上 下
15 / 84
エピソード1

貸与術師とウィアード退治

しおりを挟む
「え?」

 俺達の目前に辿り着いたソレは、ゆうに10メートルはあろうかという巨人になっていた。あまつさえ、更に大きくなっていく。

「しまった、こいつは…」

『見上げ入道』だ!

 こいつもじっちゃんが考えた怪物の内の一体で夜道を行く人の前に現れるという設定を持つ。背丈の高い何かが近づいてくるのに気が付いて顔を見ようとするが、上を見れば見る程に妖怪の背も伸びていき、いつまで経っても頭が見えず最後には転ばされてしまう。それだけならまだしも上を見ている隙に喉笛を切られたり、これに跨れると死ぬといわれていたりもする。

 まさかこんなところで出くわすなんて。

「な、何ですかこの巨人は…どんどん大きく」

 サーシャさんはじっちゃんの考えたストーリーの登場人物をなぞるように見上げ入道の手口に引っかかり、どんどんと奴を大きくしていった。俺はすかさず、画集に残っていた見上げ入道を退ける方法を試みる。だが、まるで効き目がない。

「俺がやってもダメってことは…サーシャさんの恐怖心を呷ってるのか」

 俺はサーシャさんに見上げ入道の退治の方法を教えようと近づいた。しかし、突然得体の知れない怪物に出くわした事で軽いパニックになっている。俺の声がまるで届いていない。

「サーシャさん、上を見ちゃダメだ」

 恐怖から放たれたサーシャさんの拘束魔法が見上げ入道を目掛けて飛んでいく。しかし、その魔法は奴に触れた瞬間にシャボン玉が割れるよりも簡単に弾けてしまった。

「効いていない…?」
「くそっ」

 見上げ入道は身の丈に合った巨大な右手を、蝿でも潰すかのような動きで振り降ろしてきた。突然ウィアードに対峙したこと、魔法が全く効かないことなどの理由で混乱したサーシャさんは足が動かない様子だ。

 俺は飛び上がるのと同時に両腕を蟹坊主に貸与して、見上げ入道の腕に突き刺すように伸ばした。手の先に豆腐をハサミで切ったかのような軽快な手ごたえがある。事実、見上げ入道の振り下ろした右手は見事に切断され、うめき声を出していた。

 その隙にサーシャさんに駆け寄ると、手を元に戻して彼女の両肩を強く握りしめて名前を呼んだ。半ば放心状態だったサーシャさんは、俺の声に辛うじて反応してくれる。

「ヲ、ヲルカ君」
「落ちついて、サーシャさん。俺はあのウィアードの倒し方を知っています」
「!」

 俺の言葉に、サーシャさんは瞳に生気を戻す。

 するとそれとほぼ同時に、さっき切り落した見上げ入道の右手がまるで別の生き物のように俺達に飛び掛かってきた。今度は俺も反応できず、防御も間に合わなかった。
 
けれどもその右手は、俺達を叩き潰すどころか服の端にすら触れられなかった。

「どうすればいいのですか?」

 そう問われる声が聞こえた事と足に重力が感じなくなった事とで、俺はサーシャさんに抱きかかえられ飛んでいることに気が付いた。見上げ入道から距離を取るためにと力強く羽ばたく翼の音が耳にまで届く。

あと全く関係ないけれど、どうやらサーシャさんは着痩せするタイプらしい。胸のふくらみが外見と違ってかなりある。俺が落ちないようにと強く抱きしめているので尚更伝わってきていた。

 さて。それはさておき、俺は見上げ入道を退ける呪文を教える。

「あのウィアードを指差して大きな声でこう言ってください」

 半信半疑ながらも、サーシャさんは「わかりました」と返事をしてきた。すると急転回して再び見上げ入道の方へと向かう。錯乱するように入道の周りを数度旋回すると、やがて正面で止まる。そして透き通った声で、凛として叫ぶ。

「『見上げ入道を見抜いた!』」

 その言葉が届くと、見上げ入道はうめき声を上げながら後ずさりをした。そして下がれば下がるほどに背丈が見る見ると縮こまっていき、最後には見えなくなってしまった。

「本当に消えた…」

 サーシャさんはそう呟くと、見上げ入道を退けられたことや危機的な状況を脱したことなど、色々な緊張から解放されてへなへなと地に降りていった。そして俺は丁寧に地面に降ろしてもらった後に、助けてくれたことに感謝した。

「ありがとうございます」
「お礼を言うのはわたくしの方です」

 緊張が解けてようやく本来の自分を取り戻したサーシャさんは、そこから一気に質問に転じてきた。気持ちは分かるが興奮気味に迫って来るので、少し怖い。

「ヲルカ君。何故、あのウィアードの対処法を知っていたのですか? それにヲルカ君の魔法は通用したのにわたくしの魔法は効かなかったのは何故です? いや、そもそも―――」
「すみませんが、それを教えることはできません」
「しかし、待ってください」

 俺は何とか口を挟み、サーシャさんを制止する。しかし、当然ながら食い下がってきた。

 だから俺は自分の気持ちを素直に打ち明けたのだった。

「本当は今日のウィアード対策室の発足が済めば、俺は知っている事を全てお話するつもりでした。ですが、ウィアードについては俺自身もまだ仮説であることが多すぎる。だから情報を共有し合えればと」
「…」
「きっと僕と同じようにウィアードに関心のある人達が集まるものだと思っていましたが、ギルドの垣根を越えてまで協力し合おうという雰囲気を感じ取れなかったので。あれだと俺だけ情報を提供させられた挙句…いや、それだけならまだしも情報を悪用したり、俺自身を自分たちのギルドのために利用しようと考えるかも知れない。だから辞退を決めたんです」

 本当は感情的になって立ち去ったのだけれど、今にして思えばそういうことを無意識にでも考えていたから、あの行動に出たのだと自分で後付けした。ただサーシャさんが依然として、真剣な眼差しを向けてきているのが心に来る。

「ですから、サーシャさんにだけ情報を教えることはできません。今のはお互い助けられたという事でおあいこにしましょう。できればギルドに今のを報告するのも止めてもらいたいんですけど」
「それは、お約束できません」
「正直ですね」
「法律は堅実、法律家は誠実がわたくし達『サモン議会』です」
「イレブンですみません」
「いえ、ヲルカ君の実力を目の当たりにした今、『サモン議会』に所属していないあなたがどのギルドにも属していないというのは喜ばしい事実です」

 サーシャさんは思い出したように懐中時計を見た。見上げ入道のせいで足止めを喰らってしまったので、きっとお父さん達が心配している事だろう。ただでさえ遅い時間だったのに。 俺の思いは言わずとも伝わったようで、二人して足早に歩き始めた。

「どこのギルドに属するつもりがないというお考えは変わらずですか?」
「ええ」
「今後はどうしていくつもりですか?」
「ちょっと考えたんですけど、私立探偵…みたいなことでもやろうかなと」
「私立探偵?」
「はい。ウィアードを専門として個人で依頼を引き受けて行こうかと」
「…なるほど」

 ◇

 そして家に辿り着くと、チャイムを鳴らす。すぐにドタバタという壮大な足音が扉の奥から聞こえてきた。ドアが乱暴に開かれると前に立っていた両親に向かって、

「ただいま」

 と、精々申し訳なく反省しているように言った。

 とはいえ、それだけで終わるはずもなかった。

「ヲルカ! こんな時間まで…なんで一回も連絡をくれないの?」
「対策室の件はどうなったんだ? まさかこんな時間まで子供を働かせるようなところだったのか!?」

 そんな叱責と共に両親は出迎えてくれた。事情があるにせよこの時間まで出歩いていた一五歳の子供に対しては至極真っ当な対応だ。その上『サモン議会』のギルド魔導士と一緒に帰ってきたものだから、息子が補導されたものだと誤解して一時は大騒ぎになってしまった。

「まさかウチの子が何か!?」
「この子は今日から仕事に出向いていただけです。「ウィアード対策室」という機関に確認を取ってくれれば分かりますから」
「お父さん、お母さん。どうか落ち着いてください。ヲルカ君は補導された訳ではありませんから」

 そう言ってすぐにサーシャさんが事情を説明してくれたので事なきを得た。更にはサーシャさんが今日の発足会での出来事や、たった今起こったばかりのウィアードへの対応の卓越性を熱心に説明してくれたお蔭で、両親は鼻が高くなり頗る上機嫌になってくれたのでむしろ助かった。

 やがて事情の説明が終わる頃には日が変わる寸前の時間となっていた。サーシャさんは夜遅くまで長居してしまったと、何度も頭を下げていたが、家族一同で反対に申し訳ない気持ちになってしまった。

 せめて玄関先までは見送ろうと、俺はドアを開けて外に出た。

「送って頂いてありがとうございました」
「いえ、当然の責務を果たしたまでです」

 凛とした態度でそう告げた。すると最後に、例の真っすぐな視線を俺に向けてきた。

「ヲルカ君」
「は、はい」
「今日の発足会で、あなたにギルドの負の側面しか見せられなかった。それが非常に残念です。しかし全てのギルドは主義も方法論も違えどその全てがヱデンキアの事を慮っています。それだけは誤解を解消させて頂きたい」
「…わかりました」

 俺の返事に、サーシャさんは文字通りに天使の微笑みを見せる。

「それではおやすみなさい」
「あ、おやすみなさい」

 背中の翼を悠々と広げ、サーシャさんは夜空へと羽ばたいていく。街が明るいせいでしばらくは見失う事はなかったがやがてに森の向こう側へ飛んでいくととうとう見えなくなってしまった。俺は彼女の姿が見えなくなってからもしばらく見送っていた。

 色々な事があり過ぎて体はくたくただったのに、不思議と眠くはなかった。それも当然と言えば当然だ。

 頭の中にはウィアード対策室に頼らずとも、一人でやっていける事務所を作るためのアイデアや準備しなければならない事柄、次々に浮かんでくるのだから。 夜の風に吹かれて、俺はくしゃみをした。いい加減に家の中に入ったのだが、やはり睡魔はどこかへ旅にでも出たか一向に眠くならない。結局、朝日がカーテンの隙間から入り込んでくるまで机にかじりつき、ノートの上に頭の中の設計図を書き出していた。

 □

 そして次の話は、ここからおよそ一年半ほど時間を飛ぶことになる。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ごめんなさい本気じゃないの

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

男女比1対999の異世界は、思った以上に過酷で天国

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:26

異世界転生漫遊記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,345pt お気に入り:1,188

貞操逆転世界の男教師

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:176

【完結】生まれ変わった男装美少女は命を奪った者達に復讐をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:484

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:247

処理中です...