5 / 19
4.頼もしい味方
しおりを挟む「落ち着いた?」
「はいっ、申し訳ございませんでしたっ」
メイドは前掛けで顔を拭うとすっくと立ち上がった。
改めて、彼女をよく見てみる。
歳は二十代前半だろうか、風の魔力を示す緑色の瞳をしているから貴族出身なのだろう。
「じゃあ、あなたの名前を教えてくれる?」
「グスッ……はい、私はナズと申します。お嬢様の専属になって八年になります」
ナズと名乗ったメイドは、まだ鼻を啜りながらも私の目をまっすぐ見て答えてくれた。
(この二人は本当に良い関係だったのね)
「よかった」
「……何が、でしょうか?」
まだ赤い目を私に向けて、ナズが不思議そうに尋ねる。
「だって、あなたはフェリハのことをよく知っているでしょう?」
「それはもちろんでございます!」
「だから、あなたがいてくれてよかったってことよ」
「うっ、ううっ、お嬢様ぁ!!」
せっかく泣き止んだのにまた泣かせてしまった。
「あのね、ナズ。私、なんにも分からないの。このエファンディ侯爵家のことも、学園のことも。それからもちろん、私自身のこともね」
「……はい」
「だから教えてほしいの。このフェリハ・エファンディという令嬢がどんな性格で、これまで一体どんな風に過ごしてきたのかをね」
「はい、お嬢様。おまかせください! このナズ、お嬢様の専属になって八年、勝手ながら姉になったような心持ちでお嬢様にお仕えして参りました。お嬢様が記憶を取り戻すその日まで、いや、たとえ記憶が戻らずとも私が傍でしっかりとお支え致します!!」
ふんす、と鼻息荒く決意表明するナズが今の私にはとても頼もしく思えた。
(少し羨ましいわ)
私にはこんなに親身になってくれるメイドはいなかったから。
「あっ、そういえばお嬢様、少々お待ちを……こちらなんですが、見覚えがありますか?」
ナズが何かを持って来たので、私は右手を差し出して受け取った。
「あ……」
手のひらにそっと乗せられた銀の指輪。
それを見て、言葉よりも先に私の目からは涙が零れ落ちていた。
「おっ、お嬢様!?」
ナズは胸のポケットから薄紅色のハンカチを取り出すと、慣れた様子で私の涙を拭ってくれた。
「……これを、どこで?」
私は右手の平に乗った指輪をギュッと握り込み、さらに左手で包むと、そのまま胸へと抱き込んだ。
「お嬢様が意識を失って学園から運ばれた日です。右手にきつく握りしめておいででした。お身体を整える際に失礼いたしまして、こちらに保管しておりました」
この指輪が今ここにあるということ。
こんな知らない場所、しかも別人の身体に放り込まれてしまった理由ってーー。
(私の身に何か起きたんだわ)
右手の平の指輪をもう一度見つめる。
指輪の内側には、『ミハイルからアイスンへ』と魔法文字が刻まれていた。
この指輪は、私のデビュタントによせてミハイル殿下が贈ってくださったアーティファクトだ。
『いつも身につけていて。絶対だよ』
メッセージと共に届けられて以来、私はこの指輪をネックレスにして肌身離さず身につけた。
(あの夜は指にはめて寝室に向かったはずなんだけど……)
つい記憶を辿ってしまい、こめかみにツキンと痛みが走る。
「うっ」
「お嬢様、無理はなさらないでください」
ナズが心配して私の顔を覗きこんでくる。
でも彼女が心配しているのは、この身体の主であるフェリハなのだ。
「……ごめんね、ナズ」
思わず謝ってしまった私に、ナズは一瞬驚いたように目を見開いた。けれどすぐに眉尻を下げて微笑んでくれた。
「大丈夫ですよ、お嬢様。焦らず行きましょう!」
両手で拳を握りしめ、私を力付けるように言葉をかけてくれる。
そんな様子からもフェリハとナズの距離感が伺えて、私はなんだか居た堪れない気持ちになった。
(私はアイスン・セダ・スミュルナ)
四日前、神の御前で誓いを立て正式にスミュルナの、ミハイル皇太子殿下の妃となった。
そもそも殿下は、私の身を守るためにこのアーティファクトを贈って下さったはずだ。
「ナズ、これをネックレスにしたいの」
「では、チェーンが必要ですね!」
明るく微笑んでくれるナズの存在が、今の私にはとても心強かった。
16
あなたにおすすめの小説
番など、今さら不要である
池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。
任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。
その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。
「そういえば、私の番に会ったぞ」
※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。
※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる