虐げられΩは冷酷公爵に買われるが、実は最強の浄化能力者で運命の番でした

水凪しおん

文字の大きさ
9 / 16

第8話「明かされた過去と運命の番」

しおりを挟む
 柔らかいベッドの感触と、シーツから香る微かな冬の薔薇の匂い。
 ゆっくりと瞼を開くと、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、豪華な天蓋が見えるアシュレイ公爵の寝室だった。

『あれ……僕、どうしてここに……』

 昨夜の記憶をたどる。そうだ、薬を盛られた公爵様を助けて、それで僕も意識を失って……。
 はっとして隣を見ると、アシュレイ公爵が椅子に座って静かに僕のことを見つめていた。
 その紫水晶の瞳はいつになく穏やかで、優しい光を湛えている。

「……目が覚めたか」

「こ、公爵様! お体はもう……!?」

「ああ、お前のおかげですっかり元に戻った。……礼を言う、リアム。またお前に救われたな」

 彼は初めて僕に対してはっきりと感謝の言葉を口にした。
 それだけで僕の心はぽかぽかと温かくなる。

「いえ、そんな……僕がしたくてしたことですから」

「……昨夜のこと、覚えているか」

 彼にそう聞かれて僕は昨夜の自分の大胆な行動を思い出し、顔に一気に熱が集まった。彼の上にまたがって必死で浄化して……。

「は、はい……あの、その、無礼なことをして申し訳ありませんでした!」

「謝るな。俺が聞きたいのはそこではない」

 アシュレイ公爵は僕の寝ているベッドのそばにひざまずくと、僕の手をそっと握った。彼の大きな手がひどく熱く感じる。

「リアム。昨夜お前は俺のフェロモンに当てられて、発情期(ヒート)が誘発されかかっていた。違うか?」

「……はい」

 僕はこくりとうなずくことしかできない。

「だがお前は理性を失わなかった。それどころか俺を助けるために己の危険も顧みず、その力を行使した。……なぜだ?」

 なぜ、と聞かれても僕にはうまく答えられなかった。
 ただ必死だった。この人を失いたくない、その一心だった。

「それは……あなたが、大切だからです」

 絞り出した僕の答えに、アシュレイ公爵は息を呑んだ。
 彼の握る手にきゅっと力がこもる。

「……俺もだ」
 ぽつりと彼が呟いた。

「俺もお前が大切だ。リアム。初めて会った時から、ずっとお前に惹かれていた」

「え……?」

「最初は、お前の持つ浄化の力に興味を持っただけだと思っていた。だが違った。お前の健気さに、優しさに、そして芯の強さに……俺は知らず知らずのうちに救われていたんだ」

 信じられないような告白に、僕の頭は真っ白になった。
 あの氷の公爵様が、僕のことを?

「だが俺はヴァインベルク公爵家の当主。そして呪われた血を持つアルファだ。平民でオメガであるお前を俺の隣に置くことなど許されない。お前を不幸にするだけだ。だからずっとこの気持ちに蓋をしてきた」

 彼の瞳が哀しげに揺れる。
 街で僕を突き放したのも、屋敷で僕を避けたのも、全ては僕を思ってのことだったのだ。

「でももう限界だ。昨夜お前を失うかもしれないと思った時、俺は自分の気持ちからもう逃げられないと悟った」

 アシュレイ公爵は僕の手を自分の胸へと導いた。とくん、とくん、と彼の力強い鼓動が伝わってくる。

「リアム。俺は、お前を愛している」

 はっきりと告げられた言葉に、僕の目から涙が溢れ出した。
 嬉しい。こんなに嬉しいのに涙が止まらない。

「俺は……お前と『運命の番』になりたいと願っている」

 運命の番。
 それはアルファとオメガの間にごく稀に起こる奇跡。魂レベルで結びついた、唯一無二のパートナー。
 僕と、この人が?

