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第8話「朝の光と見えない糸」
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翌朝、ルシアンが目を覚ましたとき、隣には誰もいなかった。
冷たくなった毛布の感触に、ルシアンの心臓がどきりと跳ねる。
慌てて上半身を起こすと、腰の奥に重い鈍痛が走った。昨夜の激しい交わりの記憶が鮮明に蘇り、ルシアンの顔に熱が集まる。
部屋を見渡すと、ガルドは窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。
すでに服を着込み、剣の手入れを終えたのか、足元には布で包まれた武器が置かれている。
外の雪は完全に止み、雲の切れ間から眩しい朝の光が差し込んでいた。その光が、ガルドの背中を白く縁取っている。
「……おはようございます」
ルシアンが声をかけると、ガルドはゆっくりと振り返った。
その顔には、昨夜の情熱や切実さは少しも残っていなかった。いつもの、感情の読めない静かな傭兵の顔に戻っている。
「起きたか。……体の具合はどうだ」
ガルドの低い声には、ほんのわずかな気まずさが混じっていた。
「大丈夫です。少し、痛みますが」
ルシアンは毛布を胸元まで引き上げ、視線をそらした。
昨夜、あんなにも深く求め合い、互いの体温を分け合ったというのに、朝の光の中ではどうしてこんなにも距離を感じてしまうのだろう。
雨上がりの深い森の土の匂いも、今はひどく薄く、きれいに押さえ込まれている。
「……傷は、もうすっかり塞がったみたいだな」
ガルドは自分の脇腹を軽く叩きながら言った。
「あんたの薬はよく効く。これなら、今日にでも村を出られそうだ」
その言葉に、ルシアンの呼吸がぴたりと止まった。
今日、出ていく。
それは、最初から決まっていたことだ。傷が治れば出ていく。お互いに深く関わらない。昨夜のことは、ただの刹那的な慰め合いに過ぎない。
頭では理解しているのに、胸の奥が冷たい手でぎゅっと握りつぶされたように痛んだ。
「……そうですか。雪も止みましたし、旅立つには良い日かもしれませんね」
ルシアンの声は、ひどく平板だった。感情を押し殺し、あくまでも冷静な薬師として振る舞おうとする。
ガルドは小さく頷き、窓から離れてテーブルのほうへ歩み寄った。
「短い間だったが、世話になった。あんたには恩がある」
ガルドは懐から小さな革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。かすかに硬貨のぶつかる音がする。
「治療費と、宿代だ。少ないかもしれないが、受け取ってくれ」
その事務的なやり取りが、二人の間に明確な線を引いた。
ルシアンは毛布を握りしめたまま、テーブルの上の革袋をじっと見つめた。
『これでいい。これが、私たちの選んだ道だ』
ルシアンは自分に言い聞かせ、無理に作った冷たい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。……旅の無事を、お祈りしています」
ガルドはルシアンのその表情を見て、一瞬だけ痛そうに眉をひそめた。
何かを言いかけたように唇を開いたが、結局言葉を飲み込み、深く息を吐いた。
「ああ。……達者でな」
ガルドは足元にある剣を拾い上げ、背中に背負った。そして、一度も振り返ることなく、重い木の扉を開けて外へと出て行った。
扉が閉まり、冷たい風が部屋の中を通り抜ける。
ルシアンは寝台の上に一人取り残された。
部屋の中には、まだガルドの土の匂いがかすかに残っている。それが完全に消えてしまうまで、あとどれくらいかかるのだろうか。
ルシアンはゆっくりと毛布を引き寄せ、顔を埋めた。
永遠の約束などしなかった。番の印も刻んでいない。
それなのに、なぜこんなにも胸が痛いのか。どうして、自分の一部をもぎ取られたような喪失感に襲われているのか。
ルシアンは、ただの刹那的な関係だと思い込もうとしていた。
だが、オメガとアルファとして肌を重ねたことで、二人の間には目に見えない、だが決して切ることのできない運命の糸が確かに結ばれてしまっていたのだ。
