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エピソード1
貸与術師と大人のお店
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「おー、ホントにいた」
その声の主は一見すると貴婦人の様に大きな帽子を被っているように見えた。しかしよく見れば違う。頭から毒々しいほど鮮やかな赤い花が生えていた。着こなしているスカートも改めて意識を向ければ布地ではなく生の花弁と葉っぱだ。全体を見るとその女性が丸ごと一輪の花のような出で立ちとなっている。
真っ赤な花と対照的な緑色の髪。これは『アウラウネ』という種族の特徴だった。無理矢理に漢字を当てはめるなら、花人とでも言えばいいのだろうか。つまりアウラウネは草花の特徴を持つ亜人だ。
まだ距離があるというのに胸が透くような晴れ晴れとした香りが立ち込めて鼻孔をくすぐってくる。アロマセラピーかな?
アウラウネの女は好奇に満ちた視線を惜しみなく俺に向けてきている。頭の花飾りの赤がすごい目にちらつく。
するとその奥から、姿は見えども別の誰かの声がした。
「入り口で止まるでない。儂が入れんではないか」
「え、うそ…」
俺はアウラウネの後ろから現れた、一人のエルフを見て言葉を失った。
そんな俺を意に介さず、アウラウネの女が確認を取ってくる。
「あなたがヲルカ・ヲセットでいいのよね?」
「はい…そうです」
すると、二人は朗らかに笑いながら自己紹介をしてきた。その二人の笑顔には、形容しがたい蠱惑的な魅力のようなものを感じた。
「アタシは『マドゴン院』のギルド療法士のマルカ。よろしくね」
「儂はカウォン。『カカラスマ座』の巫女をしておる」
「カウォン、さんって…え、本物?」
「当たり前じゃ。というか、そう尋ねるという事は儂の事は知ってくれているようだな」
「そりゃ知ってますよ。というか、『カカラスマ座』のカウォン・ケイキシスを知らない奴がヱデンキアにいるんですか?」
「ふふふ。嬉しいことを言ってくれる」
「ちぇ。やっぱりカウォンちゃんと一緒だと、アタシには目もくれないよね~」
などと会話が流れて行ったが、俺のこの反応も無理のないものだ。
カウォンと名乗ったエスニックの様な民族衣装に骨や石で作った異彩なアクセサリーをつけ、顔には独特な化粧を施しているこのエルフは、俺が今言った通り、ヱデンキアで彼女の事を知らない奴を見つける方が難しいと言えるほどの有名人だ。
『カカラスマ座』というギルドは、ヱデンキアでの芸能活動を基本とした娯楽提供を行う。この世界は多神を信仰する宗教観を持つため、ヱデンキアの芸能も神前奉納を源流に今日まで発達してしてきた歴史を持つ。そのため、『カカラスマ座』は各地に点在する社殿の管理も行い、必然的に宗教的な行事やイベント、祭事なども担当してこの世界の文化的要素とヱデンキア人の精神衛生上の快適な生活を保障するために働く。多くの神職、巫女、役者、芸能人を有し、所属しているメンバーの総合的な知名度は全ギルド中最も高いと言っていい。
そしてカウォン・ケイキシスというエルフは、ヱデンキアの中で最も人気を集めている巫女の一人で、言ってしまえばトップアイドルのような存在だ。
「ところで、この中立の家にきたという事は儂らの依頼を受けてくれるという事かのう?」
「え、まさか『カカラスマ座』からの代表ってカウォンさんなんですか?」
「その通りじゃ」
「ちなみに『マドゴン院』からはアタシね」
「…」
カウォンさんの登場に気を取られていたが、マルカさんの方も頭の片隅に記憶がある。何かの雑誌で見た覚えがあるが、上手く思い出せない。ただ言えるのは、カウォンさんほどでないにしても実績がありギルド外にも顔を出せるほどの人物であるという事だ。
