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第6章 姉妹喧嘩編
第43話 キッカケのプリン
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紗綾姉さんの視線が、僕の顔に向けられた。先ほど右腕で顔を拭った後だったので頬に涙は流れていなかったけれど、まだ目が赤く涙目になっているだろう。そんな僕に向かって沙希姉さんが慌てた様子で頭を下げて謝っている状況。間違いなく、勘違いされる。
「ち、違う──」
「何をやっているの、って聞いてるの。答えなさい!」
沙希姉さんが弁明しようと慌てて声を上げるが、その声に被せるように紗綾姉さんが再び鋭い声を発した。
紗綾姉さんが僕たちの状況を見て何を考えたかはわからないけれど、悪い状況だとしか想像が働かないだろう。僕に対して沙希姉さんが何かをして泣かせたように見えてしまう。
沙希姉さんと紗綾姉さんの仲が修復不可能になってしまうかもしれない。
まただ。また、僕の行動が原因で。そんな想像をすると悲しくなって涙腺が緩んで涙が流れ出してしまっただけ。悪い状況を想像してしまったのが一番の原因で、僕が弱いのが悪いのだ。
紗綾姉さんが沙希姉さんを暗い瞳で睨むようにして見ていることに、僕の心は更に沈んだ。このままでは、彼女たち二人の仲に決定的な溝ができてしまう。そう考えると、また心が苦しくなって涙が出そうになる。だが、一度深呼吸して涙が流れ出るのを我慢した。
この世界に転移してきて以来、なぜか感情が揺れ動きやすくなっていて涙腺も緩くなっていることを、今更ながらに自覚させられた。でも今は、そんな事を考えている暇はない。この状況を何とかしなければならない。
これ以上、状況を悪化させるわけにはいかない。そのために、僕はどうすれば良いのか。頭をフル回転させて、突破口を見つけ出す。
姉妹はお互いを睨み合って、一方は強気に、そしてもう一方は弱気に。言葉は発していないが、衝突寸前の緊張感が廊下に張り詰めている。
「紗綾姉さんに沙希姉さん! 僕の作ったお菓子を食べない?」
強引に提案してみた。場所を移動して落ち着いて、話し合おう。それが最初の目的だったはず。間違いないようにする。
「え?」
「……」
今日の夕食後に出そうと思って作り置きしていたプリンのことだ。僕の作った朝ご飯や夕ご飯を、いつも美味しそうに食べてくれる姉たち。食べ物を使って今の状況を変えることはできないか、席につかせて二人に話し合いをさせることはできないかと考えて、提案してみた。
「どう?」
二人の反応を伺った。悪くなさそうだ。
「……食べる」
「食べるわ」
沙希姉さんは少し気力を失ったような様子で、紗綾姉さんは沙希姉さんを睨み続けながらも、それぞれ返事をしてくれた。
ここまでは想定外だけど、とりあえず二人を一緒に誘うことはできた。ただ、今の二人の険悪なムードを一旦落ち着かせられないかと思いながら、一階に降りることにした。
二階から降りてきて、ダイニングへやって来た僕たち三人。今家にいるのは、僕と沙希姉さん、紗綾姉さん、そして葵の四人だけ。葵は学校から帰ってきて部屋にこもっているが、それはいつものことなので心配はない。春姉さんはアルバイトで、香織さんは仕事だ。四人しかいない家は、静まり返っていた。
「二人は、そこに座って。すぐ持ってくる」
僕が先導し、二人には椅子を指差して座るように指示する。昨日作って熱を取るために冷ましておいた手作りのプリンを冷蔵庫から取り出し、二人に食べてもらうために最後の仕上げをする。同時に飲み物も用意しようとキッチンで動き回りながら、ダイニングに座らせた二人を観察した。
「……」
「……」
二人だけで話し合いが始まれば良いけれど、両方とも黙って互いを見ているだけなので、放っておいたら喧嘩し始めるかもしれないから目を離せない。
視線を離さずに素早くプリンと飲み物の準備を終えて、キッチンから戻って来る。とりあえず、まだ何も起きていない。気は休まらないが。
「どうぞ」
「「…」」
二人の目の前にプリンを出してみたが、反応は薄い。やっぱり無理やり座らせたのは失敗だったのだろうかと、思い始めてしまった。
家の中はしんと静かになって、しばらくの時間が流れた。紗綾姉さんがスプーンを持ってプリンを食べ始めると、続いて沙希姉さんもスプーンでプリンをすくって食べ始めた。
「うまい」
沙希姉さんが手作りプリンを一口食べた後に出した、思わずといった感想を聞けて、僕は非常に嬉しく思った。先程まで意気消沈していた沙希姉さんの表情には、プリンを食べたおかげだろうか、笑顔が徐々に戻っていった。
やはり、美味しいお菓子は偉大だ。心を込めて、プリンを作った甲斐があった。
「……うん」
沙希姉さんに対してちょっとだけ安心して、次は紗綾姉さんの方を見ると、こちらも小さく頷くだけだったけれど、表情が柔らかい笑みになって手作りプリンを食べてくれていた。
手作りプリンのおかげで話し合いに、ちょっとだけ突破口が見えてきた。
プリンと一緒に用意した飲み物──沙希姉さんにはミルクティー、紗綾姉さんにはコーヒーに手が伸びて、先程の険悪なムードが少しだけ和らいでいた。ここまでは想定通り。ようやく話を始められるような雰囲気になってきた。
僕は深く息を吸って、意を決して口を開いた。
「えっと……二人とも、少し落ち着いたかな?」
