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第8話「明かされた過去と運命の番」
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柔らかいベッドの感触と、シーツから香る微かな冬の薔薇の匂い。
ゆっくりと瞼を開くと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、豪華な天蓋が見えるアシュレイ公爵の寝室だった。
『あれ……僕、どうしてここに……』
昨夜の記憶をたどる。そうだ、薬を盛られた公爵様を助けて、それで僕も意識を失って……。
はっとして隣を見ると、アシュレイ公爵が椅子に座って静かに僕のことを見つめていた。
その紫水晶の瞳はいつになく穏やかで、優しい光を湛えている。
「……目が覚めたか」
「こ、公爵様! お体はもう……!?」
「ああ、お前のおかげですっかり元に戻った。……礼を言う、リアム。またお前に救われたな」
彼は初めて僕に対してはっきりと感謝の言葉を口にした。
それだけで僕の心はぽかぽかと温かくなる。
「いえ、そんな……僕がしたくてしたことですから」
「……昨夜のこと、覚えているか」
彼にそう聞かれて僕は昨夜の自分の大胆な行動を思い出し、顔に一気に熱が集まった。彼の上にまたがって必死で浄化して……。
「は、はい……あの、その、無礼なことをして申し訳ありませんでした!」
「謝るな。俺が聞きたいのはそこではない」
アシュレイ公爵は僕の寝ているベッドのそばにひざまずくと、僕の手をそっと握った。彼の大きな手がひどく熱く感じる。
「リアム。昨夜お前は俺のフェロモンに当てられて、発情期(ヒート)が誘発されかかっていた。違うか?」
「……はい」
僕はこくりとうなずくことしかできない。
「だがお前は理性を失わなかった。それどころか俺を助けるために己の危険も顧みず、その力を行使した。……なぜだ?」
なぜ、と聞かれても僕にはうまく答えられなかった。
ただ必死だった。この人を失いたくない、その一心だった。
「それは……あなたが、大切だからです」
絞り出した僕の答えに、アシュレイ公爵は息を呑んだ。
彼の握る手にきゅっと力がこもる。
「……俺もだ」
ぽつりと彼が呟いた。
「俺もお前が大切だ。リアム。初めて会った時から、ずっとお前に惹かれていた」
「え……?」
「最初は、お前の持つ浄化の力に興味を持っただけだと思っていた。だが違った。お前の健気さに、優しさに、そして芯の強さに……俺は知らず知らずのうちに救われていたんだ」
信じられないような告白に、僕の頭は真っ白になった。
あの氷の公爵様が、僕のことを?
「だが俺はヴァインベルク公爵家の当主。そして呪われた血を持つアルファだ。平民でオメガであるお前を俺の隣に置くことなど許されない。お前を不幸にするだけだ。だからずっとこの気持ちに蓋をしてきた」
彼の瞳が哀しげに揺れる。
街で僕を突き放したのも、屋敷で僕を避けたのも、全ては僕を思ってのことだったのだ。
「でももう限界だ。昨夜お前を失うかもしれないと思った時、俺は自分の気持ちからもう逃げられないと悟った」
アシュレイ公爵は僕の手を自分の胸へと導いた。とくん、とくん、と彼の力強い鼓動が伝わってくる。
「リアム。俺は、お前を愛している」
はっきりと告げられた言葉に、僕の目から涙が溢れ出した。
嬉しい。こんなに嬉しいのに涙が止まらない。
「俺は……お前と『運命の番』になりたいと願っている」
運命の番。
それはアルファとオメガの間にごく稀に起こる奇跡。魂レベルで結びついた、唯一無二のパートナー。
僕と、この人が?
「俺は、お前と初めて会った時からお前のフェロモンに特別な何かを感じていた。それはただのオメガの香りではなかった。懐かしく心を安らがせる、唯一無二の香りだ」
「僕も……です。あなたの香りを嗅ぐと、なぜか心が落ち着くんです」
それは紛れもなく二人が運命の番である証だった。
僕たちは出会うべくして出会ったんだ。
「でも……僕は平民のオメガです。公爵様にはふさわしくありません」
「身分など関係ない。俺が望むのはお前だけだ」
彼はそう言うと僕の涙を指で優しく拭った。
その時、不意に書斎の扉が激しくノックされた。
「アシュレイ様! 大変です!」
ギルバートさんの切羽詰まった声だった。
アシュレイ公爵は舌打ちを一つすると、僕に「ここで待っていろ」と言い残し扉を開けた。
扉の向こうでギルバートさんが息を切らしながら報告しているのが聞こえる。
「リアム様のご出身の村が……何者かに襲撃されたとの情報が!」
「何!?」
アシュレイ公爵の鋭い声が響く。
僕の村が? どうして?
「おそらくクロヴィス王子の手の者かと。リアム様の出自を調べているようです」
その言葉に僕の血の気が引いた。僕のせいで村のみんなが危険な目に?