それに気が付くと、さっき感じた妙な違和感がより強まったような気がした。知らないうちに泥沼に嵌って行くかのような、確信が持てないが徐々に何かが這い寄ってきている様な気持ち悪さがあった。
俺が押し黙っていると、ようやくお茶の支度を終えたサーシャさん達が来賓室へと戻ってきてくれた。
「おや、お越しでしたか」
「おお、お主ら手柄じゃのう。きちんとこの小僧を承諾させるとは」
「カウォン様。小僧呼ばわりは些か問題があるかと…ヲルカ様は私たちのギルドマスターですよ」
「…それもそうじゃな。申し訳ない、主様」
「あ、いえ」
頭を下げられても、反対にこっちの申し訳なさが募るばかりだ。おまけに主様なんて呼ばれたものだからぞわぞわと何かが背中を這って行ったような感覚を味わった。もしも俺が猫なら毛が逆立っていたと思う。
「それにしても、随分と遅かったのね。そんなに長いこと話し込んでたの? それともアタシ達を差し置いて親睦会でもしてきたのかしら?」
「いや、我らは早速ウィアードの対処に出ておった」
タネモネさんの淡々とした事後報告に、二人は驚愕と愕然の反応で答えた。
「真か!?」
「嘘でしょ!?」
そしてタネモネさんが腕を組み、朗々と今日の成果を語り出すと、歯噛みして悔しさを露わにしてきたのだった。
「嘘ではない、そして喜ぶがいい。我らがギルドマスター殿の仕事は迅速かつ、的確だ。我らもよもや今日の今日でウィアードとの対峙が叶うとは思ってもいなかった」
「やっぱりこっちを優先すべきだったかぁ~」
「ならば明日は? 明日からなら十人全員が動けるぞ、主様」
「いや、明日は俺の事務所から必要なものを持ってこちらに移動する作業になるかと…」
「左様か…」
と、カウォンさんはしょげてしまった。さっきから感情の起伏が激しいというか、表情が豊かなものだから一々振り回されてしまう。
そうして話が一旦途切れたところで、ここぞとばかりにサーシャさんがその場を取り仕切った。
「それの相談も踏まえてお茶に致しましょう」
「あ、私、足りないカップを持ってきます」
「お願いします、ヤーリンさん」
パタパタとヤーリンの足音がこだまして聞こえた。いっそのこと、俺もついていって手伝いたい気分だ。
この空間にいる人のほとんどが初対面、女性、年上、キャリア組などなど緊張して縮こまるには十分すぎる要素を持っている。幼馴染で年も近いヤーリンは今の俺にとっては実家の両親よりも心の拠り所になっているのだ。
ヤーリン、早く戻ってきてくれ。
そんな黙祷を捧げながら、俺は視線を感じないように頑張っていた。
やがて全員でお茶を飲みながら、今日のウィアード退治の詳細や、俺の貸与術についての事、目下明日の作業のために俺の事務所を尋ねる時間などを細かく打ち合わせた。
やるべき事、決めるべき事が粗方は定まっていたので、予想以上に打ち合わせは早く終わり、俺は帰路に着くことにした。泊まって行くように提案もされたが、事務所を移るなら荷物の整理などもしたいと言って丁重に断った。
まだ時間も早いから付き添ってもらう必要もないですよね、と冗談を飛ばしたら、意味の伝わったサーシャさんだけが笑ってくれた。
そうして俺は七人の女性に見送られて中立の家を後にする。傍から聞けば羨ましがられるような状況だろうが、格や立場が違い過ぎる人達ばかりなので、申し訳なさ以外の感情が出てこない。門を出て、全員の視線を感じなくなったところで、俺はようやく一息つけた。
「何かが引っかかるけど…」
そして、独り言を呟きながら自分の中にある虫の知らせの様な、得も言われぬ感情と向き合いながら歩き始めた。
「そう言えば残りの三人ってどういう人たちなんだろ」
つーか男の人はいないの?
