感情を抑制された人工オメガの俺は、子を産む器として冷酷な氷帝に献上されたはずが、なぜか狂おしいほど執着され溺愛されています

水凪しおん

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第5話「金色の鳥かご」

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 エールへの執着を日に日に深めていくリアムは、ついに常軌を逸した行動に出た。彼は、エールを公の場、それも帝国建国を祝う夜会に同伴させると宣言したのだ。

 その決定は、宮廷に大きな衝撃と波紋を広げた。皇帝が番でもないオメガ、それも出自の知れない青年を公式の場に連れ出すなど前代未聞だったからだ。宰相バルドルをはじめ、多くの貴族が反対の声を上げたが、リアムは一切聞く耳を持たなかった。

「私の所有物を、どこへ連れて行こうが私の勝手だ」

 その一言で、すべての反対意見を封じ込めた。

 夜会の当日、エールの離宮には、次々と最高級の衣装や宝飾品が運び込まれた。侍女たちが、まるで美しい人形を着飾るように、エールの身体に純白の絹で織られた煌びやかな衣装をまとわせ、銀の髪にはムーンストーンの髪飾りをつけた。

 鏡の前に立ったエールは、自分のものではないような華やかな姿に、ただ戸惑っていた。手首には、リアムから贈られた紫紺のブレスレットが、変わらず輝いている。

「美しい…まるで月の御子のようだ」

 侍女の一人が、うっとりとため息をついた。

 その時、部屋の扉が開き、リアムが姿を現した。黒を基調とした軍服風の正装に身を包んだ彼は、いつも以上に威厳と冷たい美しさを放っている。

 リアムは、侍女たちを下がらせると、まっすぐにエールのもとへ歩み寄った。そして、鏡に映るエールの姿を、満足げな瞳で眺めた。

「よく似合っている」

「…ありがとうございます」

「だが、何かが足りないな」

 リアムはそう言うと、懐から小さなビロードの箱を取り出した。中に入っていたのは、彼の瞳と同じ、大粒の紫紺の宝石がいくつも連なった煌びやかな首飾りだった。

 リアムはエールの背後に立つと、その冷たい首飾りを彼の白い首にかけた。ひやりとした感触に、エールの肩が小さく震える。

「これで完璧だ」

 リアムは、鏡越しにエールの瞳を見つめた。

「今夜、お前は私の隣にいろ。一歩も離れるな。誰とも言葉を交わすな。私以外の人間を見ることも許さん」

 それは、命令というより、呪縛に近い言葉だった。エールは、こくりと小さくうなずいた。首元の宝石が、ずしりと重く感じられる。まるで、美しい首輪のようだ、とエールは思った。

 夜会が開かれる大広間は、豪華絢爛という言葉をそのまま形にしたような空間だった。高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアが、集まった貴族たちの着飾った姿や宝飾品を照らし、きらびやかな光の洪水を生み出している。

 リアムがエールを伴って現れると、それまで陽気なざわめきに満ちていた会場が、水を打ったように静まり返った。

 全ての視線が、皇帝の隣に立つ、銀髪の美しい青年に注がれる。好奇、嫉妬、侮蔑、そしてわずかな畏怖。様々な感情が渦巻く視線の刃に晒され、エールは無意識に身体を強張らせた。

 人々の視線が、まるで針のように肌を刺す。今まで感じたことのない、明確な悪意と敵意。エールは、胸が苦しくなり、呼吸が浅くなるのを感じた。これが「不安」という感情なのだろうか。

 その時、リアムの腕が、エールの腰を強く抱き寄せた。

「案ずるな。私がそばにいる」

 耳元で囁かれた低い声は、不思議な力を持っていた。リアムの体温と、その力強い腕に包まれると、先程までの不安が嘘のように和らいでいく。エールは、リアムの胸にそっと顔を寄せた。そこは、世界で一番安全な場所のように感じられた。これが「安らぎ」という感情なのだろうか。

 リアムは、エールを抱いたまま、集まった貴族たちを睥睨した。その視線は、氷のように冷たく、有無を言わせぬ威圧感を放っている。

『この者は私のものだ。指一本触れることすら許さぬ』

 言葉はなくとも、その視線は雄弁に語っていた。貴族たちは、皇帝の剥き出しの独占欲を目の当たりにし、恐れおののいて視線を逸らした。

 リアムは、満足げに唇の端を吊り上げると、エールを伴って玉座へと向かった。

 夜会の間、リアムは宣言通り、エールを片時も側から離さなかった。誰かがエールに話しかけようものなら、その鋭い視線で黙らせた。エールは、まるで金色の鳥かごに入れられた美しい鳥のように、リアムの腕の中で、ただ静かに華やかな夜が過ぎていくのを見つめていた。

 彼は、何も話さず、誰のことも見なかった。ただ、自分を抱きしめるリアムの腕の強さと、その体温だけを感じていた。

 エールは気づいていなかった。リアムが自分に注ぐ視線が、単なる所有欲だけでなく、熱を帯びた愛情の色を宿し始めていることに。

 リアムもまた、気づいていなかった。自分の腕の中で、安堵したように身を委ねるエールのその姿が、自分の孤独な心をどれほど満たしてくれているのかということに。

 金色の鳥かごの中で、二人の心は、互いを求め、少しずつその距離を縮めていた。だが、その鳥かごの外では、帝国の運命を揺るがす黒い嵐が、静かにその勢力を増しつつあった。
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