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マルクス様と出会った頃の私は、日々を生きることで精一杯だった。
街に出れば、同い年くらいの少年少女たちは親に手を引かれて楽しそうにショッピングを楽しんでいた。
綺麗な洋服を着て、レストランで美味しそうなご飯を食べている。
それが当たり前のように振る舞うその姿は、ひどく少女を傷つけた。
「お腹すいた…」
よろよろと建物の間の隙間に座り込む。
次の支給まで、後数時間。
空腹でどうにかなりそうだった。
どうして、私はここにいるんだろう。
病弱だけど優しい母親と、真面目で人が良い父親の間で生まれたナリアは、一人娘として大切に育てられた。
母が流行り病で倒れてからは家計が苦しくなり、父親は昼夜問わず働いていた。
夜更けにようやく帰って来たかと思ったら、翌朝早朝に仕事に出掛けていく。
父親が職場で倒れ亡くなったと聞いたその夜、彼女の母親も後を追うように息を引き取った。幼い彼女は一夜にして突然両親を失ったのだった。
それからは目まぐるしい日々だった。
親戚だと名乗る大人たちが尋ねて来たが、家に僅かに残っていた金目の物を奪っていっただけだった。
レイラというその少女は身寄りのない子どもたちが集まる孤児院に引き取られ、日々熱心に働いていた。
毎日、温かい食事が提供されるその時間だけが日々の楽しみだった。
けれど孤児院の状況は厳しく、毎日支給されていた食事は一日一回のみ、午前中だけになってしまった。
孤児院の仕事以外でも、レイラは新聞配達の仕事を始めた。
早朝は新聞配達、その後から孤児院での仕事をし、十分な食事もとれず栄養不足だったレイラは、他の子どたちよりも体が小さく、痩せ細っていた。
いつまで、この生活が続くのだろう。
空腹のお腹を抑えてうずくまっていると、ふと目の前に人の気配がした。
顔を上げると、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
時折、庭の剪定作業に来ていたマルクスという方だ。専門の庭師がおり、マルクスはその弟子として働いていた。
会話をしたことはないものの、何度かすれ違ううちになんとなくお互いの存在は認識していた。
そんな方が、どうしてここに?
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでも…」
お腹が空いているから座っていた、とは言えなかった。
ぐるるるるるっ!!
次の瞬間、とんでもなく大きなお腹の音が鳴った。思わずぐっとお腹を抑える。
「あのっ…これ、は」
恥ずかしい。
顔がじわじわと熱を帯びていく。
「…これを」
マルクスは手に持っていたパンをレイラに差し出した。
レイラは戸惑いながらもそれを受け取った。お腹がすいて、たまらなかったのだ。
「ありがとうございます」
「うん」
マルクスはレイラの隣に腰掛け、夢中でパンを頬張るレイラを優しい瞳で見つめていた。
その日以降、レイラとマルクスは孤児院で会うと自然と会話をするようになった。
マルクスはことあるごとに、レイラにパンやお菓子を差し入れしてくれる。
マルクスの生活も裕福ではないはずなのに、気にかけてくれる事がとても嬉しかった。
マルクスはレイラと同じく平民で、生活するために庭師の叔父の元で見習いをしているという。
両親とはもう会っていないそうだ。
「色々と、あったからな…」
マルクスの腕や首筋に鞭打ちのような跡が見え、なんとなくだが状況はわかる気がした。きっと、言葉にできないほど壮絶な日々だったのだろう。
「お前は、俺が怖くないのか?」
「怖い?どうして?」
こんなにも優しい人を、どうして怖いと思うの?
「いや…ほら。俺って笑わないし分かりにくいだろう?」
「うーん…」
確かに、マルクスが笑ったところをレイラは見た事がなかった。けれど、それを怖いと思ったことはない。
「全然、怖くないよ。あなたは優しい人だもん」
「そう、か」
マルクスの頬が僅かに赤く染まる。
幸せだった。
食事は変わらず一日に一度だけ。
新聞配達で貯めたお金でようやくパンを少し買えるようになったものの、それほど生活は変わらない。新聞配達も続けているし、状況は何一つ変わってはいなかった。
けれど、マルクスがいるだけで、それだけで幸せだった。
マルクスがいたから希望を持って生きることができたレイラにとって、マルクスが騎士として皇帝の騎士団に入隊することになったというニュースは、レイラの心を打ち砕いた。
同室で仲の良かったサシャは、新聞配達から帰ってきたレイラに慌てたように駆け寄り、そのニュースを伝えてきた。
「うそ…」
マルクスが、騎士になる?
もう、会えなくなってしまうの?
平民から騎士になることが容易ではないことは、レイラも理解していた。
ましてや皇帝の騎士団になるには、相当な実力も必要だ。
いつから…?
騎士になりたいなんて、今まで一度も聞いたことなんてなかった。
一体、いつからなの…?
