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エピソード1

貸与術師と拙い認識

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「おい、なんで一人だけなんだよ」 

 すかさずヤクザとマフィアのハーフから文句が飛んでくる。怖い。

「部屋が狭いですし、人数が多いとケンカになりやすいでしょ」
「ちっ」

 代表の選抜にはまるで時間は掛からなかった。予想していた通り、十の各ギルドにはリーダーがおり、それに従って今日の発足に集まっているらしい。残念ながらイレブンは俺一人だけなので、多分に浮いていた。それでもサーシャさんとラトネッカリとかいうスライム女がいてくれたから、顔見知りがゼロという状況は回避できていたので多少は心持ちが楽だった。

 やがてテーブルとイスを並べると、簡単な円卓会議の場が作られた。やはりここでも種族はバラバラだし、踏ん反り返ったり、姿勢正しく座ったり、欠伸をしたり、俺を睨みつけてきたりと十人十色の状況だった。

 準備が整ったからさっさと始めろというリクエストがあったので、それに応えて発する。が、一つだけ議席が空いているのが気になった。

「では始めますけど…『ハバッカス社』の方は?」
「あ、気にしなくていいよ、あそこのギルドは」
「そういう訳にも…」
「いいんだよ。姿がなくとも見てるし、聞いている。どこにでもいるし、どこにもいない。そういうギルドだ」

 ヱデンキアにおいてのいわゆるマスメディアにあたる部分を担当しているギルド、というくらいしか『ハバッカス社』についての情報がない為、黙ってそれに従うことにした。

「では、こういう場合のセオリーに則って、自己紹介から始めましょうか?」
「それも必要ない。ここにいる連中は嫌になるほど知っているし、全員がギルドのある程度の役職についている。お前だけがやればいいさ。俺達の事は後から調べておけ」
「では簡単に」

 まあ、ギルドの垣根を超えるという前代未聞の機関の発足なのだから、各ギルドから名うての人員が派遣されてきているとしても不思議じゃない。というか、普通はそうするだろう。ともすればここにいる全員がそれぞれのギルドで人目置かれている人材という事になる。互いの事を知っていたとして何も不思議はない。むしろ、俺が勉強不足なのだ。それを指摘されなかっただけでも感謝しておこう。

「俺はヲルカ・ヲセットと言います。さっきも言いましたがイレブンで、皆さんのようにギルドには属していません。ヤウェンチカ大学校の第八区中等部を今年卒業しました。卒業の際にこちらの『ウィアード対策室』発足のメンバーになることを強く推奨されたので、本日こちらに伺いました。よろしくお願いします」
「中等部を今年卒業?」
「じゃあ、今いくつだ?」
「十五ですね」
「ご立派なこって」
「では皆さんの事は後で確認を取らせてもらいます」

 不勉強ですみません、と付け足して一応は角が立たないようにギルドの面子を立てておいた。

「次は…早速ですが『ウィアード対策室』発足について各ギルドの意向を確認させてもらって、」
『その前に一ついいでしょうか?』
「はい、どうぞ…ん?」

 全員の顔が見える位置に立っていたはずなのに、誰の口も動いてはいなかった。そもそも机の方ではなく、壁から声が聞こえた様な気がした。

 それは卓を囲っていたギルドのメンバーも同じようで、俺と同じ疑問を誰かが口にした。

「今、誰が言った?」
「私達です」

 再び壁から声が聞こえた。今度ははっきりとわかる。全員が声のした方を怪訝そうな顔で見つめていると、すうっと半透明の少女が壁をすり抜けてて現れた。

 その様子を見た瞬間に、俺はその少女が『レイス』だと理解した。

 レイスというのは魔術師の霊魂の総称だ。多くの場合、力ある魔術師の死後の念を魔法によって現世に止めようとして生まれる存在だ。稀に他者の魔法によって霊魂を繋いだり、生きながらに魂だけを離脱させて操ることもできる魔術師もいると聞く。手っ取り早く言えば「幽霊」と言うのが一番かも知れない。

「えーと、あなたは?」
「私達はギルド『ババッカス社』の記者でハヴァと申します」
 
 ハヴァと名乗った少女は見た目の上では俺と同い年くらいの顔つきをしている。広く世間で言うところのゴスロリのような恰好をしているが、短めの髪も服もスカートの下から覗かせる足に履いたタイツも真っ黒なので、両手と顔の青白さが際立っている。尤もその部分さえも半透明で向こうが若干透けているようだった。あと「私達」って?

 どう見ても一人なんだけど…。

 俺はレイスという存在を初めて見た事に驚いていたのだが、他の人達は違う理由で驚いている。

「ハバッカス社ですって?」
「マジかよ。ハバッカス社の取材記者を初めてみた」
「道案内以外のギルド員もいるんだな…」

と、『ハバッカス社』について思うことをそれぞれが口に出していた。

 それはさておき。質問があるというのなら、答えられる範囲でなら答えなければならない。

「それで、聞きたい事って?」
「ヲルカ様が先日ウィアードを撃退した、という話は真実なのですか?」
「う…」

 俺は言葉に詰まった。そりゃあの卒業査定は全ギルドの監視があった訳だし、一週間も経過している事を考えれば情報が伝達されていたとしてもおかしくない。『ハバッカス社』は何よりも「情報」を重んじるギルドだったはずだしね。

 ところが意外にも、他のギルドの人達には初耳の情報だったようで途端にざわめきだした。

「ウィアードを撃退ってどういうこった?」
「言葉の通りです。ヲルカ様は中等部の卒業試験に突如出現したウィアードを撃退した。その功績を認められ、本日イレブンにも関わらずこのギルド会談にご出席を賜ったと聞いております。その噂の真偽如何で、ハバッカス社の意向は少々変更される可能性がございます」

 ハヴァさんは無気力を装ったジトっとした目でこちらを見てくる。

目尻が下がっているので、余計にそう見えるのかもしれない。

「どうかご回答願います」
「…じ、事実です」
「ありがとうございます。以上で質問を終了しまして、『ハバッカス社』として正式に会合へ参加いたします」

 そういって用意された自分の席に着席した。ようやく発足に移れるかと思いきや、今度は喧騒と共に他のギルドからの容赦ない質問の嵐が押し寄せてしまった。全員の圧がすごいので、ぶっちゃけるとアレだ、集団恐喝になってる。

「撃退したって事は弱点とかがあるのか?」
「武器か魔法か? 何が効くんだ」
「ちょっと待った。その情報を私達に売る気はないか?」
「ふざけるな、トーランド。『タールポーネ局』の出る幕じゃねえ。守銭奴ギルドは引っ込んでろ」
「情報に価値を見出せん脳筋どもは黙っていてくれ」
「んだとコラ!」
「おやめなさい。議論が進まない、時間を浪費させないでいただきたい」
「っぷ。『サモン議会』が時間の浪費を語るなんて中々いいジョークだわ」

 俺がまごまごとしていると、いつしか再びギルド同士の罵り合いになっていく。隙を見せた途端にコレかよ。やっぱり人数を絞っておいてよかったと心底思った。

 再び仲裁に入る。

 だが俺は禁句を口にしてしまう。ヱデンキアに存在している『ギルド』という組織の重さを、まだまだきちんと理解していなかったのだ。

「ちょっと皆さん。ギルド間でのつまらないケンカは止めてください」

 その言葉にまるで時間が止まったかのような静けさが訪れる。
さっきまで俺に向けられていた興味、関心、好意、期待といった諸々の感情は全て消え失せ、後に残ったのは全ギルドから向けられる憤慨と嫌怨の念とが込められた眼差しだけだった。

 すぐに『ワドルドーベ家』のヤクザ風が近寄り、さも当然のように俺の胸ぐらを掴み、顔に違わぬ声で脅し文句を言ってくる。

「おいガキ。さっきは言いそびれたから、ここで言うぞ?」
「…何ですか」
「ギルドって言葉を使った上で、それを貶める発言を二度とするな」

 怪我をしないように、それでいて力強さは伝わるように俺の事を突き放すと、トドメと言わんばかりの言葉を吐き出す。

「次はねえぞ?」

 俺はちらりと、その場にいた全員の顔を見てから尋ねた。

「今度は僕を擁護する方はいらっしゃらないんですね」

 そう確認しても無言の返事が返ってくる。『ワドルドーベ家』の弁に反する者は誰もいないという事だ。俺は乱れた服を正して、そしてはっきりと全員に告げた。

「分かりました。ギルドの名誉を傷つけるような事を言ってしまった点は謝罪します。自分の勉強不足も痛感しました。それと…」

 続けてポケットから今日の発足の為に届けられた書簡を取り出して、それを捨てるように放り出した。

「僕はウィアード対策室発足のメンバーを抜けます」
「…辞退なさると?」
「ええ。どうやらここにはイレブンの居場所はないようなので。かと言って僕はどこかのギルドに所属する意思もありません。場を乱してしまってすみませんでした、ここで失礼します」

 突き刺さるような視線を背中に受け、俺は扉を閉める。すると今度は外で待機していた大勢のギルド員達の注目を集めてしまう。俺が仕切っていたのは周知の事実だったので、途端にざわめきだし、何かあったのかと疑問と質問が飛び込んできた。

「上にいる人たちに聞いてください」

 それだけを淡々と伝える。

 建物の外に出ると街はすっかり夜の顔になっていた。
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