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第3話 続く絶望
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馬車の車輪が石畳を叩く音が、私の胸に重く響いている。
ヴァーレンティア家の紋章が刻まれた馬車の中で、私は膝の上で手を強く握り締めていた。古代魔法を覚醒させたという人生最高の出来事と、婚約破棄という人生最悪の宣告。その両極端な現実が、まだ頭の中で整理できずにいる。
でも、まだ終わりじゃない。
父に話せば、きっと状況は変わる。古代魔法が使えるようになったと説明すれば、ヴィクター様との関係だって修復できるかもしれない。伝説の魔法を扱えるようになった娘を、家族が見捨てるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、私は馬車の窓から見慣れた屋敷の姿を見つめていた。
手入れされた庭園、威厳ある門構え。子爵家として誇りを持って維持してきた我が家。見慣れた実家。でも今日は、いつもと違って見えるような気がする。まるで私を拒絶するかのような、冷たい印象を受けた。
馬車が止まり、御者が扉を開ける。
「到着しました」
いつもの丁寧な言葉遣いだけれど、その声には温かみがない。まるで義務的に、決められた台詞を読み上げているかのようだった。彼の瞳も私と合おうとしない。
石段を降りた瞬間、執事が私を待ち受けていた。普段なら穏やかな笑顔で迎えてくれる彼の表情は、今日はどこか硬い。
「旦那様が書斎でお待ちです。すぐにお越しください」
「えっと、わかったわ」
彼の言葉には、いつもの敬愛の情が感じられない。まるで厄介な来客を案内するかのような、事務的な口調だった。
玄関ホールを通り抜けながら、私は使用人たちの視線を感じた。皆、私を見ようとしない。何人かは慌てて顔を逸らし、まるで関わりたくないとでも言うような態度を取る。
「可哀想に……でも、仕方のないことですわ」
「伯爵様も、お困りだったでしょうから」
「これで、彼女も……」
もう知っているのだろう。婚約破棄のことを。知らなかったのは私だけ。
たどり着いてしまった。この書斎で父が待っているらしい。重いドアの前で、私は深く息を吸い込んだ。
大丈夫。父は私の味方になってくれるはず。古代魔法のことを説明すれば、きっと理解してくれる。娘の才能を知れば、誇りに思ってくれるはず。ヴァーレンティア家の誇りを取り戻せると分かってもらえたら——。
そう信じて、私は扉をノックした。
「入れ」
父の声が、いつもよりも低く響く。
書斎に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。父——ロドリック・ヴァーレンティアは、眉間に深い皺を刻み、口元は固く結ばれている。厳しい眼差しで私を見つめていた。
「話は聞いている。婚約破棄を告げられたな?」
父の声は氷のように冷たかった。普段から厳しい人だけど、今日はより一層厳しいと思った。いや、厳しいだけではない——深い怒りと、そして失望の色が混じっている。
「は、はい……でも、お父様、実は——っ!」
私が古代魔法のことを話そうとした瞬間、父の手が机を強く叩いた。バン! 乾いた音が書斎に響き、私は反射的に身を縮こまらせる。
「アイゼンヴォルク伯爵家から言われた。『魔力不足による不適格』だと」
父の言葉には、深い屈辱感が込められていた。その事実を口にすることすら、耐え難い恥辱であるかのように。彼の顔は怒りで紅潮し、こめかみの血管が浮き出ている。
「お父様、お聞きください。私は古代魔法を——」
「名門である我が家から、そんな愚か者が生まれてくるなんて予想していなかった! ヴァーレンティア家の歴史に、これほどの汚点を残すとは」
父の怒声が書斎を震わせた。私の言葉は怒声にかき消されて、まるで雑音のように無視される。
「古代魔法を覚醒したんです! 師匠が——」
「古代魔法だと? そんな戯言を今さら! 現実を見ろ、エリアナ! お前は婚約を破棄されたのだ! それが現実だ!」
父の耳に私の言葉は一切届かない。拒絶は絶対的だった。私が何を言おうとしても、聞く耳を持つつもりがない。古代魔法について、説明する機会すら与えてもらえない。
私の心の中で、何かが音を立てて崩れていく。最後の希望だった父親までもが、私を見捨てようとしている。
「お前は今後、二度とヴァーレンティア家の娘だと名乗ることは許さない」
父の宣告が、雷鳴のように書斎に響いた。
除籍。
その言葉の重みが、じわじわと私の心に浸透していく。ヴァーレンティアの名前を名乗る権利も、この屋敷で暮らす権利も、すべてを失うということ。血の繋がりも、完全に断たれてしまう。
「お、お父様……そんな……私は確かに古代魔法を……」
「まだ言うか! いい加減にしろ!」
