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エピソード2
貸与術師と残された六人
しおりを挟むヲルカが部屋を去った後、沈黙が続いた。やがてそれはクツクツという意味深な笑い声で破られる。
残されていたその場の全員の視線が、笑い声の主であるワドワーレ・ワドルドーベに集まる。しかし、当の本人はそんな視線はまるで意に介さずに品悪く机の上に腰を掛けて妙な笑いを続けていた。
「…何かおかしいことでも?」
たまりかねて疑問を口にしたのはサーシャ・サイモンスだった。首だけを動かし、温度の感じられない眼差しでワドワーレを見据える。そこには普段から存在する、『サモン議会』と『ワドルドーベ家』との確執も見え隠れしていた。
ワドワーレは癪に障るような笑顔で、手から花を出し入れする手品を披露しながら返事をした。
「この面子を捕まえておいて、聞き込み調査をさせるなんておかしいに決まってるでしょ?」
「…彼はイレブンです。私たちのギルドでの地位や役職を鑑みて贔屓はしないでしょう。彼女らが選ばれたのには理由があり、わたくし達に調査を命じられたのもまた然りです」
二人の口から出た二つの言い分は、正にここにいる全員の考えを代弁したものだ。残された者たちは各々がギルドに戻れば低からぬ地位にいる者たちばかりであるし、それぞれが明確な意思を持ってギルドの門を叩いている。ウィアードは確かに脅威的な存在であるが、自分たちのギルド、延いてはヱデンキアを脅かさんとしている因子は他にも無数に存在している。それらに対処する事を諦めてまでウィアードについて見聞を深めようとしている身にしてみれば、噂の調査程度の雑務に駆り出されるのは、腑に落ちないのも仕方がない。
けれども、それは自分たちの都合であることも当然理解している。肝心なのは今現在の立場がどうであるかという点だ。それを考えればどちらかといえばサーシャの考えに軍配が上がる。そしてそれを後押しするかのようにラトネッカリが意見を述べた。
「そもそも僕らは、今となってはヲルカ君のギルドの構成員だ。全員が下っ端から再スタートしてると考えるべきではないのかい?」
「ま、『ランプラー組』のアンタは一度じっくりとウィアード退治に付き合ってるんだから、余裕だわね…大分良いデータが取れたのかな?」
「ノーコメント」
皆の持つ不満にも似た不安はもう一点あった。
それはウィアードとの接触の機会が均一ではないという事だ。まるで予測の付けられない存在を相手取っているのだから当然と言えば当然の結果のなのだが、今回のケースは偶発的に生じたモノではなく、ヲルカ自身が人選を行ったという点が大きく異なる。
捉えようによってはヲルカが「お気に入り」を傍に置いておきたいと考えている可能性もある。間もなく『タールポーネ局』のタネモネがそれをそのまま口にした。
「しかし、やはり出し抜かれてしまったという念は捨てきれんな。『ヤウェンチカ大学校』のあの子は別として、今日選ばれたのは昨日ヲルカ殿と直接話をした三人であろう。特に『カカラスマ座』のカウォン・ケイキシスは無垢な男子を手玉に取るくらい訳ないはず…」
となると、という前置きを挟むとワドワーレは軽快に机から降りて全員が見えるように立った。
「思っていた通り足の引っ張り合いになる訳ね。どう? 少なくともカウォン・ケイキシスからは引き離すように協力したっていいんじゃない? 確認するまでもなく、アンタ達もギルドからあの坊やを懐柔するように言いつけられてるんでしょう?」
「…」
その問いに返事をする者はいなかった。
全員が長年の経験から他のギルド員がどのような命令を受け、ヲルカの下に集まっているのか、ある程度の予想はしていた。しかし自らがギルドから受けた指令内容を吐露するほど愚かではない。だからこそ、ワドワーレは楽しむように挑発を仕掛ける。
「それとも、諦めるのかしら?」
「わかった。我は協力しよう」
『タールポーネ局』のタネモネがそう返事をすると、ニヤリと笑った。ワドワーレが事態を引っ掻き回し、自分が楽しむこ事を優先する快楽主義者であることをタネモネは理解していたのだが、それでもヲルカが自分以外の誰かに懐柔されることだけは避けなければならないと判断したからだ。
「そちらは?」
「…自分は自らの誠意を行動で示すまでです。ヲルカ・ヲセット殿に『ナゴルデム団』にて従事して頂きたいという思いは確かにありますが、それは彼の決断によるものでなければ意味はないと考えております」
「ふふ。そういう真っすぐなところが『ナゴルデム団』のいい所よね。無鉄砲で助かるわ…あなたたちはどうするの」
わざと神経を逆なでするような笑みを浮かべたワドワーレであったが、新米ならいざ知らず安い挑発に乗るようなナグワーではなかった。勿論それはワドワーレも承知の事、特に気にも留めずハヴァの方を見た。それを自分への問いかけだと判断したハヴァは抑揚もなく言った。
「私共も協力はしかねます」
「へえ。意外ね、そっちの二人は断るだろうとは思ってたけど、『ハバッカス社』のあなたは乗ってくると思ったのに。参考までにどうして断るか聞かせてもらってもよろしいかしら」
「私共の判断基準はまるで確証がなく、推測と希望的観測での意見になりますがよろしいでしょうか?」
ハヴァの発言に全員が少なからず驚いた。情報を何よりも重んじる『ハバッカス社』のギルド員が憶測と認め、その上何の代償もなく情報開示の意思を示したからだ。どうせ断られるだろうと高を括っていたワドワーレは何かの罠かと勘繰った。しかし、断る理由を見つけることができず、それでも構わないと返事をした。
するとハヴァは頷き、テーブルをすり抜けて壁側へ移動すると、全員を一望できる位置に立った。
「では、お答えします。あなた方の提案する、カウォン・ケイキシスとヲルカ様との交際関係を妨害、ないし破綻させるという行動に価値がないと判断したからです」
「どういう事だ?」
「オレの考えは至極真っ当だと思うけど? 少なくとも選抜された四人は坊やが唾をつけておきたいと思った女だろうからね」
タネモネとワドワーレは目に見えて反応し、根拠を求めた。彼女たちが結束するために要となる因子に関わるからだ。少々熱くなる二人をよそに、ハヴァは自らと同じく血の通わない程に冷たい声で二人の疑問を打ち消す。
「いえ。今回の選抜はそのような色欲からくるものではないと思われます」
「理由は?」
「ございません。先ほど申し上げたようにまだ推測の域を出ておりません」
「しかし、推測にしても貴方がそのように結論付けた根拠があるはずではないか?」
二人の熱意は部屋中に漂い、いつの間にかその場の全員がハヴァの言葉に耳を傾けていた。その事に気が付いているのはハヴァだけだった。
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