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第9話「暴かれた真実と、崩れ去る虚飾」
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王太子は去ったものの、彼らが残していった不穏な空気は、まだ完全には消え去っていなかった。
グリーグ様は警備を強化し、私の外出には必ず彼自身か、信頼できる腹心の部下を同行させるようにした。
そんなある日、意外な人物から接触があった。
それは、王太子の護衛として来ていた騎士の一人だった。彼はこっそりと城門の守衛に手紙を託し、そのまま去っていったという。
手紙には、匿名ではあったが、王都の惨状と公爵家の内情が詳細に記されていた。
グリーグ様と共に、私は執務室でその手紙を広げた。
『……予想以上に酷いな』
私は眉をひそめた。
手紙によると、王都の疫病は衛生管理の不備から発生したもので、本来ならば私の指導で行われていた下水道の整備や、公衆衛生の徹底が、私が追放されたことによって中断されたことが原因らしかった。
義弟のミハイルは、「汚い仕事は平民にやらせればいい」と言い放ち、予算を自分の装飾品や夜会のために使い込んでしまったという。
さらに、ミハイルの正体も露呈しつつあった。
彼は可憐なオメガを演じていたが、その裏で王太子以外のアルファとも関係を持ち、貢がせていたという噂が広まっているらしい。
王太子も薄々は気づいているようだが、自分の過ちを認めるプライドがなく、現実逃避のように私を連れ戻そうとしたのだ。
「……自業自得、というやつだな」
グリーグ様が、冷ややかな声でつぶやいた。
「ジュリアン、お前が気に病むことはない。これは奴らが招いた結果だ」
「はい、分かっています。ただ……罪のない平民たちが苦しんでいるのは心が痛みます」
私はため息をついた。
前世の知識がある私には、疫病を鎮める方法がいくつか思い浮かぶ。衛生環境の改善、栄養のある食事、そして適切な隔離。
でも、今の私が王都に戻って指揮をとることなど不可能だ。それに、戻れば二度とこの地には帰ってこられないだろう。
「もし、お前が望むなら……薬のレシピくらいは送ってやってもいいが」
グリーグ様が、私の表情を読み取って提案してくれた。
彼は本当に優しい。私が心を痛めているのを見て、妥協案を出してくれたのだ。
「……ありがとうございます。でも、レシピだけ送っても、彼らが正しく運用できるとは思えません。それに、私が手を貸せば、彼らはまたつけあがるでしょう」
私は首を横に振った。
ここで情けをかけることは、彼らのためにもならない。
それに、私にはもう、彼らを助ける義理も義務もないのだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
入ってきたのは、ロキだった。彼は少し興奮した様子で、一枚の書類を持っていた。
「将軍! 王都から早馬です! 今度は公式な通達ですよ!」
グリーグ様が書類を受け取り、目を通す。
その表情が、見る見るうちに険しいものから、呆れ果てたものへと変わっていった。
「……なんだ、これは」
「どうしたんですか?」
私が覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『ミハイル・エルロッドによる公金横領および背任の容疑が確定。エルロッド公爵家の資産凍結。王太子アルフレッドは謹慎処分』
そして、最後の一文。
『ジュリアン・エルロッドに対する冤罪(えんざい)の可能性が高いため、早急に王都へ戻り、証言を行うことを要請する』
事態は、私たちが思っていたよりも早く動いていたようだ。
ミハイルの悪事は、ついに隠しきれないところまで来ていたのだ。
「証言、だと? ふざけるな」
グリーグ様が書類を机に叩きつけた。
「無実の罪で追放しておいて、今度は自分たちの都合で証言しろだと? どこまでお前を愚弄すれば気が済むんだ」
彼の怒りはもっともだ。私も怒りを感じないわけではない。
けれど、それ以上に感じたのは、奇妙な虚しさだった。
かつて愛されたいと願い、認めてもらいたいと必死だった人々が、こうもあっけなく崩れ去っていく。
それはまるで、出来の悪い喜劇を見ているようだった。
「行きませんよ、私は」
私は静かに言った。
「証言なら、書面で送ります。もう二度と、あんな人たちの顔は見たくありませんから」
私の言葉に、グリーグ様は少し驚いたように私を見つめ、それから安堵したように息を吐いた。
「……そうか。分かった。俺がそのように手配しよう」
