聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

文字の大きさ
36 / 41

第36話 突然の暴走事件

しおりを挟む
「大変です、ノエラ様!」

 エミリーの慌てた声が協会の建物に響いた。私は急いで声のする方へ向かう。

「傷ついた市民が協会に助けを求めて逃げてきました!」

 協会の入り口には、息を切らし、傷だらけになった数人の市民が倒れ込んでいた。

「任せて」
「お願いします」

 私は急いでその人たちのそばに駆け寄り、応急処置をしていたエミリーに代わって治癒魔法を発動させる。温かい光が彼らを包み、傷が徐々に癒されていく。

 とりあえずの応急処置が完了した。これで命に別状はない。だが、一体何が起きたのだろうか。私は彼らに尋ねた。

「大丈夫ですか? 何が起きたのですか?」

 落ち着きを取り戻した市民の一人が、震え声で答えた。

「広場で神殿の神官のような奴らが突然、暴れ出したんだ。建物を壊して、人を襲って……もう、滅茶苦茶だった!」

 神殿の神官が暴れている? 一体何が起きているというのだろう。私は即座に立ち上がった。

「皆さん、ここで待機して。逃げてきた人たちは保護して。私は様子を確認してきます」

 集まってきていた協会のメンバーに指示を出し、私は協会を飛び出した。自分の目で確かめるため、事件が起きているという広場に向かう。

 逃げ惑う人たちの波をかき分けて広場に着くと、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 見慣れた神官服を着た男たちが狂ったように暴れ回っている。傷ついて倒れている市民、崩壊する建物。石畳は割れ、噴水は破壊され、周囲の建物が崩れており、建物の破片が散らばっている。そして、その中心で理性を失ったように暴れ続けている人影がいた。

「あの人たちは……」

 見覚えのある顔だった。神殿の老賢者たちだ。けれど、彼らの様子は明らかにおかしい。目は血走り、口からは泡を吹いている。まるで野獣のように咆哮を上げながら、手当たり次第に魔法を放っている。

 私は急いで倒れている市民に駆け寄り、治癒魔法をかけながら状況を把握しようとした。しかし、老賢者たちの一人が私に気づき、問答無用で攻撃魔法を放ってくる。

「きゃあっ!?」
「っ! 大丈夫、落ち着いて」

 近くにいた女性が叫ぶ。彼女を庇いながら、私は防御魔法で攻撃を受け止めた。だが、その威力は尋常ではない。私の知っている彼らの実力では、こんな強力な魔法なんて使えないはず。なのに、迫る魔法の威力は脅威だった。気を抜けば、危ない。

「もしかして、薬による凶暴化なの?」

 彼らの能力が異常に強化されている理由に心当たりがあった。意識も完全に暴走状態で、理性が完全に失われているようだ。このままでは、敵を気絶させるのも危険。意識を失っても暴走を続けて、最悪の場合、死に至る可能性があるから。

 私は市民を守りながら、安全に逃げられるよう援護を続けた。だけど、相手は複数人で暴れ回っている。しかも、無理に止めようとすれば、彼らの命が危ない。簡単には止められない。

 覚悟を決めて、敵を止めないといけないのか。殺してしまうかもしれない、けれど――。


「うわぁぁぁっ!?」

 一瞬の躊躇いの隙に、守っていた市民の一人が恐怖で混乱したのか、私の制止を振り切って飛び出してしまった。

「そこは、危険です! 避けて!」

 タイミングが最悪だった。老賢者の一人が、強力な攻撃魔法を放とうとしている。その射線上に市民が飛び込もうとしている。

「危ない!」

 恐怖に駆られた市民を守るために私が駆け出そうとした瞬間、別の人影が素早く割って入った。

「アレクシス!」

 アレクシスが市民を抱えて安全な場所まで運んでくれた。その直後、一瞬前に彼がいた場所に強烈な魔法が炸裂する。彼が助けてくれなかったら、危なかった。

「こっちは、大丈夫だ!」

 アレクシスが私に向かって叫ぶ。そして、彼の後ろからナディーヌとエミリーも現れた。

「あの者たちを止めてください、ノエラ様! 傷ついた方々の安全確保と敵からの守りは我々にお任せを!」
「その間に、ノエラ様はあいつらを止めることに集中してください!」

 ナディーヌとエミリーの力強い声が響く。二人とも剣と杖を構えて、市民たちを守る構えを見せている。考える前に、私は行動を始めていた。

「わかった! そっちは、お願いっ!」

 仲間たちがいれば、私は魔法に集中できる。敵を止めるための魔法に。深く息を吸い、意識を集中させた。

 暴走した老賢者たちに向かって、私は封印の応用魔法を発動させる。意識の奥底に働きかけて、凶暴化の効果を抑制しながら、意識を鎮静化させる魔法だ。彼らの動きが鈍くなり、やがて魔法の光と共に地面に崩れ落ちた。