「すぐに村へ向かう! 準備をしろ!」
アシュレイ公爵が叫んだ時、僕はベッドから飛び起きていた。
「僕も行きます!」
「駄目だ! お前が行くのは危険すぎる!」
「でも僕の故郷なんです! 僕のせいでみんなが危険に晒されているのに、ここにじっとしているなんてできません!」
僕の必死の訴えにアシュレイ公爵は一瞬ためらったが、やがて覚悟を決めたようにうなずいた。
「……分かった。だが決して俺のそばを離れるな」
「はい!」
僕たちは急いで旅の準備を整え、夜明け前の薄闇の中、馬を駆って屋敷を飛び出した。
クロヴィス王子は僕の何を知ろうとしているんだろう。
僕の知らない僕の過去。
それが今、僕とアシュレイ公爵の運命を大きく揺さぶろうとしていた。
ゆっくりと瞼を開くと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、豪華な天蓋が見えるアシュレイ公爵の寝室だった。
『あれ……僕、どうしてここに……』
昨夜の記憶をたどる。そうだ、薬を盛られた公爵様を助けて、それで僕も意識を失って……。
はっとして隣を見ると、アシュレイ公爵が椅子に座って静かに僕のことを見つめていた。
その紫水晶の瞳はいつになく穏やかで、優しい光を湛えている。
「……目が覚めたか」
「こ、公爵様! お体はもう……!?」
「ああ、お前のおかげですっかり元に戻った。……礼を言う、リアム。またお前に救われたな」
彼は初めて僕に対してはっきりと感謝の言葉を口にした。
それだけで僕の心はぽかぽかと温かくなる。
「いえ、そんな……僕がしたくてしたことですから」
「……昨夜のこと、覚えているか」
彼にそう聞かれて僕は昨夜の自分の大胆な行動を思い出し、顔に一気に熱が集まった。彼の上にまたがって必死で浄化して……。
「は、はい……あの、その、無礼なことをして申し訳ありませんでした!」
「謝るな。俺が聞きたいのはそこではない」
アシュレイ公爵は僕の寝ているベッドのそばにひざまずくと、僕の手をそっと握った。彼の大きな手がひどく熱く感じる。
「リアム。昨夜お前は俺のフェロモンに当てられて、発情期(ヒート)が誘発されかかっていた。違うか?」
「……はい」
僕はこくりとうなずくことしかできない。
「だがお前は理性を失わなかった。それどころか俺を助けるために己の危険も顧みず、その力を行使した。……なぜだ?」
なぜ、と聞かれても僕にはうまく答えられなかった。
ただ必死だった。この人を失いたくない、その一心だった。
「それは……あなたが、大切だからです」
絞り出した僕の答えに、アシュレイ公爵は息を呑んだ。
彼の握る手にきゅっと力がこもる。
「……俺もだ」
ぽつりと彼が呟いた。
「俺もお前が大切だ。リアム。初めて会った時から、ずっとお前に惹かれていた」
「え……?」
「最初は、お前の持つ浄化の力に興味を持っただけだと思っていた。だが違った。お前の健気さに、優しさに、そして芯の強さに……俺は知らず知らずのうちに救われていたんだ」
信じられないような告白に、僕の頭は真っ白になった。
あの氷の公爵様が、僕のことを?
「だが俺はヴァインベルク公爵家の当主。そして呪われた血を持つアルファだ。平民でオメガであるお前を俺の隣に置くことなど許されない。お前を不幸にするだけだ。だからずっとこの気持ちに蓋をしてきた」
彼の瞳が哀しげに揺れる。
街で僕を突き放したのも、屋敷で僕を避けたのも、全ては僕を思ってのことだったのだ。
「でももう限界だ。昨夜お前を失うかもしれないと思った時、俺は自分の気持ちからもう逃げられないと悟った」
アシュレイ公爵は僕の手を自分の胸へと導いた。とくん、とくん、と彼の力強い鼓動が伝わってくる。
「リアム。俺は、お前を愛している」
はっきりと告げられた言葉に、僕の目から涙が溢れ出した。
嬉しい。こんなに嬉しいのに涙が止まらない。
「俺は……お前と『運命の番』になりたいと願っている」
運命の番。
それはアルファとオメガの間にごく稀に起こる奇跡。魂レベルで結びついた、唯一無二のパートナー。
僕と、この人が?
「俺は、お前と初めて会った時からお前のフェロモンに特別な何かを感じていた。それはただのオメガの香りではなかった。懐かしく心を安らがせる、唯一無二の香りだ」
「僕も……です。あなたの香りを嗅ぐと、なぜか心が落ち着くんです」
それは紛れもなく二人が運命の番である証だった。
僕たちは出会うべくして出会ったんだ。
「でも……僕は平民のオメガです。公爵様にはふさわしくありません」
「身分など関係ない。俺が望むのはお前だけだ」
彼はそう言うと僕の涙を指で優しく拭った。
その時、不意に書斎の扉が激しくノックされた。
「アシュレイ様! 大変です!」
ギルバートさんの切羽詰まった声だった。
アシュレイ公爵は舌打ちを一つすると、僕に「ここで待っていろ」と言い残し扉を開けた。
扉の向こうでギルバートさんが息を切らしながら報告しているのが聞こえる。
「リアム様のご出身の村が……何者かに襲撃されたとの情報が!」
「何!?」
アシュレイ公爵の鋭い声が響く。
僕の村が? どうして?
「おそらくクロヴィス王子の手の者かと。リアム様の出自を調べているようです」
その言葉に僕の血の気が引いた。僕のせいで村のみんなが危険な目に?
「すぐに村へ向かう! 準備をしろ!」
アシュレイ公爵が叫んだ時、僕はベッドから飛び起きていた。
「僕も行きます!」
「駄目だ! お前が行くのは危険すぎる!」
「でも僕の故郷なんです! 僕のせいでみんなが危険に晒されているのに、ここにじっとしているなんてできません!」
僕の必死の訴えにアシュレイ公爵は一瞬ためらったが、やがて覚悟を決めたようにうなずいた。
「……分かった。だが決して俺のそばを離れるな」
「はい!」
僕たちは急いで旅の準備を整え、夜明け前の薄闇の中、馬を駆って屋敷を飛び出した。
クロヴィス王子は僕の何を知ろうとしているんだろう。
僕の知らない僕の過去。
それが今、僕とアシュレイ公爵の運命を大きく揺さぶろうとしていた。
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