父の冷酷な言葉が、私の心を打ち砕く。
「お前はもう、この家の人間ではない。今すぐ屋敷を出ていけ」
父の命令は、有無を言わさぬものだった。
「荷物は……、せめて身の回りの物だけでも……」
「この屋敷から持ち出すことは許さん! お前はもう、ヴァーレンティア家の人間ではないのだから、この家の物に触れる権利などない!」
私は書斎を追い出された。足が震えて、真っ直ぐ歩くのも困難だった。廊下に出ると、先ほどまでそこにいた使用人たちの姿はなかった。皆、この瞬間を見たくなくて立ち去ったのだろう。
廊下には、執事の男が待機していた。彼の表情には、同情のかけらもない。不審者を監視するかのような、冷たい視線を向けられる。
「こちらへ」
「ま、まって。少しだけ自分の部屋に戻りたい……、せめて思い出の品だけでも」
「申し訳ございませんが、お部屋への立ち入りは禁止するようにと言われています」
着の身着のまま、私は玄関まで連行された。使用人たちは皆、私を見ようとしない。視線も合わない。十八年間共に過ごした人たちが、まるで私が透明人間になったかのように振る舞っている。私が、この家の人間でなくなったことを思い知らせるように。
「失礼いたします」
執事の男は、最後まで事務的だった。私を外に追い出すと、重い扉を閉める。中に入れないように、きっちりと。
ガチャン。
音が、心の奥底まで響いた。その音が、心の奥底まで響いた。棺の蓋が閉じられるような、絶望的な響きだった。ヴァーレンティア家のエリアナは、それで終わり。
ヴァーレンティア家の門の外に、私は一人で立っていた。
一瞬で、すべてを失った。あまりにもあっけなく。
婚約者も、家族も、居場所も。この世界で私を必要としてくれる人は、もう誰もいない。夕暮れの空が、私の絶望を映すかのように暗く染まっている。
「これから、どうすればいいの……」
声に出して呟いた瞬間、涙がこぼれそうになった。
「お金もない、行く場所もない。どうすればいいの。何もわからない。誰か、助けて……」
冷たい夜風が頬を撫でていく。世界全体が私を拒絶している。絶望。
その時、胸の奥底から温かな何かが湧き上がってくるのを感じた。初めて古代魔法を発動させた時と同じような、優しく包み込むような力。まるで私の絶望に抗うように、その力はゆっくりと全身に広がっていく。
心の中で、師匠の顔が浮かんだ。
ソリウス様。私を信じてくれた、たった一人の人。私の才能を認めて、導いてくれた恩師。
「師匠に会いたい……唯一、私を信じてくれた大切な人の元へ」
その願いが心の奥底から溢れ出した瞬間、私の中にある力が反応した。
視界が真っ白に染まった。光に包まれながら、私の意識は遠のいていく。でも、この光は温かい。絶望の闇を払い除ける、希望の光だと直感的に理解する。
その光に身を任せて、私は――。
ヴァーレンティア家の紋章が刻まれた馬車の中で、私は膝の上で手を強く握り締めていた。古代魔法を覚醒させたという人生最高の出来事と、婚約破棄という人生最悪の宣告。その両極端な現実が、まだ頭の中で整理できずにいる。
でも、まだ終わりじゃない。
父に話せば、きっと状況は変わる。古代魔法が使えるようになったと説明すれば、ヴィクター様との関係だって修復できるかもしれない。伝説の魔法を扱えるようになった娘を、家族が見捨てるはずがない。
そう自分に言い聞かせながら、私は馬車の窓から見慣れた屋敷の姿を見つめていた。
手入れされた庭園、威厳ある門構え。子爵家として誇りを持って維持してきた我が家。見慣れた実家。でも今日は、いつもと違って見えるような気がする。まるで私を拒絶するかのような、冷たい印象を受けた。
馬車が止まり、御者が扉を開ける。
「到着しました」
いつもの丁寧な言葉遣いだけれど、その声には温かみがない。まるで義務的に、決められた台詞を読み上げているかのようだった。彼の瞳も私と合おうとしない。
石段を降りた瞬間、執事が私を待ち受けていた。普段なら穏やかな笑顔で迎えてくれる彼の表情は、今日はどこか硬い。
「旦那様が書斎でお待ちです。すぐにお越しください」
「えっと、わかったわ」
彼の言葉には、いつもの敬愛の情が感じられない。まるで厄介な来客を案内するかのような、事務的な口調だった。
玄関ホールを通り抜けながら、私は使用人たちの視線を感じた。皆、私を見ようとしない。何人かは慌てて顔を逸らし、まるで関わりたくないとでも言うような態度を取る。
「可哀想に……でも、仕方のないことですわ」
「伯爵様も、お困りだったでしょうから」
「これで、彼女も……」
もう知っているのだろう。婚約破棄のことを。知らなかったのは私だけ。
たどり着いてしまった。この書斎で父が待っているらしい。重いドアの前で、私は深く息を吸い込んだ。
大丈夫。父は私の味方になってくれるはず。古代魔法のことを説明すれば、きっと理解してくれる。娘の才能を知れば、誇りに思ってくれるはず。ヴァーレンティア家の誇りを取り戻せると分かってもらえたら——。
