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エピソード2
貸与術師と仕組まれたハーレムギルド
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「まず第一にタネモネ様もご同行していた『カマイタチ』というウィアードの対処の際に感じた真摯な対応と私達についての応対のご様子が最初の違和感でした」
「詳しく聞かせてもらおうか」
タネモネは本腰を入れて聞くために椅子に座ると腕組みをしてハヴァを見た。
「皆さまはすでに経験則として予想済みかと思いますが、私達十人は各ギルドからヲルカ様を篭絡、懐柔する…とは言葉が悪いかもしれませんが、少なくともそれに似た様な命令を受けてこの場におります。然るに十代の人間の男性を魅了しやすい容姿や能力を持っている、もしくは別件で既にヲルカ様と繋がりを持ち友好な関係性を築きやすい人物が派遣されています。しかし、最初の接触があった際、つまりはこのギルドの設立案を提案した時ですが、ヲルカ様はそのような情欲を判断基準にされる様子は一切ございませんでした」
「…もしかして、男色って事?」
「いいえ。その可能性は極めて低いかと思います。私達今申したことはウィアードが関係している場合においてのみ有効です。それ以外の日常の場面では、性別と年齢に相応しい反応をなさいます。統計上、奥手や初心、シャイなどとカテゴライズされる様な方です」
そういうと肩透かしをしながら、ワドワーレが声を発した。
「いやいや、初心だからこそこの状況はマズイって言ってるんだろ」
「ですがウィアードが絡んでいる以上、ヲルカ様は色欲で人選したとは考えにくいです。その様に考えているのは私達だけではないはずです。サーシャ様とラトネッカリ様の反応も判断基準とさせて頂きました」
急に名前を呼ばれた二人はハッとして、互いに心当たりを探るために顔を見合わせる。しかし、お互いに疑問が解決されることはなく再び会話の主導権をハヴァへと返した。
「ボクらが何か妙な事をしてたかな?」
「そうではありません。ラトネッカリ様は言わずもがな、サーシャ様も一年前にヲルカ様と共同でウィアード討伐に関与したという情報があります」
「それが?」
「恐らくですが、お二人はその際にヲルカ様に信頼を寄せることのできる何かしらを感じ取ったのではないでしょうか? でなければ今のお二人から焦燥や焦慮の念が一切出ていない事の説明が思い付きません」
「…」
二人は大きく息を吸いこんだ。別に意図して隠していた訳ではない。むしろ自分たちでさえも自らの心の動きに言い知れぬわだかまりを持っていたのだ。それがハヴァの分析によって自分でも得心の行く回答を得ることができたので、つい言葉に詰まってしまった。
そう。二人は顕在させることがとても難しい感情をヲルカに対して抱いていた。無理矢理に言語化するのであれば今指摘されたように、信頼の一言に尽きる。まるで確証はないのだが、ヲルカ・ヲセットという人間はことウィアードに対しての情熱を他のことでぶれさせることはないだろうと感じていた。
「それと…これも確信のない推論でしかないのですが、ヲルカ様は私達の意図に気が付いていると思われる可能性がございます」
「何だと?」
声を上げたのはワドワーレだったが、その場の全員が心に小さなとげを刺された様な感覚を味わっていた。ハヴァの言葉の真意を確かめるのは誰でも良かったのに、この中で最も好奇心を尊重するラトネッカリが真っ先に口を開いていた。
「それはつまり、少年がボクらにかどわかされそうだと予見しているって事かい?」
コクリ、とハヴァは頷く。しかし、その表情にはわずかながら躊躇いというか、自信のなさが見えている。
「その件については最も情報がございません。勘、と呼ばれる様な私達の推測でございます」
言い終わると部屋の中はしばらく沈黙が支配することとなる。全員が誰とも目を合わせず、ハヴァの言葉の一言一句までを噛みしめて精査していた。まるで先ほど、ヲルカ達が出て行った時間に巻き戻ったかのようだった。そしてそれを想起させるように、やはりまたしても静寂を破ったのはワドワーレの声であった。
「…気に食わねえな」
