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第三章 港町の新米作家編
支配と侵略の弧
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「なかなかややこしい事になってるようだな」
新聞社に戻ると、ガッツ先輩から連絡を受けたガラン叔父様を始め、私の正体を知る社員たちが勢揃いしていた。ジョセフ様との一連の流れをざっと説明すると、ニヤニヤと面白がられる。ただただ面倒くさいけど、この反応からして何とかなりそうでホッとする。
「社長、ジョセフ様をご存知なのですか?」
「直接じゃないけどな。ほら、お前リリーっつー嬢ちゃんに巻き込まれてただろ。だから今後の動きを把握するためにそいつの周辺について洗ってあったんだ。ジョセフ=ブラッドレイはリリーの取り巻きの一人ってとこだな」
いつの間にそんな事まで……と言うか私を今の状況に巻き込んだのってリリオルザ嬢だったの? てっきり殿下とチャールズ様が中心で、彼女はおまけだとばかり……まあ、それにしては強烈ではあるけど。
「K子の何が琴線に引っかかったのかは不明だが、向こうから接触してくるのなら何も起きないわけがない。だったらこちらが主導権を握ってコントロール下に置く他ないだろう」
「あの方は獣か何かですか?」
「台風の発生源ぐらいに思っとけ」
(怖いんですけど!?)
叔父様は一体、彼女の何を知っているのか。
ともあれジョセフ様への対処や花祭りの出し物についての打ち合わせが一区切りついたところで、ガッツ先輩はフーさんの事も話した。私が受け取ったプレゼントも机の上に出して皆に見せる。
「真珠の首飾りか……作中の『ギーマントンネル』になぞらえたんだったな?」
「そう、言っていました……どういう意味なんでしょう?」
秘密の暗号でも書いてあるのかと調べたけれど、さっぱり分からない。戸惑う私に、叔父様は打って変わって難しい表情でネックレスを手に取って広げてみせた。
「この真珠の一粒一粒を港とするだろ? それが紐で繋がり、輪になっている。センタフレア帝国は、海に面した国の港を手中に収めて、ここら一帯の海域を支配する気でいるんだ。真珠の首飾りってのは、その隠喩だよ」
海域の、支配。
いきなり物騒な話題が来て、先程までの心配事が可愛く思えてしまう。
センタフレア帝国が世界征服を目論んでいる、なんて突拍子もない御伽噺のようだけれど、新聞社など情報を生業としている者たちや国の重鎮にとっては暗黙の了解だったりする。
例えば発展途上国への支援でインフラを握られているとか。
例えば帝都へ真っ直ぐ続く戦車が通れるだけの道だとか。
例えば何のために万能薬を求めているのだとか。
いっそ分かりやす過ぎて、逆に現実だと信じられないのかもしれない。ぱっと見は保たれているこの平和が、気付かない間に足元からじわじわ浸食されているなど。私自身、自分の事でいっぱいいっぱいで、新聞社に勤めるまでは遠い国の他人事でしかなかった。それだって、国境を武力で侵攻してくるイメージしかない。
「海を支配して、何か良い事でもあるんですか?」
「そりゃ色々さ。貿易を有利に進めるのもそうだが、邪魔が入らずどこまでも船を出せるだろ。逆も然りだな……敵船の行く手を阻んだり通行料をふんだくれる。だが戦において何より大きいのは、国を取り囲める事だ。こう、ぐるっと」
叔父様が机に地図を広げ、大きな港に〇を入れていき、全部繋げると大陸を飲み込む巨大な円になった……さながら、真珠の首飾り。ぞわりと背筋が寒くなった。
「それがセンタフレア帝国の目論見だと……? フーさんの冗談だったり、勘違いの可能性は?」
「俺は逆にこちらを攪乱させるあいつの作戦だと思ってますが」
私とガッツ先輩の反論に、何故か叔父様は「完全ではないにしろ、信用してもいい」と確信しているようだった。間者は間者ではあるけれども、皇帝への絶対の忠誠で動いているわけでもないと。先輩は納得していないようだったが、私の脳裏には楽しそうに小説の感想を語るフーさんの姿があった。
(センタフレア人でありながら、作中のミラ公国――のモデルになったラオ公国に共感しているような……不思議な人よね)
そう思いながら、何となしに地図をなぞって、気付いた。叔父様の話が真実なら。
「だけど社長、キトピロは漁船ぐらいしか泊まれない小さな港ですよ? 何故フーさんはこんなところに留まっているんですか?」
「そうだよな、貿易をするなら別の港がちゃんとあるんだし」
軍船で来られても泊めるほどの深さもなく、国の主な産業や交通からも外れていて制圧の旨みが感じられない。強いて言うなら朝市などの屋台で細々と商売をするぐらいだが……万能薬についての情報はここにはないともう分かっているはずだし。
「いい着眼点だ。この場合、フーって奴の目的には二パターンを想定しておくべきだろうな」
「二パターン?」
「一つは単純に親切心。帝国は貿易港の方で何かをやらかす可能性がある。この場合キトピロにいる理由が分からんが、帝国を裏切る気があるのなら新聞社である俺たちにリークしたつもりかもしれん。
二つ目は逆に……キトピロこそが真の目的って事だ。港の制圧はミスリードでな」
今のところは不明瞭だが、叔父様はとりあえずベアトリス様を通じて貿易港の警備を強化させる事、そして同時にキトピロの町での怪しい動きを調査する事で落ち着いたのだった。
新聞社に戻ると、ガッツ先輩から連絡を受けたガラン叔父様を始め、私の正体を知る社員たちが勢揃いしていた。ジョセフ様との一連の流れをざっと説明すると、ニヤニヤと面白がられる。ただただ面倒くさいけど、この反応からして何とかなりそうでホッとする。
「社長、ジョセフ様をご存知なのですか?」
「直接じゃないけどな。ほら、お前リリーっつー嬢ちゃんに巻き込まれてただろ。だから今後の動きを把握するためにそいつの周辺について洗ってあったんだ。ジョセフ=ブラッドレイはリリーの取り巻きの一人ってとこだな」
いつの間にそんな事まで……と言うか私を今の状況に巻き込んだのってリリオルザ嬢だったの? てっきり殿下とチャールズ様が中心で、彼女はおまけだとばかり……まあ、それにしては強烈ではあるけど。
「K子の何が琴線に引っかかったのかは不明だが、向こうから接触してくるのなら何も起きないわけがない。だったらこちらが主導権を握ってコントロール下に置く他ないだろう」
「あの方は獣か何かですか?」
「台風の発生源ぐらいに思っとけ」
(怖いんですけど!?)
