芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

文字の大きさ
70 / 114
動乱

70話

しおりを挟む


 王琳の執務室を後にした飛龍は、とりあえずの難所を超えたことに胸を撫で下ろした。
 王琳に宣言したからには出来れば宴の前に蓮花に会う時間を作らねばと考えながら廊下を歩く。すると向こうの方から駆け足でこちらにくる雲嵐に気づく。

「飛龍様、お耳に入れたい事が」
「どうした」

 雲嵐に問いかけたが場所が悪いのか、飛龍の部屋へと連れられた。
 部屋についた二人は人払いをして鍵を閉める。今の状況では侍女や侍従の中に敵の手の者がいてもおかしくないので用心を重ねている。

「先程、内偵から報告がありました。皇帝陛下の毒見役のことです。二ヶ月ほど前に五年程勤めていた者が急に辞職したいと言い出したらしく、新しい毒見役に変わっていました」
「前の毒見役はなぜ急に辞めると?」
「それが上役が聞いたところ故郷に帰らねばならなくなったとか。少し様子がおかしかったとの事ですが、無理に引き止めることも出来なかったので辞職を認めたと」

 毒見役は滅多に変わることは無い。長年同じ者を使うことで異変が起きた際に、体質のものなのか毒が混入したのか分かるようにするためだ。
 毒見役を頻繁に変えてしまうと、体質や背後関係を洗うのに人的、時間的負担が大きい。もちろん定期的な身辺調査は行うように決められている。
 五年前の交代の際は前任の者が高齢のため前もって後任者を探していた。着任の際にもきちんと身辺が怪しくないか調査は行っている。

 しかし毒見役が変わったという報告はこちらの方にまで回ってきていない。上役は報告は必ずしたと言っているし、代々皇族に仕えている家系なので虚偽ではないだろう。

 
「どこかで情報が消されたか……。新しい毒見役の身辺調査は?」
「はい。緊急で調査しましたが怪しい所は特にありませんでした。むしろ綺麗すぎるくらいです。工部侍郎の弟の家に下宿して、出稼ぎに来ているとの事ですが……」
「なんだ?」
「故郷だと話している村に行きましたが誰もそいつの事を知らなかったそうです。村の住人が年月で入れ変わったのかと思いましたがどうやらそれも違うそうです」

 書類上の記録と実際の情報が合わないなんて時には大概ろくな理由じゃない。飛龍は思わずため息をついた。

「――作られた人物か。何かしらの理由で全く違う人物になりすましているんだろう。脅されているのか、金か、それとも心から反旗を翻したいのか」
「毒見役は、宇民と名乗っており中年の痩せ型の男性で同僚からは穏和で人当たりがいいと評判は高いそうです」

 雲嵐は内偵からの報告書であろう紙を見ながら報告を続ける。
 飛龍は蓮花に会いにいく時間を作りたい反面、この報告を軽んじる訳にも行かずやけくそ気味に口を開いた。

「宇民と話がしたい。出来るだけ早く連れてこい」
「飛龍様が直接お会いになるんですか? それは少し無茶かと」
「無茶でもやらねば仕方が無い。心配するな、自分の身くらい自分で守れるくらいには鍛えている。日にちが決まったら教えてくれ」

 雲嵐はこう言い出した飛龍が聞かないことは過去の体験からわかっているので、やれやれと聞こえそうな顔で頭を下げた。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
【現在休載中】 次回更新は12月2日を予定しています。 妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。 ​彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。 ​劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。 ​しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

召しませ、私の旦那さまっ!〜美醜逆転の世界でイケメン男性を召喚します〜

紗幸
恋愛
「醜い怪物」こそ、私の理想の旦那さま! 聖女ミリアは、魔王を倒す力を持つ「勇者」を召喚する大役を担う。だけど、ミリアの願いはただ一つ。日本基準の超絶イケメンを召喚し、魔王討伐の旅を通して結婚することだった。召喚されたゼインは、この国の美醜の基準では「醜悪な怪物」扱い。しかしミリアの目には、彼は完璧な最強イケメンに映っていた。ミリアは魔王討伐の旅を「イケメン旦那さまゲットのためのアピールタイム」と称し、ゼインの心を掴もうと画策する。しかし、ゼインは冷酷な仮面を崩さないまま、旅が終わる。 イケメン勇者と美少女聖女が織りなす、勘違いと愛が暴走する異世界ラブコメディ。果たして、二人の「愛の旅」は、最高の結末を迎えるのか? ※短編用に書いたのですが、少し長くなったので連載にしています ※この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

処理中です...