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第13話 心の支え
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「一時は起き上がれるまでに回復されたのに、昨夜から再び高熱が……」
医師の重い声が会議室に響いた。白い髭を蓄えた宮廷医師長の表情は、これまで見たことがないほど深刻だった。
医師長が眉をひそめて首を振る姿を、私はこれまで何度も目撃してきた。その度に胸が締め付けられるような思いがする。
「そうか」
アルディアン様の声には、動揺を押し殺した冷静さがあった。報告を聞く彼の姿に、既に王としての威厳が備わっている。
「わかった。引き続き、全力で治療を頼む」
「了解いたしました」
医師たちが深々と頭を下げて会議室から退出していく。扉が閉まると、重苦しい沈黙が室内を支配した。もう時間がないかもしれない——そんな緊迫した空気が王宮全体を包んでいた。
「これは……どうすれば……」
大臣の一人が震え声で口を開いた。普段は冷静沈着な大臣たちの顔にも、明らかな焦りの色が浮かんでいる。
「陛下の容態が悪いとなると、これから王国の統治は……」
「王位継承の手続きは?」
「今から王位継承の準備を進めて、間に合うのか?」
「貴族たちへの通達は?」
「国民への発表のタイミングは?」
次々と飛び交う問題に、会議室はざわめきに包まれた。これからどうするのか、何を優先すべきなのか——混乱する大臣たちの表情を見ていると、王国が危機的状況にあることが伝わってくる。
「落ち着け!」
アルディアン様の凛とした声が、混乱する会議室を一瞬で静寂に戻した。今までは控えめに行動してきた彼だけど、覚悟を決めて表舞台に出てきた威厳は陛下に匹敵するようだ。いえ、もしかするとそれ以上かもしれない。
「まず優先順位を整理する。冷静に対処していくぞ」
その口調は鋭く、もう既に王としての風格を完全に備えていた。生まれながらの指導者としての資質が、この状況で遺憾なく発揮されている。
「王位継承に必要な儀式の準備を、失敗のないよう入念に確認しろ。法的手続きも、一つ残らず抜かりなく進めるように。継承法の詳細を再確認してくれ」
「承知いたしました」
「貴族たちへの連絡を。国民や諸外国への発表の準備も進めていく」
次々と的確な指示を出すアルディアン様の姿を見ていると、この方こそが真の王になるべき人だったのだと改めて実感する。
「私にもお手伝いさせてください」
自然にそう申し出た私の声が、会議室に響いた。これまで学んできた王妃教育の全てが、役に立つ時。未来の王妃として、この問題を彼と共に乗り越えなければならない。
「ミュリーナ様……」
大臣たちが驚いたような表情で私を見つめる。
「ああ、頼りにしている」
アルディアン様は私を信頼の眼差しで見つめて、力強く頷いてくれた。その瞳には、深い想いが込められている。
「では、詳細な計画を話し合おう」
それから私たちは、まるで嵐の中を駆け抜けるように働いた。書類整理や会議の進行、大臣や有力貴族たちとの連携——すべてが同時進行で進められていく。
大まかな流れはアルディアン様が決めて、私は見落としがないように細かな部分を確認していく。儀式の段取り、必要な物品のリスト、参列者の序列——学んだ知識が次々と活用される。
「この部分の文言は、もう少し丁寧な表現の方がよろしいかもしれません」
「なるほど、確かにその通りだな」
「こちらの手続きですが、順序を変更した方が効率的かと思います」
「その提案、検討しよう」
問題があれば小声でアルディアン様に伝える。彼は私の意見を真剣に聞き、適切だと判断すれば即座に反映させてくれる。
「素晴らしい連携ですな」
「まるで一心同体のよう」
「王妃にふさわしい方だ」
大臣や貴族たちから、そんな賞賛の声が聞こえてくる。
「この二人がいれば王国は安泰だろう」
「新しい時代への希望が見えてきた」
彼らの安心した表情を見ていると、これまで学んできた能力を発揮して、それが実際に役立っているという実感に心が温かくなる。アルディアン様も私の細かい気配りや政務の理解の深さに感心して、尊敬の眼差しで見てくれている。
仕事量は膨大だったが、私たちは疲労を表に出すことなく取り組み続けた。時折窓の外を見ると、もう夕暮れが近づいているのがわかる。どれだけの時間が経ったのかもわからないほど、集中して作業に没頭していた。