恐る恐る声をかけると、沙希姉さんと紗綾姉さんがそれぞれ僕の方を見た。まだ完全に仲直りしたわけではないけれど、さっきの殺伐とした雰囲気は確実に和らいでいる。
これなら、話し合いができるかもしれない。
「ち、違う──」
「何をやっているの、って聞いてるの。答えなさい!」
沙希姉さんが弁明しようと慌てて声を上げるが、その声に被せるように紗綾姉さんが再び鋭い声を発した。
紗綾姉さんが僕たちの状況を見て何を考えたかはわからないけれど、悪い状況だとしか想像が働かないだろう。僕に対して沙希姉さんが何かをして泣かせたように見えてしまう。
沙希姉さんと紗綾姉さんの仲が修復不可能になってしまうかもしれない。
まただ。また、僕の行動が原因で。そんな想像をすると悲しくなって涙腺が緩んで涙が流れ出してしまっただけ。悪い状況を想像してしまったのが一番の原因で、僕が弱いのが悪いのだ。
紗綾姉さんが沙希姉さんを暗い瞳で睨むようにして見ていることに、僕の心は更に沈んだ。このままでは、彼女たち二人の仲に決定的な溝ができてしまう。そう考えると、また心が苦しくなって涙が出そうになる。だが、一度深呼吸して涙が流れ出るのを我慢した。
この世界に転移してきて以来、なぜか感情が揺れ動きやすくなっていて涙腺も緩くなっていることを、今更ながらに自覚させられた。でも今は、そんな事を考えている暇はない。この状況を何とかしなければならない。
これ以上、状況を悪化させるわけにはいかない。そのために、僕はどうすれば良いのか。頭をフル回転させて、突破口を見つけ出す。
姉妹はお互いを睨み合って、一方は強気に、そしてもう一方は弱気に。言葉は発していないが、衝突寸前の緊張感が廊下に張り詰めている。
「紗綾姉さんに沙希姉さん! 僕の作ったお菓子を食べない?」
強引に提案してみた。場所を移動して落ち着いて、話し合おう。それが最初の目的だったはず。間違いないようにする。
「え?」
「……」
今日の夕食後に出そうと思って作り置きしていたプリンのことだ。僕の作った朝ご飯や夕ご飯を、いつも美味しそうに食べてくれる姉たち。食べ物を使って今の状況を変えることはできないか、席につかせて二人に話し合いをさせることはできないかと考えて、提案してみた。
「どう?」
二人の反応を伺った。悪くなさそうだ。
「……食べる」
「食べるわ」
沙希姉さんは少し気力を失ったような様子で、紗綾姉さんは沙希姉さんを睨み続けながらも、それぞれ返事をしてくれた。
ここまでは想定外だけど、とりあえず二人を一緒に誘うことはできた。ただ、今の二人の険悪なムードを一旦落ち着かせられないかと思いながら、一階に降りることにした。
二階から降りてきて、ダイニングへやって来た僕たち三人。今家にいるのは、僕と沙希姉さん、紗綾姉さん、そして葵の四人だけ。葵は学校から帰ってきて部屋にこもっているが、それはいつものことなので心配はない。春姉さんはアルバイトで、香織さんは仕事だ。四人しかいない家は、静まり返っていた。
「二人は、そこに座って。すぐ持ってくる」
僕が先導し、二人には椅子を指差して座るように指示する。昨日作って熱を取るために冷ましておいた手作りのプリンを冷蔵庫から取り出し、二人に食べてもらうために最後の仕上げをする。同時に飲み物も用意しようとキッチンで動き回りながら、ダイニングに座らせた二人を観察した。
「……」
「……」
二人だけで話し合いが始まれば良いけれど、両方とも黙って互いを見ているだけなので、放っておいたら喧嘩し始めるかもしれないから目を離せない。
視線を離さずに素早くプリンと飲み物の準備を終えて、キッチンから戻って来る。とりあえず、まだ何も起きていない。気は休まらないが。
「どうぞ」
「「…」」
二人の目の前にプリンを出してみたが、反応は薄い。やっぱり無理やり座らせたのは失敗だったのだろうかと、思い始めてしまった。
家の中はしんと静かになって、しばらくの時間が流れた。紗綾姉さんがスプーンを持ってプリンを食べ始めると、続いて沙希姉さんもスプーンでプリンをすくって食べ始めた。
「うまい」
沙希姉さんが手作りプリンを一口食べた後に出した、思わずといった感想を聞けて、僕は非常に嬉しく思った。先程まで意気消沈していた沙希姉さんの表情には、プリンを食べたおかげだろうか、笑顔が徐々に戻っていった。
やはり、美味しいお菓子は偉大だ。心を込めて、プリンを作った甲斐があった。
「……うん」
沙希姉さんに対してちょっとだけ安心して、次は紗綾姉さんの方を見ると、こちらも小さく頷くだけだったけれど、表情が柔らかい笑みになって手作りプリンを食べてくれていた。
手作りプリンのおかげで話し合いに、ちょっとだけ突破口が見えてきた。
プリンと一緒に用意した飲み物──沙希姉さんにはミルクティー、紗綾姉さんにはコーヒーに手が伸びて、先程の険悪なムードが少しだけ和らいでいた。ここまでは想定通り。ようやく話を始められるような雰囲気になってきた。
僕は深く息を吸って、意を決して口を開いた。
「えっと……二人とも、少し落ち着いたかな?」
恐る恐る声をかけると、沙希姉さんと紗綾姉さんがそれぞれ僕の方を見た。まだ完全に仲直りしたわけではないけれど、さっきの殺伐とした雰囲気は確実に和らいでいる。
これなら、話し合いができるかもしれない。
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