彼は私の手を握りしめた。
その手の温かさが、私の中にある過去への未練を、きれいに溶かしてくれるような気がした。
王都での私は死んだのだ。
今ここにいるのは、辺境の地で愛を見つけた、新しい私なのだから。
グリーグ様は警備を強化し、私の外出には必ず彼自身か、信頼できる腹心の部下を同行させるようにした。
そんなある日、意外な人物から接触があった。
それは、王太子の護衛として来ていた騎士の一人だった。彼はこっそりと城門の守衛に手紙を託し、そのまま去っていったという。
手紙には、匿名ではあったが、王都の惨状と公爵家の内情が詳細に記されていた。
グリーグ様と共に、私は執務室でその手紙を広げた。
『……予想以上に酷いな』
私は眉をひそめた。
手紙によると、王都の疫病は衛生管理の不備から発生したもので、本来ならば私の指導で行われていた下水道の整備や、公衆衛生の徹底が、私が追放されたことによって中断されたことが原因らしかった。
義弟のミハイルは、「汚い仕事は平民にやらせればいい」と言い放ち、予算を自分の装飾品や夜会のために使い込んでしまったという。
さらに、ミハイルの正体も露呈しつつあった。
彼は可憐なオメガを演じていたが、その裏で王太子以外のアルファとも関係を持ち、貢がせていたという噂が広まっているらしい。
王太子も薄々は気づいているようだが、自分の過ちを認めるプライドがなく、現実逃避のように私を連れ戻そうとしたのだ。
「……自業自得、というやつだな」
グリーグ様が、冷ややかな声でつぶやいた。
「ジュリアン、お前が気に病むことはない。これは奴らが招いた結果だ」
「はい、分かっています。ただ……罪のない平民たちが苦しんでいるのは心が痛みます」
私はため息をついた。
前世の知識がある私には、疫病を鎮める方法がいくつか思い浮かぶ。衛生環境の改善、栄養のある食事、そして適切な隔離。
でも、今の私が王都に戻って指揮をとることなど不可能だ。それに、戻れば二度とこの地には帰ってこられないだろう。
「もし、お前が望むなら……薬のレシピくらいは送ってやってもいいが」
グリーグ様が、私の表情を読み取って提案してくれた。
彼は本当に優しい。私が心を痛めているのを見て、妥協案を出してくれたのだ。
「……ありがとうございます。でも、レシピだけ送っても、彼らが正しく運用できるとは思えません。それに、私が手を貸せば、彼らはまたつけあがるでしょう」
私は首を横に振った。
ここで情けをかけることは、彼らのためにもならない。
それに、私にはもう、彼らを助ける義理も義務もないのだ。
その時、部屋の扉がノックされた。
入ってきたのは、ロキだった。彼は少し興奮した様子で、一枚の書類を持っていた。
「将軍! 王都から早馬です! 今度は公式な通達ですよ!」
グリーグ様が書類を受け取り、目を通す。
その表情が、見る見るうちに険しいものから、呆れ果てたものへと変わっていった。
「……なんだ、これは」
「どうしたんですか?」
私が覗き込むと、そこには驚くべき内容が書かれていた。
『ミハイル・エルロッドによる公金横領および背任の容疑が確定。エルロッド公爵家の資産凍結。王太子アルフレッドは謹慎処分』
そして、最後の一文。
『ジュリアン・エルロッドに対する冤罪(えんざい)の可能性が高いため、早急に王都へ戻り、証言を行うことを要請する』
事態は、私たちが思っていたよりも早く動いていたようだ。
ミハイルの悪事は、ついに隠しきれないところまで来ていたのだ。
「証言、だと? ふざけるな」
グリーグ様が書類を机に叩きつけた。
「無実の罪で追放しておいて、今度は自分たちの都合で証言しろだと? どこまでお前を愚弄すれば気が済むんだ」
彼の怒りはもっともだ。私も怒りを感じないわけではない。
けれど、それ以上に感じたのは、奇妙な虚しさだった。
かつて愛されたいと願い、認めてもらいたいと必死だった人々が、こうもあっけなく崩れ去っていく。
それはまるで、出来の悪い喜劇を見ているようだった。
「行きませんよ、私は」
私は静かに言った。
「証言なら、書面で送ります。もう二度と、あんな人たちの顔は見たくありませんから」
私の言葉に、グリーグ様は少し驚いたように私を見つめ、それから安堵したように息を吐いた。
「……そうか。分かった。俺がそのように手配しよう」
彼は私の手を握りしめた。
その手の温かさが、私の中にある過去への未練を、きれいに溶かしてくれるような気がした。
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