「かなり集中していたようだが、無理をしておられませんか?」
一息ついた時、アルディアン様が大臣たちに向けるときとは明らかに違う、とても優しい声で私を気遣ってくれた。その表情には、深い思いやりが込められている。
「お気遣い感謝いたします、アルディアン様。私は大丈夫です。それよりもあなた様は、いかがでしょうか? もうしばらく休みなく動き続けておられます。この状況でお倒れになられては困ります。少しお休みを取られてはいかがでしょうか?」
「お倒れになって困るのは、むしろあなたの方だ。決して無理はなさらないでください」
そんな気遣いの会話を何度か繰り返し、お互いがお互いを案じている状況に、大臣たちが微笑ましそうな表情を浮かべているのに気づく。ようやく二人で一緒に休憩を取ることになった。
王宮の奥にある小さな談話室で、温かい紅茶を前に腰を下ろす。窓からは美しい中庭の景色が見え、つかの間の静寂に心が落ち着いた。
「疲労の具合は、いかがですか? 大変ではありませんか?」
「いえ、むしろ充実感があります。これまで学んできたことが実際に役立っているという実感があって、嬉しいのです」
「それは良かった。あなたの能力には本当に驚かされます。あなたがいてくださって、本当に良かったと思っています」
「ありがとうございます。そのように評価していただけて、嬉しいです」
そんな他愛のない会話を交わしながら体を休めていると、アルディアン様が純粋な好奇心に満ちた表情で私を見つめた。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
「あなたの強さは、どこから来ているのでしょうか? どうして、そんなに頑張れるのか、もしよろしければ教えていただけませんか」
その質問に、私は少し考え込んだ。心の奥にしまっていた記憶——あまり人には話したくない、大切な思い出がよみがえってくる。
でも、この方になら話してもいいかもしれない。もしかしたら、彼にも関係していることかもしれないから。そんな気持ちになった。
「昔、王妃教育の厳しさで心が折れそうになった時期がありました」
私はゆっくりと、当時の記憶を辿りながら話し始めた。
「完璧であることを求められ続けて、本音を言える相手がおりませんでした。弱音を吐くことも、愚痴をこぼすことも許されない。その頃の婚約相手であった方にも、弱い姿を見せてはいけないと思っていましたし」
一人で抱え込んでいた重圧と孤独感。毎日毎日、理想の王妃像を追い求めて、自分を押し殺し続けていた日々。
「誰にも理解していただけない孤独感で、もう限界かもしれないと思った時がありました」
アルディアン様の表情が、心配そうに曇った。
「そんな時、匿名で手紙が送られてきたのです」
「……手紙?」
「はい。差出人は『王国の未来を想う者』とだけ書かれていました。そこには、こう書かれていたのです」
私は当時を思い出しながら、ゆっくりと話した。記憶の奥に大切にしまっていた、宝物のような言葉を。
「『あなたがとても努力なさる姿を見て、私は励まされています。完璧を目指して頑張るあなたの姿に、心から敬意を抱いております。私も王国の未来のために頑張ります。一緒に頑張りましょう』と」
その言葉が心にすっと入ってきた瞬間のことを、私は今でもはっきりと覚えている。まるで暗闇の中に一筋の光が差し込んだような、そんな感覚だった。
「私も同じように頑張っている人がいる、という安心感がありました。見てくださっている人がいる。理解してくださっている人がいる。それが何よりの励みになって、これからも頑張っていこうと努力するきっかけを与えてくださったのです」
話しているうちに、アルディアン様の表情が驚きから困惑、そして次第に嬉しさへと変わっていくのがわかった。その変化を見ていると、心の中で確信が芽生えてくる。
「あの手紙を送ってくださったのは、あなた様ですね」
私は穏やかな笑みを浮かべて、確信を持って問いかけた。
「……お気づきでしたか?」
アルディアン様の声には、驚きと少しの戸惑いが混じっていた。
「予想はしておりました。でも今のあなた様のご表情を見て、確信いたしました」
アルディアン様は、どこか気恥ずかしそうな表情を浮かべられた。その姿がとても愛らしくて、胸がキュンと締め付けられる。
「はい、その通りです。身元も隠してあのような手紙をお送りしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「お謝りにならないでください」
