芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥

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94話

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 正妃選びの宴で飛龍が倒れた数日後。紅龍から渧淳へと文が届けられた。
 
 渧淳は文を開き読み始める。

【昨日、兄上が身罷られ、その一報を聞いた父上も後を追うように先ほど息を引き取りました。
今こそ私たちが国主になることを知らしめる時です。明日の朝議ちょうぎで梠尚書――いえ、義父上が私の後見となり母上と結婚すると大々的に発表いたしましょう。明日の朝議には母上も参加していただきます。返事は不要です。】

 渧淳は興奮で手が震えた。
 ――死んだのだ。少しの間とはいえ紫僑の夫という立場にいた男が。
 この国を牛耳っていた男が。息子とともに死んだのだ。
 渧淳は予想していたよりも少し早かった二人の死に安堵の息を漏らす。いくら綿密に買収や計画を進めていても最後まで気を抜くことはできなかったからだ。

 渧淳は明日の朝議が自分と紫僑の記念する日になると思うと夜が明けることが待ち遠しくて仕方なくなった。







「どういうことよ!! 陛下が、泰龍様が身罷られるなんて!!」

 渧淳が胸を高鳴らせる一方、後宮では嵐が吹き荒れていた。
 紅龍が泰龍の訃報を知らせに紫僑の元へと訪れたのだ。
 泣き崩れる主に慌てて近寄ろうとした侍女は力任せに突き飛ばされてしまう。よろよろと立ち上がった紫僑は紅龍へと掴みかかる。

「なんのためにお前を見舞いに行かせていたと思ってる! 私が助けて差し上げるはずだったのに――っこのマヌケ!」

 紫僑は振り上げた手を紅龍に向かって振り下ろす。周りの侍女たちはいつもよりひどい癇癪に震え部屋の片隅で固まっている。
 殴られるかと思われたが、一向に殴打の音は聞こえなかった。
 今までされるがままの紅龍が紫僑の腕を掴んで止めている。

 紫僑は驚き、そして慌てた。掴まれている腕を振りほどこうとするが紅龍の腕はびくともしない。ただの子供とは思えない力に呆気にとられていると、その腕が引かれ紅龍の顔が耳元へ近づく。

「母上が流れに身を任せていらしたら、望むことが起こるやもしれません」

 囁かれた言葉を理解した紫僑はそれまでの勢いは消え、座り込む。そして両手で顔を覆った。侍女たちに察せられないよう頭の中で必死に考える。

 私の望むこと――すなわち泰龍様の正妃になること。それが起こるかもしれないという事は、泰龍様はまだ生きてらっしゃる!

 紫僑は歓喜の涙が零れた。
 しかし周りの侍女は悲しみの涙がまた溢れたと勘違いしたのか、おいたわしい、という言葉が漏れ聞こえた。
 むしろその方が紫僑にとっては都合がいい。

 紅龍がこっそりと紫僑に伝えたということはまだ周りに知らせてはまずいということだろう。
 泰龍の言う通り、このまま流れに任せれば泰龍の邪魔にはならないということ。
 紫僑は泰龍が自分を頼りにしてくれているのだと解釈した。

 未だ床に座り込んだままの紫僑を紅龍は冷めた目で見下ろしていた。

「明日の朝議には母上にも出席していただきます。兄上がいなくなった今、私が次の皇帝ですから」

 きっと泰龍は後継者を紅龍にするための計画を今遂行しているところなのだろう。
 明日が過ぎれば私は正妃に――たった一人のあの方の妻になれる。

 紫僑の心は先程までとは打って変わって高鳴っていた。しかしそれを察知されないよう、下を向いたまま小さく了承の返事を返した。

 紅龍が退出した後、侍女には悲しみに暮れている振りをしながら寝台にはいった。

 早く明日が来ればいいのに――。そう思いながら紫僑は輝く未来へ思いを馳せながら目を閉じた。


 
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