芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

54話

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 獣人の男は夢を見ていた。直感的に今見ているのは夢だと理解した。

 男は昔自分が一番輝いていた時に遡っていた。毎日通った宮廷。修繕が進んだ今の様子とは違って塗装が少し褪せている。

 廊下にぽつんと立っていた男は後ろから肩を叩かれる。振り返るとそこには何十年もあっていない旧友が笑顔でいた。

「“晋奏シンソウ”、どうした? 早く行かないと遅刻するぞ」

 男――晋奏は友のからかうような笑顔に猛烈に泣きたくなった。今はもう見ることの出来ない、見る権利なんてない笑顔。

「王琳――」

 そう晋奏が口を開いた時、肩が尋常じゃない強さで握られる。痛みに驚き王琳を見ると先程までの笑顔は消え去り凍てつく視線で晋奏を射抜いた。

「良く私の前に姿を現せたな。自分が何をしたのかわかっているのか!」

 晋奏は先程とは違う涙が溢れそうになる。恐怖が身体の底から晋奏を包み込む。耐えきれずに口からは情けない悲鳴が漏れていた。
 尻もちを付いて目を強く閉じた。すると王琳の気配が無くなったことを感じ恐る恐る目を開ける。

 次に目の前に広がっていたのは田舎から出てきた自分が借りた小さな自宅だった。
 王琳の目線から逃れることが出来た晋奏はほっと一息をつく。しかし心が休まるまもなく次は自宅の扉がけたたましい音を立てた。

「おい!! 帰ってるのはわかってんだ、さっさと出てこい!!」
「返済期限はとっくに過ぎてんだぞ! 逃げようとしたら地の果てまで追いかけてでも返してもらうからな」

 晋奏は近くにあった布団にくるまり自分の気配を殺す。もうすっかり夢だということも忘れて心は当時に戻っていた。早く去ってくれ、と繰り返し心の中で祈ると借金取りは舌打ちをして去って行った。

 布団から頭を出すとそこには一枚の紙切れが落ちていた。そこには借用書と金五十両の文字。晋奏はその紙を震える手で持つ。

「こんなはずじゃ……なかったのに」

 震える手には力が入り紙に皺をつくる。その時握っていたはずの紙がいつの間にか銀貨に変わっていた。

 周りはゴロツキや目をギラギラさせて食い入るように丁半の賭けをしている。
 そうだ、自分も賭けなければ――。

「丁だ!」

 自然と口から零れる言葉。息が荒くなるのが分かる。このヒリヒリとした興奮、自分の経験と勘で金を勝ち取る快感。
 ダメだと頭のどこかで必死に叫ぶ声がする。しかしもう目の前の賭けから手を引くことが出来ない。

「勝負」
 
 ツボ振りが被せていた茶碗をどかす。

「イチニの半!」

  外れたと理解した時、魂が抜けるような感覚だった。さっきの銀貨はなけなしの金だった。借りた金の最後の銀貨。
 自分の元から取られていく銀貨を見つめていると首元に太い腕が周り首を絞められる。晋奏の顔の横にぬっと借金取りの顔が寄せられた

「おい兄ちゃんよお。返すもんも返さねえで何楽しんでんだ? ――ふざけてんじゃねえぞ!」

 思い切り殴り飛ばされて、背中を強く地面に打つ。息ができなくなるほどの衝撃に晋奏はのたうち回った。
 景色は真っ暗な細い路地裏になっていた。

「今すぐ返せねえんだったらケジメぐらいつけてもらわなくちゃ割に合わねえな」
「ケ、ケジメ……?」
「その耳と尾の毛皮売ったら多少の金にはなるだろうが」
「ヒッ――!! そ、それだけは勘弁来てください! できるだけすぐに金は作りますから!」

 借金取りの言葉を理解した時どばっと冷や汗が全身から溢れ出る。どうにかやめてもらおうと頭を地面に擦りつけ土下座する。

「うあっ!」
「世の中そんなに甘くねえ。恨むんなら過去の自分を恨むんだな」
 
 しかしそんな願いも虚しく荒々しく耳を掴まれ男の手には小刀が握られていた。
 どんどん耳元へ近づく刃に目を逸らしたいという思いとは裏腹に全く目が離せない。

 そして忘れられない痛みが晋奏の体を襲った――。


「うわぁぁぁあああ!!」







 ハッと目を覚ました晋奏の息は切れて、寝巻きはぐっしょりと汗に濡れていた。
 窓の外を見るとしとしとと雨が降っている。雨の日は傷が良く疼く。
 治っているはずの耳元と尾てい骨の辺りがズキズキと鈍痛を伴っていた。

 晋奏は思い足を引きずり水を飲もうと厨へと向かった。すると後ろから同じ屋敷に下宿するもう一人の男が声をかけてくる。

「大丈夫? 随分魘されていたようだけど」
「……すいません、起こしてしまいましたか」

 ひきつる表情筋を頑張って動かして微笑みを作る。

「ううん、読みたい本があったから起きてただけ。気にしないで」
「ありがとうございます。でも夜更かしは身体に良くないですから。早く休んでくださいね」
「わかった。君もゆっくり休んでね」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
「おやすみ、

 男が部屋に戻ると繕っていた微笑みを消し再び晋奏――宇民は歩き出した。

 
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