私は首を振った。
「あの手紙に私は救われました。励まされました。あれがあったから、今の私があるのです。手紙のお言葉が心の支えとなって、だから今まで王妃教育も頑張ってこられたのです」
そして今、明らかになった。私の心の支えとなってくれた人物は、手紙に書いていらした通り、本当に王国の未来のために頑張ってくださる方だった。それが今、私の婚約相手になっている。
あの時から繋がる今。本当に不思議なものだと思う。それが、心の底から嬉しい。
「手紙をお送りした頃から、あなたの努力なさる姿をずっと拝見してきて、とても心を惹かれておりました。それをどうしてもお伝えしたくなって、でも兄の婚約者であったあなたとお話をするのは難しく、当時は表に出るつもりもなかった私。だからあなたにお手紙をお送りしたのです」
アルディアン様が真剣な表情で話し始められた。その瞳には、深い想いが宿っている。
「私もあなたに励まされました。あなたの頑張る姿を拝見して、あのようなことがあったからこそ、私も表舞台に出てくる覚悟を持てたのです。長年、遠くからお見守りすることしかできませんでした。でも今度はお隣でお支えすることができる。そしてあなたも、私をお支えくださる」
「はい、もちろんです」
私の返事に、アルディアン様のご表情がパッと明るくなられた。
「これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
二人の間に、新しい空気感が流れた。今までよりも、ずっと親密で温かい関係。お互いを理解し合い、支え合うパートナーとしての絆が生まれた瞬間だった。
私たちの関係が深まったことで、その後の政務への取り組みもさらにスピードアップした。まるで心が通い合ったかのように、コンビネーションが一段と向上し、仕事がどんどん処理されていく。
「本当に息がぴったりですね」
「やはり、この二人がいれば王国は安泰だ」
大臣たちの確信に満ちた声が聞こえてきた。
私は隣で真剣に書類を確認するアルディアン様を見つめながら、心の中で思った。あの時の匿名の手紙が、こんな素晴らしい未来に繋がるなんて、当時は夢にも思わなかった。
大変な時期に支えてくれた手紙の言葉が、今度は私たちを結ぶ絆となった。人生は本当に不思議で、そして素敵なものだと実感する。
医師の重い声が会議室に響いた。白い髭を蓄えた宮廷医師長の表情は、これまで見たことがないほど深刻だった。
医師長が眉をひそめて首を振る姿を、私はこれまで何度も目撃してきた。その度に胸が締め付けられるような思いがする。
「そうか」
アルディアン様の声には、動揺を押し殺した冷静さがあった。報告を聞く彼の姿に、既に王としての威厳が備わっている。
「わかった。引き続き、全力で治療を頼む」
「了解いたしました」
医師たちが深々と頭を下げて会議室から退出していく。扉が閉まると、重苦しい沈黙が室内を支配した。もう時間がないかもしれない——そんな緊迫した空気が王宮全体を包んでいた。
「これは……どうすれば……」
大臣の一人が震え声で口を開いた。普段は冷静沈着な大臣たちの顔にも、明らかな焦りの色が浮かんでいる。
「陛下の容態が悪いとなると、これから王国の統治は……」
「王位継承の手続きは?」
「今から王位継承の準備を進めて、間に合うのか?」
「貴族たちへの通達は?」
「国民への発表のタイミングは?」
次々と飛び交う問題に、会議室はざわめきに包まれた。これからどうするのか、何を優先すべきなのか——混乱する大臣たちの表情を見ていると、王国が危機的状況にあることが伝わってくる。
「落ち着け!」
アルディアン様の凛とした声が、混乱する会議室を一瞬で静寂に戻した。今までは控えめに行動してきた彼だけど、覚悟を決めて表舞台に出てきた威厳は陛下に匹敵するようだ。いえ、もしかするとそれ以上かもしれない。
「まず優先順位を整理する。冷静に対処していくぞ」
その口調は鋭く、もう既に王としての風格を完全に備えていた。生まれながらの指導者としての資質が、この状況で遺憾なく発揮されている。
「王位継承に必要な儀式の準備を、失敗のないよう入念に確認しろ。法的手続きも、一つ残らず抜かりなく進めるように。継承法の詳細を再確認してくれ」
「承知いたしました」
「貴族たちへの連絡を。国民や諸外国への発表の準備も進めていく」
次々と的確な指示を出すアルディアン様の姿を見ていると、この方こそが真の王になるべき人だったのだと改めて実感する。
