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第10話「新しい白龍堂と二人の未来」
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王都を揺るがした騒動から数日が過ぎた。
白 厳山と異母弟の悪事はすべて白日の下に晒され、彼らは地位も名誉も、そして財産もすべて没収された。かつて栄華を極めた「白龍堂」の看板は降ろされ、その豪奢な建物は静まり返っている。
その跡地に、蓮華は立っていた。
瓦礫やゴミが散乱する店内を、彼は黙々と片付けていた。
「手伝うぞ」
後ろから声をかけてきたのは龍牙だった。彼は大きな木箱を軽々と持ち上げ、外へと運び出していく。
「ありがとうございます、龍牙さん。でも、ここは僕の実家が汚した場所ですから……僕の手で綺麗にしたいんです」
蓮華は箒を握る手に力を込めた。
父たちの罪は重い。けれど、この場所で薬を求めていた人々の想いまでが嘘だったわけではない。
王家からは、この店舗と土地を蓮華に譲渡するという沙汰が下っていた。さらに、王宮筆頭薬師としての地位も用意されていた。
しかし、蓮華の答えは決まっていた。
「僕は、翠玉村に帰ります」
作業の手を休め、蓮華は龍牙に向き直った。
「王都には優秀な薬師がたくさんいます。正しい知識さえ広まれば、ここはすぐに立ち直るでしょう。でも、あっちには僕を待ってくれている人たちがいる。それに……僕自身、あの森と土が好きなんです」
龍牙は満足そうに口元を緩めた。
「そう言うと思ったぜ。王宮の堅苦しい空気は、お前には合わん」
「はい。だからここは、信頼できる知人に任せて、『蓮華堂・王都支店』として再生させます。派手な広告も、甘い香りの薬も置きません。ただ、本当に効く薬だけを置く店に」
蓮華の瞳は、未来を見据えて輝いていた。
かつて「無能」と蔑まれたオメガの面影はもうない。そこには、自分の足で立ち、自分の道を選び取る一人の薬師がいた。
夕暮れ時、片付けを終えた二人は、店の屋上に上がった。
王都の街並みが茜色に染まり、家々から夕食の支度をする煙が立ち上っている。
風はもう、腐った匂いを運んでこない。
「蓮華」
龍牙が真剣な声で名を呼んだ。
振り返ると、彼はいつになく緊張した面持ちで立っていた。その手には、小さな箱が握られている。
「俺は不器用だ。気の利いた言葉も言えんし、戦いしか能がない」
「龍牙さん……?」
「だが、お前がいないとダメなんだ。傷が痛むとか、薬が必要だとか、そんな理由はもうどうでもいい。ただ、お前の笑顔が見たい。お前の作る飯が食いたい。お前の隣で眠りたい」
龍牙は一歩近づき、蓮華の手を取った。
その大きな手は、戦いでついた無数の傷跡で覆われていたが、蓮華にとっては世界で一番温かい手だった。
「俺の番(つがい)になってくれ。一生、俺が守る。お前の薬作りも、その店も、全部俺が支える」
箱が開かれると、中にはシンプルな銀の指輪があった。飾り気はないが、職人の手仕事による堅牢な作りだ。内側には、龍牙の瞳と同じ金色の石が埋め込まれている。
蓮華の視界が涙で滲んだ。
オメガとして生まれ、欠陥品と言われ続けた自分。誰からも愛されないと諦めていた自分。
そんな自分を、この人は全部ひっくるめて必要としてくれた。
「……はい。僕でよければ……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
蓮華が涙声で答えると、龍牙は破顔し、蓮華を力強く抱きしめた。
「ありがとう。……愛してる」
その言葉と共に、熱い口づけが落とされる。
王都の夕陽が二人を包み込み、長い影を一つに重ねた。
それは、新しい「白龍堂」――いや、「蓮華堂」の伝説が始まる瞬間でもあった。
白 厳山と異母弟の悪事はすべて白日の下に晒され、彼らは地位も名誉も、そして財産もすべて没収された。かつて栄華を極めた「白龍堂」の看板は降ろされ、その豪奢な建物は静まり返っている。
その跡地に、蓮華は立っていた。
瓦礫やゴミが散乱する店内を、彼は黙々と片付けていた。
「手伝うぞ」
後ろから声をかけてきたのは龍牙だった。彼は大きな木箱を軽々と持ち上げ、外へと運び出していく。
「ありがとうございます、龍牙さん。でも、ここは僕の実家が汚した場所ですから……僕の手で綺麗にしたいんです」
蓮華は箒を握る手に力を込めた。
父たちの罪は重い。けれど、この場所で薬を求めていた人々の想いまでが嘘だったわけではない。
王家からは、この店舗と土地を蓮華に譲渡するという沙汰が下っていた。さらに、王宮筆頭薬師としての地位も用意されていた。
しかし、蓮華の答えは決まっていた。
「僕は、翠玉村に帰ります」
作業の手を休め、蓮華は龍牙に向き直った。
「王都には優秀な薬師がたくさんいます。正しい知識さえ広まれば、ここはすぐに立ち直るでしょう。でも、あっちには僕を待ってくれている人たちがいる。それに……僕自身、あの森と土が好きなんです」
龍牙は満足そうに口元を緩めた。
「そう言うと思ったぜ。王宮の堅苦しい空気は、お前には合わん」
「はい。だからここは、信頼できる知人に任せて、『蓮華堂・王都支店』として再生させます。派手な広告も、甘い香りの薬も置きません。ただ、本当に効く薬だけを置く店に」
蓮華の瞳は、未来を見据えて輝いていた。
かつて「無能」と蔑まれたオメガの面影はもうない。そこには、自分の足で立ち、自分の道を選び取る一人の薬師がいた。
夕暮れ時、片付けを終えた二人は、店の屋上に上がった。
王都の街並みが茜色に染まり、家々から夕食の支度をする煙が立ち上っている。
風はもう、腐った匂いを運んでこない。
「蓮華」
龍牙が真剣な声で名を呼んだ。
振り返ると、彼はいつになく緊張した面持ちで立っていた。その手には、小さな箱が握られている。
「俺は不器用だ。気の利いた言葉も言えんし、戦いしか能がない」
「龍牙さん……?」
「だが、お前がいないとダメなんだ。傷が痛むとか、薬が必要だとか、そんな理由はもうどうでもいい。ただ、お前の笑顔が見たい。お前の作る飯が食いたい。お前の隣で眠りたい」
龍牙は一歩近づき、蓮華の手を取った。
その大きな手は、戦いでついた無数の傷跡で覆われていたが、蓮華にとっては世界で一番温かい手だった。
「俺の番(つがい)になってくれ。一生、俺が守る。お前の薬作りも、その店も、全部俺が支える」
箱が開かれると、中にはシンプルな銀の指輪があった。飾り気はないが、職人の手仕事による堅牢な作りだ。内側には、龍牙の瞳と同じ金色の石が埋め込まれている。
蓮華の視界が涙で滲んだ。
オメガとして生まれ、欠陥品と言われ続けた自分。誰からも愛されないと諦めていた自分。
そんな自分を、この人は全部ひっくるめて必要としてくれた。
「……はい。僕でよければ……ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
蓮華が涙声で答えると、龍牙は破顔し、蓮華を力強く抱きしめた。
「ありがとう。……愛してる」
その言葉と共に、熱い口づけが落とされる。
王都の夕陽が二人を包み込み、長い影を一つに重ねた。
それは、新しい「白龍堂」――いや、「蓮華堂」の伝説が始まる瞬間でもあった。
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