世の記憶から 来る毒物の知識があった。毒の種類を特定し、密かに解毒しながら「弱った姉」を 演じ続け、証拠が積み上がるのを待つ。卒業の夜会で義妹が勝ち誇るその場で、 エレーナは3年分の診断書を差し出す。「復讐? いいえ。ただ、もう助けないだけ」

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...