「私にもお手伝いさせてください」
自然にそう申し出た私の声が、会議室に響いた。これまで学んできた王妃教育の全てが、役に立つ時。未来の王妃として、この問題を彼と共に乗り越えなければならない。
「ミュリーナ様……」
大臣たちが驚いたような表情で私を見つめる。
「ああ、頼りにしている」
アルディアン様は私を信頼の眼差しで見つめて、力強く頷いてくれた。その瞳には、深い想いが込められている。
「では、詳細な計画を話し合おう」
それから私たちは、まるで嵐の中を駆け抜けるように働いた。書類整理や会議の進行、大臣や有力貴族たちとの連携——すべてが同時進行で進められていく。
大まかな流れはアルディアン様が決めて、私は見落としがないように細かな部分を確認していく。儀式の段取り、必要な物品のリスト、参列者の序列——学んだ知識が次々と活用される。
「この部分の文言は、もう少し丁寧な表現の方がよろしいかもしれません」
「なるほど、確かにその通りだな」
「こちらの手続きですが、順序を変更した方が効率的かと思います」
「その提案、検討しよう」
問題があれば小声でアルディアン様に伝える。彼は私の意見を真剣に聞き、適切だと判断すれば即座に反映させてくれる。
「素晴らしい連携ですな」
「まるで一心同体のよう」
「王妃にふさわしい方だ」
大臣や貴族たちから、そんな賞賛の声が聞こえてくる。
「この二人がいれば王国は安泰だろう」
「新しい時代への希望が見えてきた」
彼らの安心した表情を見ていると、これまで学んできた能力を発揮して、それが実際に役立っているという実感に心が温かくなる。アルディアン様も私の細かい気配りや政務の理解の深さに感心して、尊敬の眼差しで見てくれている。
仕事量は膨大だったが、私たちは疲労を表に出すことなく取り組み続けた。時折窓の外を見ると、もう夕暮れが近づいているのがわかる。どれだけの時間が経ったのかもわからないほど、集中して作業に没頭していた。
「かなり集中していたようだが、無理をしておられませんか?」
一息ついた時、アルディアン様が大臣たちに向けるときとは明らかに違う、とても優しい声で私を気遣ってくれた。その表情には、深い思いやりが込められている。
「お気遣い感謝いたします、アルディアン様。私は大丈夫です。それよりもあなた様は、いかがでしょうか? もうしばらく休みなく動き続けておられます。この状況でお倒れになられては困ります。少しお休みを取られてはいかがでしょうか?」
「お倒れになって困るのは、むしろあなたの方だ。決して無理はなさらないでください」
そんな気遣いの会話を何度か繰り返し、お互いがお互いを案じている状況に、大臣たちが微笑ましそうな表情を浮かべているのに気づく。ようやく二人で一緒に休憩を取ることになった。
王宮の奥にある小さな談話室で、温かい紅茶を前に腰を下ろす。窓からは美しい中庭の景色が見え、つかの間の静寂に心が落ち着いた。
「疲労の具合は、いかがですか? 大変ではありませんか?」
「いえ、むしろ充実感があります。これまで学んできたことが実際に役立っているという実感があって、嬉しいのです」
「それは良かった。あなたの能力には本当に驚かされます。あなたがいてくださって、本当に良かったと思っています」
「ありがとうございます。そのように評価していただけて、嬉しいです」
そんな他愛のない会話を交わしながら体を休めていると、アルディアン様が純粋な好奇心に満ちた表情で私を見つめた。
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
「あなたの強さは、どこから来ているのでしょうか? どうして、そんなに頑張れるのか、もしよろしければ教えていただけませんか」
その質問に、私は少し考え込んだ。心の奥にしまっていた記憶——あまり人には話したくない、大切な思い出がよみがえってくる。
でも、この方になら話してもいいかもしれない。もしかしたら、彼にも関係していることかもしれないから。そんな気持ちになった。
「昔、王妃教育の厳しさで心が折れそうになった時期がありました」
私はゆっくりと、当時の記憶を辿りながら話し始めた。
「完璧であることを求められ続けて、本音を言える相手がおりませんでした。弱音を吐くことも、愚痴をこぼすことも許されない。その頃の婚約相手であった方にも、弱い姿を見せてはいけないと思っていましたし」
一人で抱え込んでいた重圧と孤独感。毎日毎日、理想の王妃像を追い求めて、自分を押し殺し続けていた日々。
