感情を抑制された人工オメガの俺は、子を産む器として冷酷な氷帝に献上されたはずが、なぜか狂おしいほど執着され溺愛されています

水凪しおん

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第9話「暴かれた真実、砕かれた心」

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 宰相バルドルは、手に入れた切り札を最大限に活用すべく、慎重に、しかし着実に布石を打っていった。彼は、皇帝リアムの独裁的なやり方と、エールへの異常な寵愛に不満を持つ貴族たちを、水面下で束ねていった。

「皇帝陛下は、あの得体の知れないオメガに惑わされ、正気を失っておられる。このままでは、帝国は滅びの道を歩むことになるだろう」

 バルドルの言葉は、不安と不満を抱える貴族たちの心を巧みに捉え、彼の周りには、いつしか無視できないほどの勢力が集まっていた。

 そして、計画の実行の日。それは、貴族たちが一堂に会する、定例の御前会議の日だった。

 その日、エールは朝から胸騒ぎが止まらなかった。昨夜もまた、あの白い施設の夢を見た。夢は日に日に鮮明になり、今では、自分がそこで「Unit-00」と呼ばれていたことや、数えきれないほどの「兄弟」たちが、失敗作として「処分」されていく光景を、はっきりと思い出せるようになっていた。

『俺は、いったい何者なんだ…』

 離宮の庭で、エールは一人、不安に震えていた。そこへ、リアムがやってきた。彼は、会議へ向かう前のわずかな時間に、エールの顔を見に来たのだ。

「顔色が悪いな。どこか具合でも悪いのか」

 リアムは、心配そうにエールの額に手を当てた。その優しさに、エールの心は揺れる。この人に、自分の不安を打ち明けてもいいのだろうか。でも、もし嫌われたら…

「…ううん、大丈夫です。少し、寝不足なだけ」

 エールは、無理に微笑んで見せた。リアムは、その笑顔にわずかな陰りを感じ取ったが、会議の時間が迫っていたため、深くは追及できなかった。

「そうか。会議が終わったら、すぐに戻る。良い子で待っているんだぞ」

 リアムは、エールの唇に軽いキスを落とすと、名残惜しそうに離宮を後にした。エールは、その背中を、言いようのない不安と共に見送った。

 玉座の間で行われる御前会議は、最初こそいつも通り、淡々と議題が進んでいった。しかし、全ての議題が終了したその時、宰相バルドルが進み出た。

「陛下。この場で、皆様に申し上げねばならぬ、重大な案件がございます」

 そのただならぬ雰囲気に、会場が静まり返る。リアムは、玉座から冷ややかにバルドルを見下ろした。

「何だ、バルドル」

「陛下がご寵愛なさっている、エール様についてでございます」

 その名が出た瞬間、リアムの纏う空気が凍てついた。

「彼が、どこから来た何者なのか、皆様はご存知ないでしょう。本日、その全ての真実を、明らかにいたします」

 バルドルは、そう言うと、一人の老人を伴って玉座の前へ進み出た。それは、かつて人工オメガ計画に携わっていた、あの老科学者だった。

 老人は、震えながら、リアムと集まった貴族たちの前で、全てを証言した。

 エールが、非人道的な実験の果てに生み出された人工オメガであること。

 そして、彼の遺伝子の半分が、先帝のものであること。つまり、彼が、リアムの異母弟にあたる存在であり、正当な皇位継承権を持つ可能性があること。

 証言が終わった瞬間、玉座の間は、大きなどよめきに包まれた。貴族たちは、信じられないという顔で、互いに顔を見合わせている。

 リアムは、玉座に座ったまま、微動だにしなかった。その表情は、鉄の仮面のように固く、何を考えているのか誰にも読み取らせない。

 バルドルは、この反応を予測していたかのように、勝ち誇った笑みを浮かべた。

「お分かりいただけましたかな、皆様。陛下は、自らの地位を脅かす存在とも知らず、皇位継承権を持つ実の弟を、慰みものにしていたのです! このような倒錯した行いをする者に、皇帝の資格などありましょうか!」

 バルドルの声が、大広間に響き渡る。彼に同調する貴族たちから、「そうだ、そうだ!」という声が上がり始めた。

 その頃、離宮にいたエールの頭に、激しい痛みが走った。

「う…あ……っ」

 彼は、その場にうずくまり、頭を抱えた。脳裏に、今まで忘れていた全ての記憶が、濁流のようになだれ込んでくる。

 白い施設での日々。繰り返される辛い実験。感情を抑制する薬の投与。「兄弟」たちの悲鳴。そして、自分が、数えきれないほどの犠牲の上に成り立った、唯一の成功作であるという事実。

『お前は、皇帝陛下の子を成すための、器だ』

 研究者の冷たい声が、頭の中で響く。

 そうだ、俺は、そのためだけに作られた。感情なんて、持つべきではなかった。誰かを好きになるなんて、許されるはずがなかったんだ。

 リアムの優しい笑顔、温かい腕、甘いキス。その全てが、自分のような汚れた存在には、分不相応なものだった。

「あ…ああ…っ」

 絶望が、エールの心を塗りつぶしていく。暴かれた真実は、彼の心を、粉々に砕いてしまった。

 愛を知ったばかりの心は、その残酷な真実を受け止めるには、あまりにも脆すぎた。

 エールは、床に突っ伏したまま、声を殺して泣き始めた。それは、生まれて初めて流す、絶望の涙だった。

 砕かれた心は、もう二度と元には戻らないかのように、ただ静かに、暗い闇の底へと沈んでいった。
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