そう信じて、私は扉をノックした。
「入れ」
父の声が、いつもよりも低く響く。
書斎に足を踏み入れた瞬間、私は息を呑んだ。父——ロドリック・ヴァーレンティアは、眉間に深い皺を刻み、口元は固く結ばれている。厳しい眼差しで私を見つめていた。
「話は聞いている。婚約破棄を告げられたな?」
父の声は氷のように冷たかった。普段から厳しい人だけど、今日はより一層厳しいと思った。いや、厳しいだけではない——深い怒りと、そして失望の色が混じっている。
「は、はい……でも、お父様、実は——っ!」
私が古代魔法のことを話そうとした瞬間、父の手が机を強く叩いた。バン! 乾いた音が書斎に響き、私は反射的に身を縮こまらせる。
「アイゼンヴォルク伯爵家から言われた。『魔力不足による不適格』だと」
父の言葉には、深い屈辱感が込められていた。その事実を口にすることすら、耐え難い恥辱であるかのように。彼の顔は怒りで紅潮し、こめかみの血管が浮き出ている。
「お父様、お聞きください。私は古代魔法を——」
「名門である我が家から、そんな愚か者が生まれてくるなんて予想していなかった! ヴァーレンティア家の歴史に、これほどの汚点を残すとは」
父の怒声が書斎を震わせた。私の言葉は怒声にかき消されて、まるで雑音のように無視される。
「古代魔法を覚醒したんです! 師匠が——」
「古代魔法だと? そんな戯言を今さら! 現実を見ろ、エリアナ! お前は婚約を破棄されたのだ! それが現実だ!」
父の耳に私の言葉は一切届かない。拒絶は絶対的だった。私が何を言おうとしても、聞く耳を持つつもりがない。古代魔法について、説明する機会すら与えてもらえない。
私の心の中で、何かが音を立てて崩れていく。最後の希望だった父親までもが、私を見捨てようとしている。
「お前は今後、二度とヴァーレンティア家の娘だと名乗ることは許さない」
父の宣告が、雷鳴のように書斎に響いた。
除籍。
その言葉の重みが、じわじわと私の心に浸透していく。ヴァーレンティアの名前を名乗る権利も、この屋敷で暮らす権利も、すべてを失うということ。血の繋がりも、完全に断たれてしまう。
「お、お父様……そんな……私は確かに古代魔法を……」
「まだ言うか! いい加減にしろ!」
父の冷酷な言葉が、私の心を打ち砕く。
「お前はもう、この家の人間ではない。今すぐ屋敷を出ていけ」
父の命令は、有無を言わさぬものだった。
「荷物は……、せめて身の回りの物だけでも……」
「この屋敷から持ち出すことは許さん! お前はもう、ヴァーレンティア家の人間ではないのだから、この家の物に触れる権利などない!」
私は書斎を追い出された。足が震えて、真っ直ぐ歩くのも困難だった。廊下に出ると、先ほどまでそこにいた使用人たちの姿はなかった。皆、この瞬間を見たくなくて立ち去ったのだろう。
廊下には、執事の男が待機していた。彼の表情には、同情のかけらもない。不審者を監視するかのような、冷たい視線を向けられる。
「こちらへ」
「ま、まって。少しだけ自分の部屋に戻りたい……、せめて思い出の品だけでも」
「申し訳ございませんが、お部屋への立ち入りは禁止するようにと言われています」
着の身着のまま、私は玄関まで連行された。使用人たちは皆、私を見ようとしない。視線も合わない。十八年間共に過ごした人たちが、まるで私が透明人間になったかのように振る舞っている。私が、この家の人間でなくなったことを思い知らせるように。
「失礼いたします」
執事の男は、最後まで事務的だった。私を外に追い出すと、重い扉を閉める。中に入れないように、きっちりと。
ガチャン。
音が、心の奥底まで響いた。その音が、心の奥底まで響いた。棺の蓋が閉じられるような、絶望的な響きだった。ヴァーレンティア家のエリアナは、それで終わり。
ヴァーレンティア家の門の外に、私は一人で立っていた。
一瞬で、すべてを失った。あまりにもあっけなく。
婚約者も、家族も、居場所も。この世界で私を必要としてくれる人は、もう誰もいない。夕暮れの空が、私の絶望を映すかのように暗く染まっている。
「これから、どうすればいいの……」
声に出して呟いた瞬間、涙がこぼれそうになった。
「お金もない、行く場所もない。どうすればいいの。何もわからない。誰か、助けて……」
冷たい夜風が頬を撫でていく。世界全体が私を拒絶している。絶望。
その時、胸の奥底から温かな何かが湧き上がってくるのを感じた。初めて古代魔法を発動させた時と同じような、優しく包み込むような力。まるで私の絶望に抗うように、その力はゆっくりと全身に広がっていく。
心の中で、師匠の顔が浮かんだ。
ソリウス様。私を信じてくれた、たった一人の人。私の才能を認めて、導いてくれた恩師。
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