 暴れていた者たちは、今は眠ったように倒れている。誰も死んでいない。

「ふぅ」

 広場に静寂が戻った。どうにか事態を収めることに成功した。けれど、街の様子は酷いものだった。建物は破壊され、怪我人も多数出ている。被害は甚大だ。

 暴れていた者たちは、どうしてこんなことをしたのだろうか。神殿は、どれだけ関わっているのだろうか。罪のない市民を襲うなんて、あまりにも酷すぎる。

「遅かったか!」

 振り返ると、アンクティワンとジャメル、そして見覚えのない貴族らしき男性が駆けつけてきた。惨状を見て、アンクティワンが悔しそうに拳を握りしめている。

「アンクティワン」

 呼びかけると、彼らが私の近くにやって来た。

「無事ですか、ノエラさん」

 アンクティワンが心配そうな表情で無事を確認してきたので、大丈夫だと頷く。そして、彼の横に立つ男性に視線を向ける。

「ノエラさん、事態を収めていただき感謝する。被害は大きいが、これだけで済んだのは貴女のおかげだろう」

 貴族らしい男性に感謝の言葉を伝えられ、私は答えた。

「いいえ。私は市民の方々を助けたいと思って動いただけです」
「私はルシウス子爵。実は、この事件について重要な情報を掴んでいるので、巻き込まれてしまった君たちにも真実を伝えないといけない」

 ルシウス子爵と名乗った彼は周囲を見回し、声を低めて続けた。

「これは、エリック王が仕組んだことだ」
「え?」

 まさか、という思いが胸を駆け巡る。

「詳しい話は、市民の方々の保護を終えてからの方がよろしいでしょう」
「そうだな。頼む」

 ジャメルの言葉に、ルシウス子爵が頷く。そして、みんなで協力して市民たちの保護と治療を完了させた。

 暴れていた男たちも捕まえて、連行されていく。

 それから私たちは、ルシウス子爵の屋敷に移動して詳しい事情を聞いた。

「王は神殿の老賢者たちに最後の機会として、この事件を起こすように指示を出したようだ。そして、神殿の連中は薬を服用して暴れ回った。意図的にこの騒動を引き起こさせた。そして王は、協会に事態を解決してもらった後、その功績を理由として協力を要請するつもりだったのだろう」

 ジャメルとアンクティワンに視線を向けると、彼らも事態を把握しているようで、頷いていた。どうやら、それが真実らしい。

 今回の騒動が起きたこと、そして事態を収めることまで計画されていた。その後の展開についても、エリック王が計画を立てているなんて。それを聞いて私は言葉を失った。あの男が、こんな手の込んだ陰謀を。

「すべての責任を神殿に押し付けて、最終的に協会を自分の配下に組み込もうという算段なのだろう。自分の思惑通りに事を進める計画だった」
「神殿は罪のない市民を巻き込んで、そんなことを……」

 ジャメルが険しい表情で続ける。

「今頃、王宮では『協会の素晴らしい活躍』を讃える準備が整っているでしょう。そして問題なのは、神殿の連中はまだ全滅していないということです。各地で再び同じような騒動を起こす可能性が高い。それを阻止するために、正式な協力要請という名の命令が下されるはずです」

 私は拳を握りしめた。国民を危険にさらしてまで、自分の思い通りにしようとするなんて。

 これが、王のやり方なのか。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

婚約破棄された地味伯爵令嬢は、隠れ錬金術師でした~追放された辺境でスローライフを始めたら、隣国の冷徹魔導公爵に溺愛されて最強です~

ふわふわ
恋愛
地味で目立たない伯爵令嬢・エルカミーノは、王太子カイロンとの政略婚約を強いられていた。 しかし、転生聖女ソルスティスに心を奪われたカイロンは、公開の舞踏会で婚約破棄を宣言。「地味でお前は不要!」と嘲笑う。 周囲から「悪役令嬢」の烙印を押され、辺境追放を言い渡されたエルカミーノ。 だが内心では「やったー! これで自由!」と大喜び。 実は彼女は前世の記憶を持つ天才錬金術師で、希少素材ゼロで最強ポーションを作れるチート級の才能を隠していたのだ。 追放先の辺境で、忠実なメイド・セシルと共に薬草園を開き、のんびりスローライフを始めるエルカミーノ。 作ったポーションが村人を救い、次第に評判が広がっていく。 そんな中、隣国から視察に来た冷徹で美麗な魔導公爵・ラクティスが、エルカミーノの才能に一目惚れ(?)。 「君の錬金術は国宝級だ。僕の国へ来ないか?」とスカウトし、腹黒ながらエルカミーノにだけ甘々溺愛モード全開に! 一方、王都ではソルスティスの聖魔法が効かず魔瘴病が流行。 エルカミーノのポーションなしでは国が危機に陥り、カイロンとソルスティスは後悔の渦へ……。 公開土下座、聖女の暴走と転生者バレ、国際的な陰謀…… さまざまな試練をラクティスの守護と溺愛で乗り越え、エルカミーノは大陸の救済者となり、幸せな結婚へ! **婚約破棄ざまぁ×隠れチート錬金術×辺境スローライフ×冷徹公爵の甘々溺愛** 胸キュン&スカッと満載の異世界ファンタジー、全32話完結!

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」 学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。 そこに聖女であるアメリアがやってくる。 フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。 彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。 短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。

堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。

木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。 彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。 そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。 彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。 しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。 だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。

処理中です...