「何が、でございましょうか?」
手癖のように小手先で簡単な手品を繰り返しながら、コツコツとハヴァに近づいていく。最後に短刀を取り出したワドワーレは器用にペン回しのようにそれを回し始める。
「情報が命の『ハバッカス社』のアンタが、なんでべらべらとオレ達にそれを伝えるんだ? お前らなら情報は伏せておいてあの手この手でこっちを攪乱してくるのが常だろ?」
「情報を共有し、ワドワーレ様の妨害工作を阻止した方が得策と考えたまでです」
「あ?」
先ほどとは反対にハヴァはワドワーレへと向き直り、まるで氷の上を滑るかのように近づいていった。
「ヲルカ様はウィアード対策室の一件以来、ギルドというものに大きな不信感や嫌悪感を抱いておいでです。今回、この中立の家を拠点としたギルドが発足できたのは僥倖という他ありません。そしてヲルカ様が最も忌避したいと考えているのは、この十一番目のギルドの瓦解…引いては私達十人の決裂です。万が一、私達の抗争が元となりヲルカ様がギルドの存続は不可能と判断された場合、今度こそヲルカ様はギルドとの関係性の一切を拒絶される可能性が高いです」
「その指摘はわたくしも同感です」
「ですので、『カカラスマ座』のみならず他のギルドの優位性を妨害するような動きは慎むべきだと提言させて頂きます。その為には私達の持っている情報の提供や個人の意見の発言もやむなしと判断いたしました。是非賛同して頂けますよう改めてお願い申し上げます」
ハヴァは深々と丁寧に頭を下げた。表舞台には決して現れず裏で画策することを何よりの信条としている『ハバッカス社』のギルド員がこうして堂々と人に頭を下げる姿を見て、ギルドの確執が骨身に染みているこの部屋の者は一様に面食らった。
とりわけその懇請の意を真っすぐに向けられたワドワーレはバツが悪そうに顔を背けた。
「なら、この現状はどうする? 指をくわえて見てろって言うのか?」
「ヲルカ君から言い渡された職務を全うすればいいのでは? 少なくとも現在のヲルカ君はわたくし達全員と歩み寄ろうという意思が感じられます。ラトネッカリさんを除けば、この部屋にいる全員が今後ギルドの事について紹介や説明を求められるでしょう。その為に信頼を得ておく方が得策と言えます」
「…馬鹿馬鹿しい。勝手にしやがれ」
そう吐き捨てるように言ったワドワーレは如何にも不機嫌を全開に部屋を出て行った。
せっかく少しは丸く収まりそうだったのにと、ラトネッカリは心中だけで呟いた。横目で上から正論を叩きつけることでしか他人を動かせないサモン議会の天使を一瞥すると、ふうっと短いため息をついた。
そんな事とは露ほど感じ取っていないサーシャは乱暴に出て行ったワドワーレを目線だけで追うと、やれやれと蚊の鳴くような声で呟いた。そしてその視線をワドワーレと協定を結ぶと明言したタネモネへと移すのと、彼女が口を開いたのはほとんど同時であった。
「我も退席させて頂く。貴公らの指摘は胸に止めておくが、確証がない以上は策を練っておいて損はない」
「ご自由に」
タネモネが部屋を出ると一旦は部屋の空気が和らぐ。
ナグワーとサーシャの二人はヲルカがまとめた資料に一度目を通し、今日の自分の行動スケジュールを組み立てている。その間、何故かラトネッカリとハヴァは出て行くこともしなければ、資料を見ることもせずに過ごしていた。
やがて『サモン議会』と『ナゴルデム団』らしい堅苦しい挨拶を残すと二人は与えられた任務をこなすために部屋を出て行った。それを見計らっていたかのように、ラトネッカリはハヴァに話しかける。
「ハヴァ君」
「なんでしょうか、ラトネッカリ様」
「さっきの推論は実に興味深い内容だった。特に今のこのまとまりを崩さないように努めるという意見に関しては全くの同意見だ」
「左様でございますか」
そしてラトネッカリは大げさに芝居がかった動きと共に言った。
「中立の家での均衡を保つという点においては、ボクは全面的に協力しよう。何かあれば是非声をかけてもらいたい」
「承知いたしました」
「では」
ラトネッカリは配られた資料を自分の身体の中へと押し込めた。スライムの体の中に取り込まれた紙の資料はすぐに溶けるように無くなってしまう。文章を覚えるのと、片付けを同時にしてしまうラトネッカリの独特の癖だった。
そうして全員が出て行った部屋に残されたハヴァは資料を四つ折りにしてポケットにします。すると紙どころかハヴァ自身が消えていなくなってしまった。
「詳しく聞かせてもらおうか」
タネモネは本腰を入れて聞くために椅子に座ると腕組みをしてハヴァを見た。
「皆さまはすでに経験則として予想済みかと思いますが、私達十人は各ギルドからヲルカ様を篭絡、懐柔する…とは言葉が悪いかもしれませんが、少なくともそれに似た様な命令を受けてこの場におります。然るに十代の人間の男性を魅了しやすい容姿や能力を持っている、もしくは別件で既にヲルカ様と繋がりを持ち友好な関係性を築きやすい人物が派遣されています。しかし、最初の接触があった際、つまりはこのギルドの設立案を提案した時ですが、ヲルカ様はそのような情欲を判断基準にされる様子は一切ございませんでした」
「…もしかして、男色って事?」
「いいえ。その可能性は極めて低いかと思います。私達今申したことはウィアードが関係している場合においてのみ有効です。それ以外の日常の場面では、性別と年齢に相応しい反応をなさいます。統計上、奥手や初心、シャイなどとカテゴライズされる様な方です」
そういうと肩透かしをしながら、ワドワーレが声を発した。
「いやいや、初心だからこそこの状況はマズイって言ってるんだろ」
「ですがウィアードが絡んでいる以上、ヲルカ様は色欲で人選したとは考えにくいです。その様に考えているのは私達だけではないはずです。サーシャ様とラトネッカリ様の反応も判断基準とさせて頂きました」
急に名前を呼ばれた二人はハッとして、互いに心当たりを探るために顔を見合わせる。しかし、お互いに疑問が解決されることはなく再び会話の主導権をハヴァへと返した。
「ボクらが何か妙な事をしてたかな?」
「そうではありません。ラトネッカリ様は言わずもがな、サーシャ様も一年前にヲルカ様と共同でウィアード討伐に関与したという情報があります」
「それが?」
「恐らくですが、お二人はその際にヲルカ様に信頼を寄せることのできる何かしらを感じ取ったのではないでしょうか? でなければ今のお二人から焦燥や焦慮の念が一切出ていない事の説明が思い付きません」
「…」
二人は大きく息を吸いこんだ。別に意図して隠していた訳ではない。むしろ自分たちでさえも自らの心の動きに言い知れぬわだかまりを持っていたのだ。それがハヴァの分析によって自分でも得心の行く回答を得ることができたので、つい言葉に詰まってしまった。
そう。二人は顕在させることがとても難しい感情をヲルカに対して抱いていた。無理矢理に言語化するのであれば今指摘されたように、信頼の一言に尽きる。まるで確証はないのだが、ヲルカ・ヲセットという人間はことウィアードに対しての情熱を他のことでぶれさせることはないだろうと感じていた。
「それと…これも確信のない推論でしかないのですが、ヲルカ様は私達の意図に気が付いていると思われる可能性がございます」
「何だと?」
声を上げたのはワドワーレだったが、その場の全員が心に小さなとげを刺された様な感覚を味わっていた。ハヴァの言葉の真意を確かめるのは誰でも良かったのに、この中で最も好奇心を尊重するラトネッカリが真っ先に口を開いていた。
「それはつまり、少年がボクらにかどわかされそうだと予見しているって事かい?」
コクリ、とハヴァは頷く。しかし、その表情にはわずかながら躊躇いというか、自信のなさが見えている。
「その件については最も情報がございません。勘、と呼ばれる様な私達の推測でございます」
言い終わると部屋の中はしばらく沈黙が支配することとなる。全員が誰とも目を合わせず、ハヴァの言葉の一言一句までを噛みしめて精査していた。まるで先ほど、ヲルカ達が出て行った時間に巻き戻ったかのようだった。そしてそれを想起させるように、やはりまたしても静寂を破ったのはワドワーレの声であった。
「…気に食わねえな」
「何が、でございましょうか?」
手癖のように小手先で簡単な手品を繰り返しながら、コツコツとハヴァに近づいていく。最後に短刀を取り出したワドワーレは器用にペン回しのようにそれを回し始める。
「情報が命の『ハバッカス社』のアンタが、なんでべらべらとオレ達にそれを伝えるんだ? お前らなら情報は伏せておいてあの手この手でこっちを攪乱してくるのが常だろ?」
「情報を共有し、ワドワーレ様の妨害工作を阻止した方が得策と考えたまでです」
「あ?」
先ほどとは反対にハヴァはワドワーレへと向き直り、まるで氷の上を滑るかのように近づいていった。
「ヲルカ様はウィアード対策室の一件以来、ギルドというものに大きな不信感や嫌悪感を抱いておいでです。今回、この中立の家を拠点としたギルドが発足できたのは僥倖という他ありません。そしてヲルカ様が最も忌避したいと考えているのは、この十一番目のギルドの瓦解…引いては私達十人の決裂です。万が一、私達の抗争が元となりヲルカ様がギルドの存続は不可能と判断された場合、今度こそヲルカ様はギルドとの関係性の一切を拒絶される可能性が高いです」
「その指摘はわたくしも同感です」
「ですので、『カカラスマ座』のみならず他のギルドの優位性を妨害するような動きは慎むべきだと提言させて頂きます。その為には私達の持っている情報の提供や個人の意見の発言もやむなしと判断いたしました。是非賛同して頂けますよう改めてお願い申し上げます」
ハヴァは深々と丁寧に頭を下げた。表舞台には決して現れず裏で画策することを何よりの信条としている『ハバッカス社』のギルド員がこうして堂々と人に頭を下げる姿を見て、ギルドの確執が骨身に染みているこの部屋の者は一様に面食らった。
とりわけその懇請の意を真っすぐに向けられたワドワーレはバツが悪そうに顔を背けた。
「なら、この現状はどうする? 指をくわえて見てろって言うのか?」
「ヲルカ君から言い渡された職務を全うすればいいのでは? 少なくとも現在のヲルカ君はわたくし達全員と歩み寄ろうという意思が感じられます。ラトネッカリさんを除けば、この部屋にいる全員が今後ギルドの事について紹介や説明を求められるでしょう。その為に信頼を得ておく方が得策と言えます」
「…馬鹿馬鹿しい。勝手にしやがれ」
そう吐き捨てるように言ったワドワーレは如何にも不機嫌を全開に部屋を出て行った。
せっかく少しは丸く収まりそうだったのにと、ラトネッカリは心中だけで呟いた。横目で上から正論を叩きつけることでしか他人を動かせないサモン議会の天使を一瞥すると、ふうっと短いため息をついた。
そんな事とは露ほど感じ取っていないサーシャは乱暴に出て行ったワドワーレを目線だけで追うと、やれやれと蚊の鳴くような声で呟いた。そしてその視線をワドワーレと協定を結ぶと明言したタネモネへと移すのと、彼女が口を開いたのはほとんど同時であった。
「我も退席させて頂く。貴公らの指摘は胸に止めておくが、確証がない以上は策を練っておいて損はない」
「ご自由に」
タネモネが部屋を出ると一旦は部屋の空気が和らぐ。
ナグワーとサーシャの二人はヲルカがまとめた資料に一度目を通し、今日の自分の行動スケジュールを組み立てている。その間、何故かラトネッカリとハヴァは出て行くこともしなければ、資料を見ることもせずに過ごしていた。
やがて『サモン議会』と『ナゴルデム団』らしい堅苦しい挨拶を残すと二人は与えられた任務をこなすために部屋を出て行った。それを見計らっていたかのように、ラトネッカリはハヴァに話しかける。
「ハヴァ君」
「なんでしょうか、ラトネッカリ様」
「さっきの推論は実に興味深い内容だった。特に今のこのまとまりを崩さないように努めるという意見に関しては全くの同意見だ」
「左様でございますか」
そしてラトネッカリは大げさに芝居がかった動きと共に言った。
「中立の家での均衡を保つという点においては、ボクは全面的に協力しよう。何かあれば是非声をかけてもらいたい」
「承知いたしました」
「では」
ラトネッカリは配られた資料を自分の身体の中へと押し込めた。スライムの体の中に取り込まれた紙の資料はすぐに溶けるように無くなってしまう。文章を覚えるのと、片付けを同時にしてしまうラトネッカリの独特の癖だった。
そうして全員が出て行った部屋に残されたハヴァは資料を四つ折りにしてポケットにします。すると紙どころかハヴァ自身が消えていなくなってしまった。
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