芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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動乱

76話

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 賭博場に通い始めてから晋奏の生活は見る見るうちに堕落していった。
 つい数ヶ月前までは親友と共に国のため真面目に働いていたのに、人が堕ちていくのは一瞬だ。

 もう善悪の境界がなくなってきた頃、晋奏の借金は金五百両にも登っていた。胴元から追加で金を借りようと頼みに来たが、胴元は出会った頃の笑顔は消え去り鋭く晋奏を睨みつける。

「もうおめぇには金は貸せねえよ。儲けも出ねえし、ちっとも返す気配がねえ。こっちは慈善事業でやってんじゃねえんだよ! 帰れ!」
「おい! 待ってくれよ! いくらになったら貸せねえだなんてきいてねえよ!」

 借り入れの上限があるなんて聞いていなかった晋奏は勢いよく閉められた扉を叩く。しかし全く開く気配のない扉に諦め、叩く手を止める。

 残された晋奏の元にある金は皮肉にもあの日、初めて賭博場に賭けた金額と同じだった。
 あの時は負けてしまったが、次こそは――。晋奏の思考から真っ当に働いて返すという選択肢は浮かび上がらなかった。

 そして丁半の賭けに参加し、全財産を叩きつける。壺振りが出目を見せる動作がやけに遅く感じる。晋奏は目を皿にして見つめた。






 晋奏はずりずりと足を引きずりながら道を歩く。その手には朝握られていた金はなかった。晋奏は賭けに負けたのだ。晋奏はこれからどうすればいいのだとぼうっとしながら足を進めていると後ろから借金取りが襲いかかってきた。

 それからはあの悪夢の通り。借金を返さない晋奏に業を煮やした胴元が部下を晋奏に差し向けて、晋奏の耳と尾を切り取った。

 晋奏は獣人としての誇りも踏みにじられ地面に這いつくばっていた。痛みのあまり意識が黒く暗転する。



 気がつけば晋奏は上等な寝台に寝かせられ、手当をされた状態になっていた。
 自分の身に何が起こったのか分からず訝しげに室内を観察していると、扉から獣人の男が入ってくる。

 その男はいつからか晋奏に目をつけていたらしく、晋奏の借金を肩代わりしてきたと告げた。
 突然現れた男がなぜ自分の借金を肩代わりしたか分からず困惑する晋奏。男は笑って続けた。

「正確にはお前の借金を肩代わりする代わりに、その金でお前を買ったんだ。これからお前の命は私の物だ。」

 まあ、一歩遅く制裁を下されたようだが――と嘲笑しながら呟く男。

「何を勝手に……俺は肩代わりしてくれなんて頼んでいない!」
「なら今すぐ金を用意できるのか? できるのであれは解放してやるが」
「っそれは……」
「お前は一度ここで死んだんだ。晋奏としての人生はここで終わりなんだよ。私がお前の新しい主で、お前は私の野望のために働いてもらう」

 晋奏に今すぐ借金の金が用意できる訳もなく、男に反論することも出来なかった。
 晋奏は逃げてしまおうかと夜通し悩んだ。しかし男の屋敷にいるとご飯は三食きっちり出てきて、風呂だって入れる。
 そんな生活を何日もしていくうちにあの借金地獄に戻る気力はすっかり失せてしまった。
 そうだ、自分は母も死んで晋奏という人生にはもう未練はないじゃないか。この男の言う通り新しい人生を送ってもいいんじゃないか。
 また晋奏の心の悪魔が囁いた瞬間だった。
 脳裏に浮かぶ親友の笑顔に見ないふりをして。

 
 こうして晋奏は新しく宇民という名をもらい、その男の手下として生活を始めた。
 そして宮廷に潜り込み、皇帝の食事に毒性の葉物を混ぜ続けるという大罪を犯してしまった。

 
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