街に出れば、同い年くらいの少年少女たちは親に手を引かれて楽しそうにショッピングを楽しんでいた。
綺麗な洋服を着て、レストランで美味しそうなご飯を食べている。
それが当たり前のように振る舞うその姿は、ひどく少女を傷つけた。
「お腹すいた…」
よろよろと建物の間の隙間に座り込む。
次の支給まで、後数時間。
空腹でどうにかなりそうだった。
どうして、私はここにいるんだろう。
病弱だけど優しい母親と、真面目で人が良い父親の間で生まれたナリアは、一人娘として大切に育てられた。
母が流行り病で倒れてからは家計が苦しくなり、父親は昼夜問わず働いていた。
夜更けにようやく帰って来たかと思ったら、翌朝早朝に仕事に出掛けていく。
父親が職場で倒れ亡くなったと聞いたその夜、彼女の母親も後を追うように息を引き取った。幼い彼女は一夜にして突然両親を失ったのだった。
それからは目まぐるしい日々だった。
親戚だと名乗る大人たちが尋ねて来たが、家に僅かに残っていた金目の物を奪っていっただけだった。
レイラというその少女は身寄りのない子どもたちが集まる孤児院に引き取られ、日々熱心に働いていた。
毎日、温かい食事が提供されるその時間だけが日々の楽しみだった。
けれど孤児院の状況は厳しく、毎日支給されていた食事は一日一回のみ、午前中だけになってしまった。
孤児院の仕事以外でも、レイラは新聞配達の仕事を始めた。
早朝は新聞配達、その後から孤児院での仕事をし、十分な食事もとれず栄養不足だったレイラは、他の子どたちよりも体が小さく、痩せ細っていた。
いつまで、この生活が続くのだろう。
空腹のお腹を抑えてうずくまっていると、ふと目の前に人の気配がした。
顔を上げると、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
時折、庭の剪定作業に来ていたマルクスという方だ。専門の庭師がおり、マルクスはその弟子として働いていた。
会話をしたことはないものの、何度かすれ違ううちになんとなくお互いの存在は認識していた。
そんな方が、どうしてここに?
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでも…」
お腹が空いているから座っていた、とは言えなかった。
ぐるるるるるっ!!
次の瞬間、とんでもなく大きなお腹の音が鳴った。思わずぐっとお腹を抑える。
「あのっ…これ、は」
恥ずかしい。
顔がじわじわと熱を帯びていく。
「…これを」
マルクスは手に持っていたパンをレイラに差し出した。
レイラは戸惑いながらもそれを受け取った。お腹がすいて、たまらなかったのだ。
「ありがとうございます」
「うん」
マルクスはレイラの隣に腰掛け、夢中でパンを頬張るレイラを優しい瞳で見つめていた。
その日以降、レイラとマルクスは孤児院で会うと自然と会話をするようになった。
マルクスはことあるごとに、レイラにパンやお菓子を差し入れしてくれる。
マルクスの生活も裕福ではないはずなのに、気にかけてくれる事がとても嬉しかった。
マルクスはレイラと同じく平民で、生活するために庭師の叔父の元で見習いをしているという。
両親とはもう会っていないそうだ。
「色々と、あったからな…」
マルクスの腕や首筋に鞭打ちのような跡が見え、なんとなくだが状況はわかる気がした。きっと、言葉にできないほど壮絶な日々だったのだろう。
「お前は、俺が怖くないのか?」
「怖い?どうして?」
こんなにも優しい人を、どうして怖いと思うの?
「いや…ほら。俺って笑わないし分かりにくいだろう?」
「うーん…」
確かに、マルクスが笑ったところをレイラは見た事がなかった。けれど、それを怖いと思ったことはない。
「全然、怖くないよ。あなたは優しい人だもん」
「そう、か」
マルクスの頬が僅かに赤く染まる。
幸せだった。
食事は変わらず一日に一度だけ。
新聞配達で貯めたお金でようやくパンを少し買えるようになったものの、それほど生活は変わらない。新聞配達も続けているし、状況は何一つ変わってはいなかった。
けれど、マルクスがいるだけで、それだけで幸せだった。
マルクスがいたから希望を持って生きることができたレイラにとって、マルクスが騎士として皇帝の騎士団に入隊することになったというニュースは、レイラの心を打ち砕いた。
同室で仲の良かったサシャは、新聞配達から帰ってきたレイラに慌てたように駆け寄り、そのニュースを伝えてきた。
「うそ…」
マルクスが、騎士になる?
もう、会えなくなってしまうの?
平民から騎士になることが容易ではないことは、レイラも理解していた。
ましてや皇帝の騎士団になるには、相当な実力も必要だ。
いつから…?
騎士になりたいなんて、今まで一度も聞いたことなんてなかった。
一体、いつからなの…?
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