11 / 15
第10話「血塗られた玉座」
しおりを挟む
玉座の間は、宰相バルドルと彼に与する貴族たちの声で満ちていた。
「陛下! ご自身の弟君を寵妃とするなど、前代未聞の背徳行為! もはや帝国の威信は地に堕ちましたぞ!」
「速やかに退位され、エール様を正当な皇位継承者として立てるべきだ!」
貴族たちの声は、次第に大きなうねりとなり、リアムに退位を迫るシュプレヒコールへと変わっていった。彼らは、数の力で皇帝を追い詰められると確信していた。リアムが、あれほどまでにエールを溺愛しているのなら、そのエールが皇位継承権を持つと知れば、動揺し、抵抗する力を失うだろうと。
だが、彼らの予測は、根本から間違っていた。
玉座に座るリアムは、終始、鉄の仮面を貼り付けたように無表情だった。彼は、騒ぎ立てる貴族たちを、まるで羽虫の群れでも見るかのような、冷え切った目で見下ろしていた。
やがて、貴族たちの声が少し静まった瞬間を見計らって、リアムは静かに口を開いた。
「…茶番は、それで終わりか」
その声は、低く、穏やかですらあった。だが、その底には、地獄の底から響いてくるような、恐ろしいほどの怒りが込められていた。
バルドルは、一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して言い放った。
「陛下、往生際が悪い! もはや、あなたに味方する者などおりませぬぞ!」
「味方?」
リアムは、ふっと鼻で笑った。
「私が、いつ貴様らのようなハイエナに、味方を求めたことがあったか」
その言葉と共に、リアムはゆらりと玉座から立ち上がった。その瞬間、彼の全身から放たれる圧倒的な威圧感――アルファとしての純粋なオーラが、嵐のように玉座の間を吹き荒れた。
下位の貴族たちは、そのプレッシャーに耐えきれず、次々と膝をつき、呼吸すらままならない様子で喘ぎ始める。
「ひっ…こ、これは…」
バルドルですら、立っているのがやっとだった。目の前の皇帝は、もはや人の形をした災厄そのものだった。
リアムは、ゆっくりと階段を下り、バルドルの目の前で足を止めた。その紫紺の瞳は、もはや何の感情も映さず、ただ絶対的な虚無だけをたたえていた。
「バルドルよ。貴様は、一つだけ大きな間違いを犯した」
「な…何を…」
「エールの出自など、私にとっては、どうでもいいことだということだ」
リアムの言葉に、バルドルは目を見開いた。
「彼が私の弟であろうが、どこの馬の骨であろうが、そんなことは関係ない。彼は、私のものだ。私の唯一の番だ。その事実は、天地がひっくり返っても変わらん」
リアムは、バルドルの胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。老宰相の足が、床から離れる。
「貴様は、私の宝を、政争の道具に利用した。その罪が、どれほど重いか…わかっているのか?」
「ぐ…は…っ」
バルドルの顔が、苦悶に歪む。
その時、バルドル派の貴族たちが隠し持っていた剣を抜き、リアムに襲いかかった。
「陛下を討て! 新しい時代を作るのだ!」
だが、彼らの刃がリアムに届くことはなかった。
玉座の間の四方の扉が一斉に開き、完全武装した近衛騎士たちが、雪崩れ込むように現れたのだ。彼らは、リアムに忠誠を誓う、帝国最強の精鋭部隊。反乱者たちは、あっという間に取り押さえられていく。
玉座の間は、瞬く間に、悲鳴と剣戟の音に満ちた地獄絵図と化した。
リアムは、そんな光景には目もくれず、ただ手の中のバルドルを睨みつけていた。
「エールは、今、どこで泣いている?」
その問いは、バルドルに向けられたものではなかった。自分自身への問いかけだった。
あの純粋で、脆い魂が、今、どれほどの絶望の中にいるか。考えただけで、胸が張り裂けそうだった。
全ては、自分のせいだ。自分が、彼をこんな醜い争いに巻き込んでしまった。
リアムの胸を、後悔と、エールへの愛しさが、嵐のように吹き荒れる。
「…貴様には、地獄すら生ぬるい」
リアムは、そうつぶやくと、バルドルを床に叩きつけた。そして、近衛騎士に冷たく命じた。
「首謀者どもを、一人残らず捕らえよ。一族郎党、根絶やしにしろ。一人たりとも、生かしておくことは許さん」
血塗られた玉座の間で、氷帝は完全な復活を遂げた。いや、それはもはや、愛する者を傷つけられた、一匹の獣の咆哮だった。
リアムは、騎士たちに後始末を任せると、一目散に玉座の間を飛び出した。
向かう先は、ただ一つ。
エールが待つ、離宮。
今は、ただ、彼をこの腕に抱きしめたかった。
お前が誰であろうと関係ない。お前は、ただのお前だ。私の愛する、唯一の存在なのだと。
そう伝えるために。
リアムは、焦燥に駆られながら、雨に濡れた石畳を走り続けた。砕け散ったエールの心を、もう一度この手で拾い集めることができるのか。その答えは、まだ誰にもわからなかった。
「陛下! ご自身の弟君を寵妃とするなど、前代未聞の背徳行為! もはや帝国の威信は地に堕ちましたぞ!」
「速やかに退位され、エール様を正当な皇位継承者として立てるべきだ!」
貴族たちの声は、次第に大きなうねりとなり、リアムに退位を迫るシュプレヒコールへと変わっていった。彼らは、数の力で皇帝を追い詰められると確信していた。リアムが、あれほどまでにエールを溺愛しているのなら、そのエールが皇位継承権を持つと知れば、動揺し、抵抗する力を失うだろうと。