「誰にも理解していただけない孤独感で、もう限界かもしれないと思った時がありました」
アルディアン様の表情が、心配そうに曇った。
「そんな時、匿名で手紙が送られてきたのです」
「……手紙?」
「はい。差出人は『王国の未来を想う者』とだけ書かれていました。そこには、こう書かれていたのです」
私は当時を思い出しながら、ゆっくりと話した。記憶の奥に大切にしまっていた、宝物のような言葉を。
「『あなたがとても努力なさる姿を見て、私は励まされています。完璧を目指して頑張るあなたの姿に、心から敬意を抱いております。私も王国の未来のために頑張ります。一緒に頑張りましょう』と」
その言葉が心にすっと入ってきた瞬間のことを、私は今でもはっきりと覚えている。まるで暗闇の中に一筋の光が差し込んだような、そんな感覚だった。
「私も同じように頑張っている人がいる、という安心感がありました。見てくださっている人がいる。理解してくださっている人がいる。それが何よりの励みになって、これからも頑張っていこうと努力するきっかけを与えてくださったのです」
話しているうちに、アルディアン様の表情が驚きから困惑、そして次第に嬉しさへと変わっていくのがわかった。その変化を見ていると、心の中で確信が芽生えてくる。
「あの手紙を送ってくださったのは、あなた様ですね」
私は穏やかな笑みを浮かべて、確信を持って問いかけた。
「……お気づきでしたか?」
アルディアン様の声には、驚きと少しの戸惑いが混じっていた。
「予想はしておりました。でも今のあなた様のご表情を見て、確信いたしました」
アルディアン様は、どこか気恥ずかしそうな表情を浮かべられた。その姿がとても愛らしくて、胸がキュンと締め付けられる。
「はい、その通りです。身元も隠してあのような手紙をお送りしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
「お謝りにならないでください」
私は首を振った。
「あの手紙に私は救われました。励まされました。あれがあったから、今の私があるのです。手紙のお言葉が心の支えとなって、だから今まで王妃教育も頑張ってこられたのです」
そして今、明らかになった。私の心の支えとなってくれた人物は、手紙に書いていらした通り、本当に王国の未来のために頑張ってくださる方だった。それが今、私の婚約相手になっている。
あの時から繋がる今。本当に不思議なものだと思う。それが、心の底から嬉しい。
「手紙をお送りした頃から、あなたの努力なさる姿をずっと拝見してきて、とても心を惹かれておりました。それをどうしてもお伝えしたくなって、でも兄の婚約者であったあなたとお話をするのは難しく、当時は表に出るつもりもなかった私。だからあなたにお手紙をお送りしたのです」
アルディアン様が真剣な表情で話し始められた。その瞳には、深い想いが宿っている。
「私もあなたに励まされました。あなたの頑張る姿を拝見して、あのようなことがあったからこそ、私も表舞台に出てくる覚悟を持てたのです。長年、遠くからお見守りすることしかできませんでした。でも今度はお隣でお支えすることができる。そしてあなたも、私をお支えくださる」
「はい、もちろんです」
私の返事に、アルディアン様のご表情がパッと明るくなられた。
「これからも、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい!」
二人の間に、新しい空気感が流れた。今までよりも、ずっと親密で温かい関係。お互いを理解し合い、支え合うパートナーとしての絆が生まれた瞬間だった。
私たちの関係が深まったことで、その後の政務への取り組みもさらにスピードアップした。まるで心が通い合ったかのように、コンビネーションが一段と向上し、仕事がどんどん処理されていく。
「本当に息がぴったりですね」
「やはり、この二人がいれば王国は安泰だ」
大臣たちの確信に満ちた声が聞こえてきた。
私は隣で真剣に書類を確認するアルディアン様を見つめながら、心の中で思った。あの時の匿名の手紙が、こんな素晴らしい未来に繋がるなんて、当時は夢にも思わなかった。
大変な時期に支えてくれた手紙の言葉が、今度は私たちを結ぶ絆となった。人生は本当に不思議で、そして素敵なものだと実感する。
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