「俺は、お前と初めて会った時からお前のフェロモンに特別な何かを感じていた。それはただのオメガの香りではなかった。懐かしく心を安らがせる、唯一無二の香りだ」

「僕も……です。あなたの香りを嗅ぐと、なぜか心が落ち着くんです」

 それは紛れもなく二人が運命の番である証だった。
 僕たちは出会うべくして出会ったんだ。

「でも……僕は平民のオメガです。公爵様にはふさわしくありません」

「身分など関係ない。俺が望むのはお前だけだ」

 彼はそう言うと僕の涙を指で優しく拭った。
 その時、不意に書斎の扉が激しくノックされた。

「アシュレイ様! 大変です!」

 ギルバートさんの切羽詰まった声だった。
 アシュレイ公爵は舌打ちを一つすると、僕に「ここで待っていろ」と言い残し扉を開けた。
 扉の向こうでギルバートさんが息を切らしながら報告しているのが聞こえる。

「リアム様のご出身の村が……何者かに襲撃されたとの情報が!」

「何!?」

 アシュレイ公爵の鋭い声が響く。
 僕の村が? どうして?

「おそらくクロヴィス王子の手の者かと。リアム様の出自を調べているようです」

 その言葉に僕の血の気が引いた。僕のせいで村のみんなが危険な目に?

「すぐに村へ向かう! 準備をしろ!」

 アシュレイ公爵が叫んだ時、僕はベッドから飛び起きていた。

「僕も行きます!」

「駄目だ! お前が行くのは危険すぎる!」

「でも僕の故郷なんです! 僕のせいでみんなが危険に晒されているのに、ここにじっとしているなんてできません!」

 僕の必死の訴えにアシュレイ公爵は一瞬ためらったが、やがて覚悟を決めたようにうなずいた。

「……分かった。だが決して俺のそばを離れるな」

「はい!」

 僕たちは急いで旅の準備を整え、夜明け前の薄闇の中、馬を駆って屋敷を飛び出した。
 クロヴィス王子は僕の何を知ろうとしているんだろう。
 僕の知らない僕の過去。
 それが今、僕とアシュレイ公爵の運命を大きく揺さぶろうとしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷酷なアルファ(氷の将軍)に嫁いだオメガ、実はめちゃくちゃ愛されていた。

水凪しおん
BL
これは、愛を知らなかった二人が、本当の愛を見つけるまでの物語。 国のための「生贄」として、敵国の将軍に嫁いだオメガの王子、ユアン。 彼を待っていたのは、「氷の将軍」と恐れられるアルファ、クロヴィスとの心ない日々だった。 世継ぎを産むための「道具」として扱われ、絶望に暮れるユアン。 しかし、冷たい仮面の下に隠された、不器用な優しさと孤独な瞳。 孤独な夜にかけられた一枚の外套が、凍てついた心を少しずつ溶かし始める。 これは、政略結婚という偽りから始まった、運命の恋。 帝国に渦巻く陰謀に立ち向かう中で、二人は互いを守り、支え合う「共犯者」となる。 偽りの夫婦が、唯一無二の「番」になるまでの軌跡を、どうぞ見届けてください。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

捨てられΩの癒やしの薬草、呪いで苦しむ最強騎士団長を救ったら、いつの間にか胃袋も心も掴んで番にされていました

水凪しおん
BL
孤独と絶望を癒やす、運命の愛の物語。 人里離れた森の奥、青年アレンは不思議な「浄化の力」を持ち、薬草を育てながらひっそりと暮らしていた。その力を気味悪がられ、人を避けるように生きてきた彼の前に、ある嵐の夜、血まみれの男が現れる。 男の名はカイゼル。「黒き猛虎」と敵国から恐れられる、無敗の騎士団長。しかし彼は、戦場で受けた呪いにより、αの本能を制御できず、狂おしい発作に身を焼かれていた。 記憶を失ったふりをしてアレンの元に留まるカイゼル。アレンの作る薬草茶が、野菜スープが、そして彼自身の存在が、カイゼルの荒れ狂う魂を鎮めていく唯一の癒やしだと気づいた時、その想いは激しい執着と独占欲へ変わる。 「お前がいなければ、俺は正気を保てない」 やがて明かされる真実、迫りくる呪いの脅威。臆病だった青年は、愛する人を救うため、その身に宿る力のすべてを捧げることを決意する。 呪いが解けた時、二人は真の番となる。孤独だった魂が寄り添い、狂おしいほどの愛を注ぎ合う、ファンタジック・ラブストーリー。

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

処理中です...