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第8話「忍び寄る影と偽りの記憶」
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リアムによる粛清は、宮廷に静かな恐怖をもたらした。エールに少しでも害意を抱く者は、皇帝の逆鱗に触れる。その事実は、貴族たちの間に瞬く間に広がり、もはや誰もエールの存在を軽々しく扱う者はいなくなった。
リアムが築いた完璧な鳥かごの中で、エールは穏やかな日々を送っていた。リアムからの愛情を一身に受け、エールの心は驚くほどの速さで色彩を取り戻していった。彼は今や、美しい花を見て「綺麗だ」と感じ、リアムの冗談に声を立てて笑い、悲しい物語を読めば涙を流す、ごく普通の青年のように感情豊かになっていた。
リアムは、そんなエールの変化を、何よりも愛おしく思っていた。自分の腕の中で、無垢な魂が彩られていく。その過程を見守ることが、彼の至上の喜びだった。
しかし、その平穏な日々の水面下で、帝国の最も暗い部分が蠢き始めていた。
宰相バルドルは、皇帝の常軌を逸した寵愛ぶりに、強い危機感を抱いていた。あの冷静沈着だった氷帝は、どこへ行ったのか。一人のオメガにうつつを抜かし、国政を疎かにする姿は、帝国の未来を憂うバルドルにとって、到底看過できるものではなかった。
『あの青年…エール。奴には何かある』
バルドルは、密かにエールの出自を探り始めていた。彼が献上された研究所は、最高機密扱いであったが、宰相の権力をもってすれば、その扉をこじ開けることは不可能ではない。
バルドルは、かつて研究所に所属していたという、一人の老科学者を突き止めた。彼は、今は引退し、帝都の片隅でひっそりと暮らしている。バルドルは、身分を隠してその老人を訪ねた。
一方、エールは最近、奇妙な夢を見るようになっていた。
白い壁、冷たい金属のベッド、そして自分と同じ顔をした、たくさんの子どもたち。夢の中の光景は、断片的で意味をなさなかったが、目が覚めると、いつも心臓が激しく鼓動し、冷や汗が流れた。
それは、彼が抑制されていたはずの、過去の記憶の断片だった。
ある夜、エールはまた夢を見た。
『失敗作は、処分しろ』
冷たい声が響く。ガラスの向こうで、自分とそっくりの顔をした青年が、泣き叫んでいる。だが、その声は誰にも届かない。白い服を着た大人たちが、彼をどこかへ連れて行ってしまう。
「やめて…!」
エールは、自分の叫び声で目を覚ました。隣には、眠っているはずのリアムが、心配そうな顔で彼を覗き込んでいる。
「エール、どうした。魘されていたぞ」
「リアム…怖い、夢を…」
エールは、震える手でリアムの衣服を掴んだ。リアムは、そんなエールを優しく抱きしめ、背中をゆっくりと撫でる。
「大丈夫だ。ただの夢だ。私がそばにいる」
リアムの体温と声に、エールの恐怖は少しずつ和らいでいく。だが、あの夢の光景は、脳裏に焼き付いて離れなかった。あれは、本当にただの夢なのだろうか。自分には、知らない過去があるのではないか。そんな疑念が、エールの心に小さな影を落とした。
その頃、宰相バルドルは、老科学者から驚愕の事実を聞き出していた。
「Unit-00…エール様は、確かに我々が生み出した最高傑作です。しかし、彼の素体となったのは…ただの孤児ではございません」
老人は、震える声で語り始めた。
「彼の遺伝子の半分は、先帝陛下のもの…つまり、彼は、先帝の血を引く、隠し子なのでございます」
バルドルの目が、鋭く光った。
先帝の隠し子。それはつまり、エールが正当な皇位継承権を持つ可能性を示唆していた。
「なぜ、そんな危険な真似を…」
「最強のアルファである皇帝の子を宿すには、それに相応しい、高貴で強靭なオメガが必要でした。そして、最も手に入れやすく、最も優れた遺伝子こそが、先帝陛下のものであったのです。もちろん、この事実はトップシークレットとして、厳重に秘匿されましたが…」
バルドルは、全てを理解した。そして、彼の頭脳は、恐ろしい計画を組み立て始める。
エールの出生の秘密。これは、リアムを失脚させ、帝国の実権を握るための、この上ない切り札になる。
リアムが愛してやまないあの美しい青年は、彼の地位を根底から揺るがす、爆弾を抱えているのだ。
バルドルは、口元に冷酷な笑みを浮かべた。
忍び寄る影は、着実にその輪郭を濃くしていく。エールとリアムの甘い世界は、偽りの記憶と暴かれる真実によって、もうすぐ打ち砕かれようとしていた。
リアムが築いた完璧な鳥かごの中で、エールは穏やかな日々を送っていた。リアムからの愛情を一身に受け、エールの心は驚くほどの速さで色彩を取り戻していった。彼は今や、美しい花を見て「綺麗だ」と感じ、リアムの冗談に声を立てて笑い、悲しい物語を読めば涙を流す、ごく普通の青年のように感情豊かになっていた。
リアムは、そんなエールの変化を、何よりも愛おしく思っていた。自分の腕の中で、無垢な魂が彩られていく。その過程を見守ることが、彼の至上の喜びだった。
しかし、その平穏な日々の水面下で、帝国の最も暗い部分が蠢き始めていた。
宰相バルドルは、皇帝の常軌を逸した寵愛ぶりに、強い危機感を抱いていた。あの冷静沈着だった氷帝は、どこへ行ったのか。一人のオメガにうつつを抜かし、国政を疎かにする姿は、帝国の未来を憂うバルドルにとって、到底看過できるものではなかった。
『あの青年…エール。奴には何かある』
バルドルは、密かにエールの出自を探り始めていた。彼が献上された研究所は、最高機密扱いであったが、宰相の権力をもってすれば、その扉をこじ開けることは不可能ではない。
バルドルは、かつて研究所に所属していたという、一人の老科学者を突き止めた。彼は、今は引退し、帝都の片隅でひっそりと暮らしている。バルドルは、身分を隠してその老人を訪ねた。
一方、エールは最近、奇妙な夢を見るようになっていた。
白い壁、冷たい金属のベッド、そして自分と同じ顔をした、たくさんの子どもたち。夢の中の光景は、断片的で意味をなさなかったが、目が覚めると、いつも心臓が激しく鼓動し、冷や汗が流れた。
それは、彼が抑制されていたはずの、過去の記憶の断片だった。
ある夜、エールはまた夢を見た。
『失敗作は、処分しろ』
冷たい声が響く。ガラスの向こうで、自分とそっくりの顔をした青年が、泣き叫んでいる。だが、その声は誰にも届かない。白い服を着た大人たちが、彼をどこかへ連れて行ってしまう。
「やめて…!」
エールは、自分の叫び声で目を覚ました。隣には、眠っているはずのリアムが、心配そうな顔で彼を覗き込んでいる。
「エール、どうした。魘されていたぞ」
「リアム…怖い、夢を…」
エールは、震える手でリアムの衣服を掴んだ。リアムは、そんなエールを優しく抱きしめ、背中をゆっくりと撫でる。
「大丈夫だ。ただの夢だ。私がそばにいる」
リアムの体温と声に、エールの恐怖は少しずつ和らいでいく。だが、あの夢の光景は、脳裏に焼き付いて離れなかった。あれは、本当にただの夢なのだろうか。自分には、知らない過去があるのではないか。そんな疑念が、エールの心に小さな影を落とした。
その頃、宰相バルドルは、老科学者から驚愕の事実を聞き出していた。
「Unit-00…エール様は、確かに我々が生み出した最高傑作です。しかし、彼の素体となったのは…ただの孤児ではございません」
老人は、震える声で語り始めた。
「彼の遺伝子の半分は、先帝陛下のもの…つまり、彼は、先帝の血を引く、隠し子なのでございます」
バルドルの目が、鋭く光った。
先帝の隠し子。それはつまり、エールが正当な皇位継承権を持つ可能性を示唆していた。
「なぜ、そんな危険な真似を…」
「最強のアルファである皇帝の子を宿すには、それに相応しい、高貴で強靭なオメガが必要でした。そして、最も手に入れやすく、最も優れた遺伝子こそが、先帝陛下のものであったのです。もちろん、この事実はトップシークレットとして、厳重に秘匿されましたが…」
バルドルは、全てを理解した。そして、彼の頭脳は、恐ろしい計画を組み立て始める。
エールの出生の秘密。これは、リアムを失脚させ、帝国の実権を握るための、この上ない切り札になる。
リアムが愛してやまないあの美しい青年は、彼の地位を根底から揺るがす、爆弾を抱えているのだ。
バルドルは、口元に冷酷な笑みを浮かべた。
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