叔父様は一体、彼女の何を知っているのか。
ともあれジョセフ様への対処や花祭りの出し物についての打ち合わせが一区切りついたところで、ガッツ先輩はフーさんの事も話した。私が受け取ったプレゼントも机の上に出して皆に見せる。
「真珠の首飾りか……作中の『ギーマントンネル』になぞらえたんだったな?」
「そう、言っていました……どういう意味なんでしょう?」
秘密の暗号でも書いてあるのかと調べたけれど、さっぱり分からない。戸惑う私に、叔父様は打って変わって難しい表情でネックレスを手に取って広げてみせた。
「この真珠の一粒一粒を港とするだろ? それが紐で繋がり、輪になっている。センタフレア帝国は、海に面した国の港を手中に収めて、ここら一帯の海域を支配する気でいるんだ。真珠の首飾りってのは、その隠喩だよ」
海域の、支配。
いきなり物騒な話題が来て、先程までの心配事が可愛く思えてしまう。
センタフレア帝国が世界征服を目論んでいる、なんて突拍子もない御伽噺のようだけれど、新聞社など情報を生業としている者たちや国の重鎮にとっては暗黙の了解だったりする。
例えば発展途上国への支援でインフラを握られているとか。
例えば帝都へ真っ直ぐ続く戦車が通れるだけの道だとか。
例えば何のために万能薬を求めているのだとか。
いっそ分かりやす過ぎて、逆に現実だと信じられないのかもしれない。ぱっと見は保たれているこの平和が、気付かない間に足元からじわじわ浸食されているなど。私自身、自分の事でいっぱいいっぱいで、新聞社に勤めるまでは遠い国の他人事でしかなかった。それだって、国境を武力で侵攻してくるイメージしかない。
「海を支配して、何か良い事でもあるんですか?」
「そりゃ色々さ。貿易を有利に進めるのもそうだが、邪魔が入らずどこまでも船を出せるだろ。逆も然りだな……敵船の行く手を阻んだり通行料をふんだくれる。だが戦において何より大きいのは、国を取り囲める事だ。こう、ぐるっと」
叔父様が机に地図を広げ、大きな港に〇を入れていき、全部繋げると大陸を飲み込む巨大な円になった……さながら、真珠の首飾り。ぞわりと背筋が寒くなった。
「それがセンタフレア帝国の目論見だと……? フーさんの冗談だったり、勘違いの可能性は?」
「俺は逆にこちらを攪乱させるあいつの作戦だと思ってますが」
私とガッツ先輩の反論に、何故か叔父様は「完全ではないにしろ、信用してもいい」と確信しているようだった。間者は間者ではあるけれども、皇帝への絶対の忠誠で動いているわけでもないと。先輩は納得していないようだったが、私の脳裏には楽しそうに小説の感想を語るフーさんの姿があった。
(センタフレア人でありながら、作中のミラ公国――のモデルになったラオ公国に共感しているような……不思議な人よね)
そう思いながら、何となしに地図をなぞって、気付いた。叔父様の話が真実なら。
「だけど社長、キトピロは漁船ぐらいしか泊まれない小さな港ですよ? 何故フーさんはこんなところに留まっているんですか?」
「そうだよな、貿易をするなら別の港がちゃんとあるんだし」
軍船で来られても泊めるほどの深さもなく、国の主な産業や交通からも外れていて制圧の旨みが感じられない。強いて言うなら朝市などの屋台で細々と商売をするぐらいだが……万能薬についての情報はここにはないともう分かっているはずだし。
「いい着眼点だ。この場合、フーって奴の目的には二パターンを想定しておくべきだろうな」
「二パターン?」
「一つは単純に親切心。帝国は貿易港の方で何かをやらかす可能性がある。この場合キトピロにいる理由が分からんが、帝国を裏切る気があるのなら新聞社である俺たちにリークしたつもりかもしれん。
二つ目は逆に……キトピロこそが真の目的って事だ。港の制圧はミスリードでな」
今のところは不明瞭だが、叔父様はとりあえずベアトリス様を通じて貿易港の警備を強化させる事、そして同時にキトピロの町での怪しい動きを調査する事で落ち着いたのだった。
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