だが、彼らの予測は、根本から間違っていた。
玉座に座るリアムは、終始、鉄の仮面を貼り付けたように無表情だった。彼は、騒ぎ立てる貴族たちを、まるで羽虫の群れでも見るかのような、冷え切った目で見下ろしていた。
やがて、貴族たちの声が少し静まった瞬間を見計らって、リアムは静かに口を開いた。
「…茶番は、それで終わりか」
その声は、低く、穏やかですらあった。だが、その底には、地獄の底から響いてくるような、恐ろしいほどの怒りが込められていた。
バルドルは、一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して言い放った。
「陛下、往生際が悪い! もはや、あなたに味方する者などおりませぬぞ!」
「味方?」
リアムは、ふっと鼻で笑った。
「私が、いつ貴様らのようなハイエナに、味方を求めたことがあったか」
その言葉と共に、リアムはゆらりと玉座から立ち上がった。その瞬間、彼の全身から放たれる圧倒的な威圧感――アルファとしての純粋なオーラが、嵐のように玉座の間を吹き荒れた。
下位の貴族たちは、そのプレッシャーに耐えきれず、次々と膝をつき、呼吸すらままならない様子で喘ぎ始める。
「ひっ…こ、これは…」
バルドルですら、立っているのがやっとだった。目の前の皇帝は、もはや人の形をした災厄そのものだった。
リアムは、ゆっくりと階段を下り、バルドルの目の前で足を止めた。その紫紺の瞳は、もはや何の感情も映さず、ただ絶対的な虚無だけをたたえていた。
「バルドルよ。貴様は、一つだけ大きな間違いを犯した」
「な…何を…」
「エールの出自など、私にとっては、どうでもいいことだということだ」
リアムの言葉に、バルドルは目を見開いた。
「彼が私の弟であろうが、どこの馬の骨であろうが、そんなことは関係ない。彼は、私のものだ。私の唯一の番だ。その事実は、天地がひっくり返っても変わらん」
リアムは、バルドルの胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げた。老宰相の足が、床から離れる。
「貴様は、私の宝を、政争の道具に利用した。その罪が、どれほど重いか…わかっているのか?」
「ぐ…は…っ」
バルドルの顔が、苦悶に歪む。
その時、バルドル派の貴族たちが隠し持っていた剣を抜き、リアムに襲いかかった。
「陛下を討て! 新しい時代を作るのだ!」
だが、彼らの刃がリアムに届くことはなかった。
玉座の間の四方の扉が一斉に開き、完全武装した近衛騎士たちが、雪崩れ込むように現れたのだ。彼らは、リアムに忠誠を誓う、帝国最強の精鋭部隊。反乱者たちは、あっという間に取り押さえられていく。
玉座の間は、瞬く間に、悲鳴と剣戟の音に満ちた地獄絵図と化した。
リアムは、そんな光景には目もくれず、ただ手の中のバルドルを睨みつけていた。
「エールは、今、どこで泣いている?」
その問いは、バルドルに向けられたものではなかった。自分自身への問いかけだった。
あの純粋で、脆い魂が、今、どれほどの絶望の中にいるか。考えただけで、胸が張り裂けそうだった。
全ては、自分のせいだ。自分が、彼をこんな醜い争いに巻き込んでしまった。
リアムの胸を、後悔と、エールへの愛しさが、嵐のように吹き荒れる。
「…貴様には、地獄すら生ぬるい」
リアムは、そうつぶやくと、バルドルを床に叩きつけた。そして、近衛騎士に冷たく命じた。
「首謀者どもを、一人残らず捕らえよ。一族郎党、根絶やしにしろ。一人たりとも、生かしておくことは許さん」
血塗られた玉座の間で、氷帝は完全な復活を遂げた。いや、それはもはや、愛する者を傷つけられた、一匹の獣の咆哮だった。
リアムは、騎士たちに後始末を任せると、一目散に玉座の間を飛び出した。
向かう先は、ただ一つ。
エールが待つ、離宮。
今は、ただ、彼をこの腕に抱きしめたかった。
お前が誰であろうと関係ない。お前は、ただのお前だ。私の愛する、唯一の存在なのだと。
そう伝えるために。
リアムは、焦燥に駆られながら、雨に濡れた石畳を走り続けた。砕け散ったエールの心を、もう一度この手で拾い集めることができるのか。その答えは、まだ誰にもわからなかった。
1
あなたにおすすめの小説
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
娼館で死んだΩですが、竜帝の溺愛皇妃やってます
めがねあざらし
BL
死に場所は、薄暗い娼館の片隅だった。奪われ、弄ばれ、捨てられた運命の果て。けれど目覚めたのは、まだ“すべてが起きる前”の過去だった。
王国の檻に囚われながらも、静かに抗い続けた日々。その中で出会った“彼”が、冷え切った運命に、初めて温もりを灯す。
運命を塗り替えるために歩み始めた、険しくも孤独な道の先。そこで待っていたのは、金の瞳を持つ竜帝——
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
溺愛、独占、そしてトラヴィスの宮廷に渦巻く陰謀と政敵たち。死に戻ったΩは、今度こそ自分自身を救うため、皇妃として“未来”を手繰り寄せる。
愛され、試され、それでも生き抜くために——第二章、ここに開幕。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる