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エピソード1

貸与術師と中立の家

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 でも、気になることは気になってしまう。

「それで皆さん。本当に明日からもお手伝いをお願いできるんですか?」
「勿論でございます。その為に私たちはいるのですから」

 ここまで明確に断言されると、俺の心配は本当にただの杞憂だったのだと思えてきた。

「助かります。とは言っても、鎌鼬の捕獲に二日はかかるつもりだったので、明日はこれと言ってやることがないんですけど」
「そうなの?」
「うん。強いて言えば別件の準備かな。他のウィアードの対処も前倒しにしたいところだけど、準備を怠ると痛い目見るから」
「ボクもそれは同意見だね。予測と準備はし過ぎるということはない」

 するとサーシャさんがこれ幸いと言わんばかりに、提案をしてきた。

「でしたら、明日は事務所の移転作業を行うのには良い日ではないかと存じます」
「移転?」
「はい」
「移転ってどこにですか? そもそも何故?」
「…あの書簡に明記してあったと思いますが」
「え、本当ですか?」

 俺の大雑把で素っ頓狂な答えに五人は引いてしまった。

「ヲルカ殿。老婆心ながら忠告させてもらうが、見落としのある契約を了承するは死を招くぞ」
「少なくとも今後わたくしがいる間は業務に関わる全書簡書類を一度検閲させて頂きます」
「すみません…」

 さっきまで落ち込んでいたヤーリンも、そんな適当な気持ちで引き受けちゃダメだとか、中学時代に学校で配られたプリントを半端に読んで怒られたとか言う昔の事を引き合いに出して、こんこんと説教をしてきた。まあ、ヤーリンが元気になるんなら甘んじて受けよう。
 やがてヤーリンが落ち着くと、俺は改めて事の仔細を聞き直す。

「で、移転先というのは?」
「丁度この道の先にございます。下見なさいますか?」
「皆さんが良ければ」
「ヲルカ様が既に私たちのギルドマスターなのですから、どうとでもお命じくださいませ」

 ハヴァさんはそう言うが、改めて『ギルドマスター』と呼ばれると首の後ろ辺りがムズムズしてくる。

 まあそれはそれとして、移転先の下見ができるというのなら断る理由はない。鎌鼬の退治がすぐに終わってくれたこともあって、時間にも余裕があるしね。

 そしてハヴァさん、ラトネッカリさん、ヤーリンの三人と共に馬車に乗せられて、俺達は移転先の場所目指した。ちなみにサーシャさんとタネモネさんは、馬車の上を飛行しながらついてきている。さっきの鎌鼬を捕まえる時にも感じたが、空を飛べるというのはかなり便利だと今更ながらに思った。

 空を飛ぶタイプのウィアードを封印できれば、貸与術を使って飛ぶこともできるだろうか?

 一反木綿、鴉天狗、風狸、ふらり火、八咫烏、牛鬼、火車、陰摩羅鬼などなど飛ぶイメージや設定があったりするウィアードを頭の中に羅列してみたが、今一つ自由自在に空中を闊歩できる様が想像できないまま、馬車に揺られていた。

 やがて2,30分ほど揺られた馬車を降りる。今更ながら、ケンタウロスが引いているこの乗り物は馬車と呼ぶのと人力車と呼ぶのとではどちらが正しいのだろうか。

「こちらでございます」

 降りてすぐにハヴァさんの案内があった。

 目の前には数十メートル先までレンガの壁が続いており、それを越えて向こう側の敷地には背の高い木々が規則正しく植えられているのが分かった。まさか、ここじゃないよな。と感じた思いは見事に前振りになり、荘厳な表門の前まで辿り着くと門を開いた。そこで初めてこの屋敷の全貌を見たのだが、俺は素で驚いてしまった。それほどまでに、この屋敷はヱデンキア人にとってはある意味特別な建物だからだ。

「え、ここって…『中立の家』?」
「左様でございます」

 中立の家というのは、かつてのヱデンキアに存在していたという『ギルドリンカー』の住居だ。

 十のギルドマスターをまとめ上げ、統括した人物というのがエデンキアの歴史上に二人だけ存在している。その人物はギルドリンカーと呼ばれ、文字通りギルドを繋ぎ合わせて一つの組織として扱っていたという。現在のギルド同士の諍いや構想を思うと俄かには信じられない事だが、そのギルドリンカーがいた時代はギルド間での争いがただの一度も起きなかったらしい。

 一人目のギルドリンカーは7800年前に600年ほど、二人目のギルドリンカーは450年前に80年ほど職務を全うしたと歴史書に記されており、それはあまねくヱデンキア人が歴史の授業で習う一般的常識の一つだ。現に俺もヤーリンもつい2、3年前に授業を受けていた。

 その時、拠点及び住居として建設されたのがこの中立の家であり、重要な歴史財産として現在も保護されている。その他、有事の際にギルドが結束しなければならない状況に陥った際に解放され、派遣されたギルド員達が協力し合う。前回の解放は190年前に起こった疫病の流行があった時だった。これも広く知られる歴史的事件だ。

 同時に初代ギルドリンカーの時代からそれぞれのギルド員に見合った部屋が用意されているのでヱデンキアにおいて、最もギルド同士が集まって活動しやすい場所であるとも言える。要するに、各ギルドはそれほどまでにウィアードの被害を重く受け止めており、本気で協力し合う意思があるという証明でもあった。

「ギルド調和って本気だったんだ…」

 俺はついつい思ったことを呟いてしまう。するとすぐにヤーリンからお叱りの言葉を頂いてしまった。

「当たり前だよ。嘘でギルド調和なんていう訳ないじゃない」

 何て子供同士の喧嘩をよそに、タネモネさんが提案してきた。

「折角だ、貴殿もどうか上がって行かぬか?」
「もう入れるんですか?」
「ボクらは既に住み始めているからね」
「一服でもしながらこれからの事を少しまとめておきたい」
「そうですね」
「今日のご挨拶に伺えなかったメンバーもいればご紹介できるのですが…」
「あ、そうか。あと五人いるんですよね」

 すっかり忘れていたが、各ギルドから一人ずつ派遣されているのならそう言う計算になる。

 恐らくは今いる五人に勝るとも劣らない人たちなのだろう。そんな人たちがウィアード退治に協力してくれるというのは心強いのだが、それと同じくらい俺如きがまとめ上げられるのだろうかという不安も感じていた。

 とは言えども、もう石は転がり始めているのだから臆したとて今更後に引くわけにはいかない。

 そんなふわふとした覚悟を持って、俺は生まれて初めて中立の家の中へと案内されたのだった。

 ◇

「すごい…」
「私も初めて来たとき、びっくりした」

 と、中でヤーリンと共に感想を言い合った。

 物凄いお金持ちの家、というような小学生のような形容しかできないでいる。貧弱な記憶と照らし合わせて見れば、俺の学生の頃にひょんなきっかけで一度だけ行ったオペラハウスが一番似た雰囲気を出していると思う。

 妖怪好きが高じて、このような歴史的な建物や文化財は同じくらいに心をくすぐられるのだ。

 とは言え、エントランスからしてこんなに感動していては身が持たない。立ち止まって色々と観察したい衝動を堪えて、俺は五人の後をついていった。

「どうぞ。こちらが来賓室ですので」
「ああ、ありがとうございます」
「お茶をお持ちしますので、少々お待ちください」

 ヤーリンとサーシャさんはすぐにお茶の支度に出向いてくれた。他のメンバーも着替えたり、装備を外したいなどと言って全員が一度来賓室を出て行ってしまった。

 ここまで大分賑やかだったので、突如として一人きりにさせられると初めての場所という事も相まって妙にそわそわしてしまう。一年近く、単独行動が多かった反動もあると思う。そんな冷静に分析をしたところで浮ついた気分が収まる訳でもない。俺は立ち上がり、壁の装飾や窓の造り、カーテンの柄模様などを眺めながら、歴史ロマンに思いを馳せることにした。

 そうして時間を潰していると、来賓室のドアが開かれた。

 てっきり、ヤーリン達がお茶を用意して戻ってきたのかと思いきや、そうではなかった。さっきの五人ではない誰かがひょっこりと顔を覗かせて、様子を伺ってきていた。
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