ルシアンは声を殺し、肩を震わせて泣いた。
外の雪景色のように、彼の心は再び冷たく閉ざされようとしていた。
冷たくなった毛布の感触に、ルシアンの心臓がどきりと跳ねる。
慌てて上半身を起こすと、腰の奥に重い鈍痛が走った。昨夜の激しい交わりの記憶が鮮明に蘇り、ルシアンの顔に熱が集まる。
部屋を見渡すと、ガルドは窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。
すでに服を着込み、剣の手入れを終えたのか、足元には布で包まれた武器が置かれている。
外の雪は完全に止み、雲の切れ間から眩しい朝の光が差し込んでいた。その光が、ガルドの背中を白く縁取っている。
「……おはようございます」
ルシアンが声をかけると、ガルドはゆっくりと振り返った。
その顔には、昨夜の情熱や切実さは少しも残っていなかった。いつもの、感情の読めない静かな傭兵の顔に戻っている。
「起きたか。……体の具合はどうだ」
ガルドの低い声には、ほんのわずかな気まずさが混じっていた。
「大丈夫です。少し、痛みますが」
ルシアンは毛布を胸元まで引き上げ、視線をそらした。
昨夜、あんなにも深く求め合い、互いの体温を分け合ったというのに、朝の光の中ではどうしてこんなにも距離を感じてしまうのだろう。
雨上がりの深い森の土の匂いも、今はひどく薄く、きれいに押さえ込まれている。
「……傷は、もうすっかり塞がったみたいだな」
ガルドは自分の脇腹を軽く叩きながら言った。
「あんたの薬はよく効く。これなら、今日にでも村を出られそうだ」
その言葉に、ルシアンの呼吸がぴたりと止まった。
今日、出ていく。
それは、最初から決まっていたことだ。傷が治れば出ていく。お互いに深く関わらない。昨夜のことは、ただの刹那的な慰め合いに過ぎない。
頭では理解しているのに、胸の奥が冷たい手でぎゅっと握りつぶされたように痛んだ。
「……そうですか。雪も止みましたし、旅立つには良い日かもしれませんね」
ルシアンの声は、ひどく平板だった。感情を押し殺し、あくまでも冷静な薬師として振る舞おうとする。
ガルドは小さく頷き、窓から離れてテーブルのほうへ歩み寄った。
「短い間だったが、世話になった。あんたには恩がある」
ガルドは懐から小さな革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。かすかに硬貨のぶつかる音がする。
「治療費と、宿代だ。少ないかもしれないが、受け取ってくれ」
その事務的なやり取りが、二人の間に明確な線を引いた。
ルシアンは毛布を握りしめたまま、テーブルの上の革袋をじっと見つめた。
『これでいい。これが、私たちの選んだ道だ』
ルシアンは自分に言い聞かせ、無理に作った冷たい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。遠慮なくいただきます。……旅の無事を、お祈りしています」
ガルドはルシアンのその表情を見て、一瞬だけ痛そうに眉をひそめた。
何かを言いかけたように唇を開いたが、結局言葉を飲み込み、深く息を吐いた。
「ああ。……達者でな」
ガルドは足元にある剣を拾い上げ、背中に背負った。そして、一度も振り返ることなく、重い木の扉を開けて外へと出て行った。
扉が閉まり、冷たい風が部屋の中を通り抜ける。
ルシアンは寝台の上に一人取り残された。
部屋の中には、まだガルドの土の匂いがかすかに残っている。それが完全に消えてしまうまで、あとどれくらいかかるのだろうか。
ルシアンはゆっくりと毛布を引き寄せ、顔を埋めた。
永遠の約束などしなかった。番の印も刻んでいない。
それなのに、なぜこんなにも胸が痛いのか。どうして、自分の一部をもぎ取られたような喪失感に襲われているのか。
ルシアンは、ただの刹那的な関係だと思い込もうとしていた。
だが、オメガとアルファとして肌を重ねたことで、二人の間には目に見えない、だが決して切ることのできない運命の糸が確かに結ばれてしまっていたのだ。
ルシアンは声を殺し、肩を震わせて泣いた。
外の雪景色のように、彼の心は再び冷たく閉ざされようとしていた。
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