と、その事実に気が付くと、どんどんと芋づる式に思考と妄想とが頭の中に蔓延った。
仮に残りのメンバーが女だとしたら、広い屋敷とは言え一つ屋根の下で十人の女性と寝食を共にすることになるのか。いや、流石にまずい気がしてきた。でもまだ全員が女の人であると決まった訳じゃないし…と一人で唸りながら歩いていた。
そうしてしばらく行ったところで、俺は妙な気配を感じた。
「ん?」
どこからともなく、湿っぽいジトジトとした視線を感じる。姿こそ見ていないが、ウィアードが出たと直感した。幸いにも通行人はまばらだ。俺はぐるりと周りを一望してウィアードの位置を探った。すると少し先の街灯の柱の影にそれはいた。
ヱデンキアではあり得ない服を着た女がジッと佇んでは俺の事をまじまじと見ていた。そしてお互いが認知し合い、顔を見合わせると陰気な雰囲気を纏ったまま、ニヤッとした笑いを飛ばしてきた。
その異質な様子に、俺の直感が一つのウィアードの名前を想起させた。
「まさか、『濡女子』か」
ウィアードの名前が出た瞬間、頭の中でじっちゃんが描いた設定が津波のように押し寄せる。
濡女子というは、その名前の示す通り服や髪が濡れていて悲壮感を漂わせてくる。そうしてどこかしらに佇み、通りがかる男に向かって微笑みかけるのだが、この時に濡女子に微笑み返してはいけない。何故ならばその瞬間に取り憑かれ、呪われてしまうからだ。そして取り憑かれた者は、やがて死に至ると言う設定があった。
俺の脳内に濡女子のデータが溢れかえると、それを退けるための文句をほとんど反射的に発していた。
「やかましい!」
辺りに俺の声が響き渡る。見も知らぬ一般人までビクリと驚かせてしまったことは申し訳なかったが、この一言が濡女子には有効なのだから仕方がない。
肝心の濡女子もじっちゃんの考えた設定通りに面食らったような顔を見せて逃げ出して行った。足はあるのに走るというよりも空を滑るかのような移動の仕方だった。
そうして逃げていく濡女子の後ろ姿を少し眺めた後に、
「逃がしてどうする」
と、自問自答した。
ヤバい。アレは人を祟るタイプのウィアードだ。放っておけば死人が出かねない。中立の家に戻って応援を頼むか…いや、見失う方が不味い。即座に判断した俺は慌てて濡女子を追いかけ出した。しかし、そもそも出遅れている上に人間の走る速さよりは若干速いのでどうにも追いつくことができない。それでも諦めずに追いかけていると、濡女子が路地の階段を降りてどこかの店に入って行くのが見えた。
月は出ているのに周りの建物の影になり、ランプしか頼れる灯りのない暗い階段だった。
ようやく俺も階段下にある店の前に辿り着き、看板を確認する。
「ここは…」
看板には『見えない怪物』と書かれている。
そこはあまりいい噂の聞かないナイトクラブだった。ヤウェンチカ大学校にいた時から教師陣に絶対に近づいては行けないと耳に胼胝ができる程に聞かされた店だ。俺も入ったことがないので詳しくは知らないが、噂好きの友人曰く、男女が如何わしい事を目的に集うクラブだという。
一瞬、躊躇いも覚えたが行き止まりである以上、この店の中に逃げ込んだことは間違いがないのだ。俺の個人的な感情はこの際どうでもいい。
俺はガラス越しに受付をしていた男に歩み寄って話しかけた。
「すみません。今ここに髪の濡れた黒い服の女が着ませんでしたか?」
「…帰んな。ここはお前さんが来るには、ちと早い」
受付にいた老年の人狼は、俺を一瞥するなり話も聞かず一方的に跳ね除けてきた。普通なら取り付く島もないと諦めてしまうところだが、まかりなりにも一年の間、一人でウィアード退治を専門にしてきたのだ。こういう時にどうすればいいのかは経験則で知っている。
堅物は無視して強行突破に限るのだ。
「オイ、待て。このガキ」
飛んでくる罵声を聞き流しながら俺はいやらしい秘密のナイトクラブとやらに初入店した。ここまでくると、色々な物が吹っ切れてちょっと楽しさが出てきていた。
こうして階段を降りて行った先で、大人の階段を登ることになったのである。
その声の主は一見すると貴婦人の様に大きな帽子を被っているように見えた。しかしよく見れば違う。頭から毒々しいほど鮮やかな赤い花が生えていた。着こなしているスカートも改めて意識を向ければ布地ではなく生の花弁と葉っぱだ。全体を見るとその女性が丸ごと一輪の花のような出で立ちとなっている。
真っ赤な花と対照的な緑色の髪。これは『アウラウネ』という種族の特徴だった。無理矢理に漢字を当てはめるなら、花人とでも言えばいいのだろうか。つまりアウラウネは草花の特徴を持つ亜人だ。
まだ距離があるというのに胸が透くような晴れ晴れとした香りが立ち込めて鼻孔をくすぐってくる。アロマセラピーかな?
アウラウネの女は好奇に満ちた視線を惜しみなく俺に向けてきている。頭の花飾りの赤がすごい目にちらつく。
するとその奥から、姿は見えども別の誰かの声がした。
「入り口で止まるでない。儂が入れんではないか」
「え、うそ…」
俺はアウラウネの後ろから現れた、一人のエルフを見て言葉を失った。
そんな俺を意に介さず、アウラウネの女が確認を取ってくる。
「あなたがヲルカ・ヲセットでいいのよね?」
「はい…そうです」
すると、二人は朗らかに笑いながら自己紹介をしてきた。その二人の笑顔には、形容しがたい蠱惑的な魅力のようなものを感じた。
「アタシは『マドゴン院』のギルド療法士のマルカ。よろしくね」
「儂はカウォン。『カカラスマ座』の巫女をしておる」
「カウォン、さんって…え、本物?」
「当たり前じゃ。というか、そう尋ねるという事は儂の事は知ってくれているようだな」
「そりゃ知ってますよ。というか、『カカラスマ座』のカウォン・ケイキシスを知らない奴がヱデンキアにいるんですか?」
「ふふふ。嬉しいことを言ってくれる」
「ちぇ。やっぱりカウォンちゃんと一緒だと、アタシには目もくれないよね~」
などと会話が流れて行ったが、俺のこの反応も無理のないものだ。
カウォンと名乗ったエスニックの様な民族衣装に骨や石で作った異彩なアクセサリーをつけ、顔には独特な化粧を施しているこのエルフは、俺が今言った通り、ヱデンキアで彼女の事を知らない奴を見つける方が難しいと言えるほどの有名人だ。
『カカラスマ座』というギルドは、ヱデンキアでの芸能活動を基本とした娯楽提供を行う。この世界は多神を信仰する宗教観を持つため、ヱデンキアの芸能も神前奉納を源流に今日まで発達してしてきた歴史を持つ。そのため、『カカラスマ座』は各地に点在する社殿の管理も行い、必然的に宗教的な行事やイベント、祭事なども担当してこの世界の文化的要素とヱデンキア人の精神衛生上の快適な生活を保障するために働く。多くの神職、巫女、役者、芸能人を有し、所属しているメンバーの総合的な知名度は全ギルド中最も高いと言っていい。
そしてカウォン・ケイキシスというエルフは、ヱデンキアの中で最も人気を集めている巫女の一人で、言ってしまえばトップアイドルのような存在だ。
「ところで、この中立の家にきたという事は儂らの依頼を受けてくれるという事かのう?」
「え、まさか『カカラスマ座』からの代表ってカウォンさんなんですか?」
「その通りじゃ」
「ちなみに『マドゴン院』からはアタシね」
「…」
カウォンさんの登場に気を取られていたが、マルカさんの方も頭の片隅に記憶がある。何かの雑誌で見た覚えがあるが、上手く思い出せない。ただ言えるのは、カウォンさんほどでないにしても実績がありギルド外にも顔を出せるほどの人物であるという事だ。
それに気が付くと、さっき感じた妙な違和感がより強まったような気がした。知らないうちに泥沼に嵌って行くかのような、確信が持てないが徐々に何かが這い寄ってきている様な気持ち悪さがあった。
俺が押し黙っていると、ようやくお茶の支度を終えたサーシャさん達が来賓室へと戻ってきてくれた。
「おや、お越しでしたか」
「おお、お主ら手柄じゃのう。きちんとこの小僧を承諾させるとは」
「カウォン様。小僧呼ばわりは些か問題があるかと…ヲルカ様は私たちのギルドマスターですよ」
「…それもそうじゃな。申し訳ない、主様」
「あ、いえ」
頭を下げられても、反対にこっちの申し訳なさが募るばかりだ。おまけに主様なんて呼ばれたものだからぞわぞわと何かが背中を這って行ったような感覚を味わった。もしも俺が猫なら毛が逆立っていたと思う。
「それにしても、随分と遅かったのね。そんなに長いこと話し込んでたの? それともアタシ達を差し置いて親睦会でもしてきたのかしら?」
「いや、我らは早速ウィアードの対処に出ておった」
タネモネさんの淡々とした事後報告に、二人は驚愕と愕然の反応で答えた。
「真か!?」
「嘘でしょ!?」
そしてタネモネさんが腕を組み、朗々と今日の成果を語り出すと、歯噛みして悔しさを露わにしてきたのだった。
「嘘ではない、そして喜ぶがいい。我らがギルドマスター殿の仕事は迅速かつ、的確だ。我らもよもや今日の今日でウィアードとの対峙が叶うとは思ってもいなかった」
「やっぱりこっちを優先すべきだったかぁ~」
「ならば明日は? 明日からなら十人全員が動けるぞ、主様」
「いや、明日は俺の事務所から必要なものを持ってこちらに移動する作業になるかと…」
「左様か…」
と、カウォンさんはしょげてしまった。さっきから感情の起伏が激しいというか、表情が豊かなものだから一々振り回されてしまう。
そうして話が一旦途切れたところで、ここぞとばかりにサーシャさんがその場を取り仕切った。
「それの相談も踏まえてお茶に致しましょう」
「あ、私、足りないカップを持ってきます」
「お願いします、ヤーリンさん」
パタパタとヤーリンの足音がこだまして聞こえた。いっそのこと、俺もついていって手伝いたい気分だ。
この空間にいる人のほとんどが初対面、女性、年上、キャリア組などなど緊張して縮こまるには十分すぎる要素を持っている。幼馴染で年も近いヤーリンは今の俺にとっては実家の両親よりも心の拠り所になっているのだ。
ヤーリン、早く戻ってきてくれ。
そんな黙祷を捧げながら、俺は視線を感じないように頑張っていた。
やがて全員でお茶を飲みながら、今日のウィアード退治の詳細や、俺の貸与術についての事、目下明日の作業のために俺の事務所を尋ねる時間などを細かく打ち合わせた。
やるべき事、決めるべき事が粗方は定まっていたので、予想以上に打ち合わせは早く終わり、俺は帰路に着くことにした。泊まって行くように提案もされたが、事務所を移るなら荷物の整理などもしたいと言って丁重に断った。
まだ時間も早いから付き添ってもらう必要もないですよね、と冗談を飛ばしたら、意味の伝わったサーシャさんだけが笑ってくれた。
そうして俺は七人の女性に見送られて中立の家を後にする。傍から聞けば羨ましがられるような状況だろうが、格や立場が違い過ぎる人達ばかりなので、申し訳なさ以外の感情が出てこない。門を出て、全員の視線を感じなくなったところで、俺はようやく一息つけた。
「何かが引っかかるけど…」
そして、独り言を呟きながら自分の中にある虫の知らせの様な、得も言われぬ感情と向き合いながら歩き始めた。
「そう言えば残りの三人ってどういう人たちなんだろ」
つーか男の人はいないの?
と、その事実に気が付くと、どんどんと芋づる式に思考と妄想とが頭の中に蔓延った。
仮に残りのメンバーが女だとしたら、広い屋敷とは言え一つ屋根の下で十人の女性と寝食を共にすることになるのか。いや、流石にまずい気がしてきた。でもまだ全員が女の人であると決まった訳じゃないし…と一人で唸りながら歩いていた。
そうしてしばらく行ったところで、俺は妙な気配を感じた。
「ん?」
どこからともなく、湿っぽいジトジトとした視線を感じる。姿こそ見ていないが、ウィアードが出たと直感した。幸いにも通行人はまばらだ。俺はぐるりと周りを一望してウィアードの位置を探った。すると少し先の街灯の柱の影にそれはいた。
ヱデンキアではあり得ない服を着た女がジッと佇んでは俺の事をまじまじと見ていた。そしてお互いが認知し合い、顔を見合わせると陰気な雰囲気を纏ったまま、ニヤッとした笑いを飛ばしてきた。
その異質な様子に、俺の直感が一つのウィアードの名前を想起させた。
「まさか、『濡女子』か」
ウィアードの名前が出た瞬間、頭の中でじっちゃんが描いた設定が津波のように押し寄せる。
濡女子というは、その名前の示す通り服や髪が濡れていて悲壮感を漂わせてくる。そうしてどこかしらに佇み、通りがかる男に向かって微笑みかけるのだが、この時に濡女子に微笑み返してはいけない。何故ならばその瞬間に取り憑かれ、呪われてしまうからだ。そして取り憑かれた者は、やがて死に至ると言う設定があった。
俺の脳内に濡女子のデータが溢れかえると、それを退けるための文句をほとんど反射的に発していた。
「やかましい!」
辺りに俺の声が響き渡る。見も知らぬ一般人までビクリと驚かせてしまったことは申し訳なかったが、この一言が濡女子には有効なのだから仕方がない。
肝心の濡女子もじっちゃんの考えた設定通りに面食らったような顔を見せて逃げ出して行った。足はあるのに走るというよりも空を滑るかのような移動の仕方だった。
そうして逃げていく濡女子の後ろ姿を少し眺めた後に、
「逃がしてどうする」
と、自問自答した。
ヤバい。アレは人を祟るタイプのウィアードだ。放っておけば死人が出かねない。中立の家に戻って応援を頼むか…いや、見失う方が不味い。即座に判断した俺は慌てて濡女子を追いかけ出した。しかし、そもそも出遅れている上に人間の走る速さよりは若干速いのでどうにも追いつくことができない。それでも諦めずに追いかけていると、濡女子が路地の階段を降りてどこかの店に入って行くのが見えた。
月は出ているのに周りの建物の影になり、ランプしか頼れる灯りのない暗い階段だった。
ようやく俺も階段下にある店の前に辿り着き、看板を確認する。
「ここは…」
看板には『見えない怪物』と書かれている。
そこはあまりいい噂の聞かないナイトクラブだった。ヤウェンチカ大学校にいた時から教師陣に絶対に近づいては行けないと耳に胼胝ができる程に聞かされた店だ。俺も入ったことがないので詳しくは知らないが、噂好きの友人曰く、男女が如何わしい事を目的に集うクラブだという。
一瞬、躊躇いも覚えたが行き止まりである以上、この店の中に逃げ込んだことは間違いがないのだ。俺の個人的な感情はこの際どうでもいい。
俺はガラス越しに受付をしていた男に歩み寄って話しかけた。
「すみません。今ここに髪の濡れた黒い服の女が着ませんでしたか?」
「…帰んな。ここはお前さんが来るには、ちと早い」
受付にいた老年の人狼は、俺を一瞥するなり話も聞かず一方的に跳ね除けてきた。普通なら取り付く島もないと諦めてしまうところだが、まかりなりにも一年の間、一人でウィアード退治を専門にしてきたのだ。こういう時にどうすればいいのかは経験則で知っている。
堅物は無視して強行突破に限るのだ。
「オイ、待て。このガキ」
飛んでくる罵声を聞き流しながら俺はいやらしい秘密のナイトクラブとやらに初入店した。ここまでくると、色々な物が吹っ切れてちょっと楽しさが出てきていた。
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