リプレイスメント〜目覚めたら他国の侯爵令嬢になってました〜

ことりちゃん

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4.頼もしい味方

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「落ち着いた?」
「はいっ、申し訳ございませんでしたっ」

 メイドは前掛けで顔を拭うとすっくと立ち上がった。

 改めて、彼女をよく見てみる。
 歳は二十代前半だろうか、風の魔力を示す緑色の瞳をしているから貴族出身なのだろう。

「じゃあ、あなたの名前を教えてくれる?」
「グスッ……はい、私はナズと申します。お嬢様の専属になって八年になります」

 ナズと名乗ったメイドは、まだ鼻を啜りながらも私の目をまっすぐ見て答えてくれた。

(この二人は本当に良い関係だったのね)

「よかった」
「……何が、でしょうか?」

 まだ赤い目を私に向けて、ナズが不思議そうに尋ねる。

「だって、あなたはフェリハのことをよく知っているでしょう?」
「それはもちろんでございます!」

「だから、あなたがいてくれてよかったってことよ」
「うっ、ううっ、お嬢様ぁ!!」

 せっかく泣き止んだのにまた泣かせてしまった。

「あのね、ナズ。私、なんにも分からないの。このエファンディ侯爵家のことも、学園のことも。それからもちろん、私自身のこともね」
「……はい」

「だから教えてほしいの。このフェリハ・エファンディという令嬢がどんな性格で、これまで一体どんな風に過ごしてきたのかをね」
「はい、お嬢様。おまかせください! このナズ、お嬢様の専属になって八年、勝手ながら姉になったような心持ちでお嬢様にお仕えして参りました。お嬢様が記憶を取り戻すその日まで、いや、たとえ記憶が戻らずとも私が傍でしっかりとお支え致します!!」

 ふんす、と鼻息荒く決意表明するナズが今の私にはとても頼もしく思えた。

(少し羨ましいわ)

 私にはこんなに親身になってくれるメイドはいなかったから。

「あっ、そういえばお嬢様、少々お待ちを……こちらなんですが、見覚えがありますか?」

 ナズが何かを持って来たので、私は右手を差し出して受け取った。

「あ……」

 手のひらにそっと乗せられた銀の指輪。   
 それを見て、言葉よりも先に私の目からは涙が零れ落ちていた。

「おっ、お嬢様!?」

 ナズは胸のポケットから薄紅色のハンカチを取り出すと、慣れた様子で私の涙を拭ってくれた。

「……これを、どこで?」

 私は右手の平に乗った指輪をギュッと握り込み、さらに左手で包むと、そのまま胸へと抱き込んだ。

「お嬢様が意識を失って学園から運ばれた日です。右手にきつく握りしめておいででした。お身体を整える際に失礼いたしまして、こちらに保管しておりました」

 
 この指輪が今ここにあるということ。
 こんな知らない場所、しかも別人の身体に放り込まれてしまった理由ってーー。

(私の身に何か起きたんだわ)

 右手の平の指輪をもう一度見つめる。
 指輪の内側には、『ミハイルからアイスンへ』と魔法文字が刻まれていた。


 この指輪は、私のデビュタントによせてミハイル殿下が贈ってくださったアーティファクトだ。

『いつも身につけていて。絶対だよ』

 メッセージと共に届けられて以来、私はこの指輪をネックレスにして肌身離さず身につけた。

(あの夜は指にはめて寝室に向かったはずなんだけど……)

 つい記憶を辿ってしまい、こめかみにツキンと痛みが走る。

「うっ」
「お嬢様、無理はなさらないでください」

 ナズが心配して私の顔を覗きこんでくる。
 でも彼女が心配しているのは、この身体の主であるフェリハなのだ。

「……ごめんね、ナズ」

 思わず謝ってしまった私に、ナズは一瞬驚いたように目を見開いた。けれどすぐに眉尻を下げて微笑んでくれた。

「大丈夫ですよ、お嬢様。焦らず行きましょう!」

 両手で拳を握りしめ、私を力付けるように言葉をかけてくれる。
 そんな様子からもフェリハとナズの距離感が伺えて、私はなんだか居た堪れない気持ちになった。

(私はアイスン・セダ・スミュルナ)

 四日前、神の御前で誓いを立て正式にスミュルナの、ミハイル皇太子殿下の妃となった。

 そもそも殿下は、私の身を守るためにこのアーティファクトを贈って下さったはずだ。
 
「ナズ、これをネックレスにしたいの」
「では、チェーンが必要ですね!」

 明るく微笑んでくれるナズの存在が、今の私にはとても心強かった。

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