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第7話「狂おしい独占欲の調べ」
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エールが初めて微笑みを見せた日以来、リアムの溺愛は、もはや狂気と呼んでも差し支えない領域にまで達していた。
彼は、エールが微笑んだあのオルゴールを至上の宝として扱い、エールが少しでも機嫌を良くするようにと、国中から美しい音色を奏でる品々を集めさせた。離宮の一室は、いつしか様々なオルゴールや楽器で埋め尽くされるようになった。
リアムは、政務のほとんどを側近に任せ、一日の大半をエールの離宮で過ごすようになった。それは、皇帝としての責務を放棄していると非難されかねないほどの没頭ぶりだったが、リアムは全く意に介さなかった。
彼の世界は、今やエールを中心に回っていた。
エールもまた、そんなリアムの変化に戸惑いながらも、次第に順応していった。リアムがそばにいることが当たり前になり、彼の姿が見えないと、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。それが「寂しい」という感情なのだと、エールは最近になってようやく理解し始めていた。
「エール、口を開けろ」
昼下がりのテラスで、リアムは自らの手で、薄紅色の果実をエールの口元へ運んだ。エールが素直に口を開けると、甘い果汁が口の中に広がる。
「…甘いです」
「そうか。それは良かった」
リアムは、満足そうにうなずくと、エールの唇に残った果汁を、自らの指で拭い、そのまま舐め取った。その仕草はあまりにも自然で、そして官能的だった。
エールの頬が、赤く染まる。最近、彼はリアムの些細な言動に、こうしてすぐに顔を赤らめるようになった。
その反応が、リアムの独占欲をさらに掻き立てる。
「お前のその顔は、私以外の誰にも見せてはならん」
リアムは、エールの頬を掌で包み、低い声で囁いた。
そんな二人の甘い時間を妨げるように、一人の侍従が恐る恐る近づいてきた。
「へ、陛下。宰相閣下がお見えです。急ぎの案件だと…」
リアムの眉間に、深いしわが刻まれた。彼がエールと過ごす時間を邪魔されることを、彼は何よりも嫌った。
「バルドルか…後で聞く、と伝えておけ」
「そ、それが…エール様にも関わることだと…」
その言葉に、リアムの表情が険しくなる。彼は名残惜しそうにエールから離れると、侍従に「通せ」とだけ命じた。
現れた宰相バルドルは、リアムの不機嫌な空気を意にも介さず、恭しく一礼した。その老獪な目が、リアムの背後に立つエールを一瞥する。
「陛下。先日より調査を命じられておりました、エール様の健康管理についてご報告が」
「手短に言え」
「は。エール様の食事や薬湯を管理しております侍医ですが、どうも不審な動きがございまして」
バルドルの言葉に、リアムの空気が一変した。
「どういうことだ」
「彼の私室から、遅効性の毒物が見つかりました。おそらく、何者かの指示を受け、エール様の食事に少量ずつ混ぜ込むつもりだったかと。まだ実行には移されていなかったのが幸いでした」
部屋の温度が、数度下がったかのように感じられた。リアムの全身から、殺気にも似た冷たい怒りが放たれている。
エールは、毒という言葉に、思わず息を呑んだ。誰かが、自分を殺そうとしていた?
「…その侍医はどこだ」
「地下牢に」
「そうか」
リアムは短く答えると、バルドルに下がれと命じた。宰相が退出すると、リアムはエールに向き直り、その両肩を強く掴んだ。
「どこか、身体に異常はないか。気分は悪くないか」
その声は、不安と怒りで震えていた。エールは、自分のことよりも、リアムのその様子に胸が痛んだ。彼は、静かに首を横に振る。
「俺は、大丈夫です」
「そうか…良かった…」
リアムは、エールを強く抱きしめた。まるで、失いかけた宝物を確かめるかのように。
エールは、リアムの腕の中で、初めて明確な「恐怖」を感じていた。もし、あの毒が盛られていたら。もし、自分が死んでしまったら。もう、この温かい腕に抱きしめられることも、優しい声を聞くことも、熱のこもった瞳で見つめられることもなくなる。
そう思うと、心臓が氷のように冷たくなった。
「リアム…」
エールは、初めて皇帝の名を呼んだ。リアムは驚いて顔を上げ、エールを見つめる。
「俺、死にたくない…です。あなたの、そばにいたい」
その言葉は、リアムの心の最後の堰を、完全に決壊させた。
狂おしいほどの愛しさが、胸の内で爆発する。
「ああ、わかっている」
リアムは、エールの髪に顔を埋め、深く息を吸った。
「誰にもお前を傷つけさせはしない。お前に近づく害虫は、私が一匹残らず駆除してやる」
その声は、甘く、そして恐ろしいほどに冷徹だった。
その日の夜、毒を盛ろうとした侍医は、拷問の末、彼を唆した貴族の名を白状し、舌を噛んで自決した。そして、その貴族の一家は、一夜にして地上からその存在を抹消された。
リアムの、エールに対する狂おしい独占欲の調べは、血の匂いを纏い始めていた。
エールは、そのことをまだ知らない。ただ、自分を守ってくれる絶対的な存在の腕の中で、日に日に募っていく「好き」という感情を、幸せと共に噛みしめているだけだった。
二人の世界は、甘く、そして危険な蜜月の中にあった。
彼は、エールが微笑んだあのオルゴールを至上の宝として扱い、エールが少しでも機嫌を良くするようにと、国中から美しい音色を奏でる品々を集めさせた。離宮の一室は、いつしか様々なオルゴールや楽器で埋め尽くされるようになった。
リアムは、政務のほとんどを側近に任せ、一日の大半をエールの離宮で過ごすようになった。それは、皇帝としての責務を放棄していると非難されかねないほどの没頭ぶりだったが、リアムは全く意に介さなかった。
彼の世界は、今やエールを中心に回っていた。
エールもまた、そんなリアムの変化に戸惑いながらも、次第に順応していった。リアムがそばにいることが当たり前になり、彼の姿が見えないと、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。それが「寂しい」という感情なのだと、エールは最近になってようやく理解し始めていた。
「エール、口を開けろ」
昼下がりのテラスで、リアムは自らの手で、薄紅色の果実をエールの口元へ運んだ。エールが素直に口を開けると、甘い果汁が口の中に広がる。
「…甘いです」
「そうか。それは良かった」
リアムは、満足そうにうなずくと、エールの唇に残った果汁を、自らの指で拭い、そのまま舐め取った。その仕草はあまりにも自然で、そして官能的だった。
エールの頬が、赤く染まる。最近、彼はリアムの些細な言動に、こうしてすぐに顔を赤らめるようになった。
その反応が、リアムの独占欲をさらに掻き立てる。
「お前のその顔は、私以外の誰にも見せてはならん」
リアムは、エールの頬を掌で包み、低い声で囁いた。
そんな二人の甘い時間を妨げるように、一人の侍従が恐る恐る近づいてきた。
「へ、陛下。宰相閣下がお見えです。急ぎの案件だと…」
リアムの眉間に、深いしわが刻まれた。彼がエールと過ごす時間を邪魔されることを、彼は何よりも嫌った。
「バルドルか…後で聞く、と伝えておけ」
「そ、それが…エール様にも関わることだと…」
その言葉に、リアムの表情が険しくなる。彼は名残惜しそうにエールから離れると、侍従に「通せ」とだけ命じた。
現れた宰相バルドルは、リアムの不機嫌な空気を意にも介さず、恭しく一礼した。その老獪な目が、リアムの背後に立つエールを一瞥する。
「陛下。先日より調査を命じられておりました、エール様の健康管理についてご報告が」
「手短に言え」
「は。エール様の食事や薬湯を管理しております侍医ですが、どうも不審な動きがございまして」
バルドルの言葉に、リアムの空気が一変した。
「どういうことだ」
「彼の私室から、遅効性の毒物が見つかりました。おそらく、何者かの指示を受け、エール様の食事に少量ずつ混ぜ込むつもりだったかと。まだ実行には移されていなかったのが幸いでした」
部屋の温度が、数度下がったかのように感じられた。リアムの全身から、殺気にも似た冷たい怒りが放たれている。
エールは、毒という言葉に、思わず息を呑んだ。誰かが、自分を殺そうとしていた?
「…その侍医はどこだ」
「地下牢に」
「そうか」
リアムは短く答えると、バルドルに下がれと命じた。宰相が退出すると、リアムはエールに向き直り、その両肩を強く掴んだ。
「どこか、身体に異常はないか。気分は悪くないか」
その声は、不安と怒りで震えていた。エールは、自分のことよりも、リアムのその様子に胸が痛んだ。彼は、静かに首を横に振る。
「俺は、大丈夫です」
「そうか…良かった…」
リアムは、エールを強く抱きしめた。まるで、失いかけた宝物を確かめるかのように。
エールは、リアムの腕の中で、初めて明確な「恐怖」を感じていた。もし、あの毒が盛られていたら。もし、自分が死んでしまったら。もう、この温かい腕に抱きしめられることも、優しい声を聞くことも、熱のこもった瞳で見つめられることもなくなる。
そう思うと、心臓が氷のように冷たくなった。
「リアム…」
エールは、初めて皇帝の名を呼んだ。リアムは驚いて顔を上げ、エールを見つめる。
「俺、死にたくない…です。あなたの、そばにいたい」
その言葉は、リアムの心の最後の堰を、完全に決壊させた。
狂おしいほどの愛しさが、胸の内で爆発する。
「ああ、わかっている」
リアムは、エールの髪に顔を埋め、深く息を吸った。
「誰にもお前を傷つけさせはしない。お前に近づく害虫は、私が一匹残らず駆除してやる」
その声は、甘く、そして恐ろしいほどに冷徹だった。
その日の夜、毒を盛ろうとした侍医は、拷問の末、彼を唆した貴族の名を白状し、舌を噛んで自決した。そして、その貴族の一家は、一夜にして地上からその存在を抹消された。
リアムの、エールに対する狂おしい独占欲の調べは、血の匂いを纏い始めていた。
エールは、そのことをまだ知らない。ただ、自分を守ってくれる絶対的な存在の腕の中で、日に日に募っていく「好き」という感情を、幸せと共に噛みしめているだけだった。
二人の世界は、甘く、そして危険な蜜月の中にあった。
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