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エピソード2
貸与術師と嵐の前の静けさ
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◇
ゆったりとした歩みだと思っていたのに、アルルの移動速度は存分に早かったようだ。正確に測った訳ではないが、ものの小一時間くらいでヌーマドレ地区に辿り着くことができた。
まだ随分と日は高い。もしも『パック・オブ・ウルブズ』が『千疋狼』だとしたら、この時間に出る可能性はかなり低くなる。そうでなくともウィアードの大半は夜か、もしくは昼間でも陽の光が届かなかったり、影になっている場所にしか現れない。
俺は時間の有効活用と思ってそれぞれが聞き込み調査をしてみようと提案をした。が、それはすぐにカウォンによって棄却されたのだった。
「それはちとマズイのう」
「どうして?」
「儂が堂々と表通りを出歩いていたらちょっとした騒動になるわい」
「あ、そっか」
言われてみれば確かに。俺の今の同行者は全員がそれなりの有名人なのだ。一番の新米ギルド魔導士であろうヤーリンでさえ、新聞や雑誌で取り上げられたこともある。とは言っても広いヱデンキアのこと。その程度で人が集まるとは思えない。一番の問題点は、やはりカウォンだ。本人も言っているようにカウォンに至ってはヱデンキアで彼女を知らない方がおかしいレベルの人物。下手をしたらパニックになるかも知れない。
思えばアルルもその辺りは心得ていたようで、わざと人目の付きにくい裏路地で止まっていた。
「顔が売れているというのはこういう時に困る」
けど、それならばどうしよう。顔を隠すと言ったって限度があるだろうし…。
あれこと思案していると、俺達の不安を吹き飛ばす様な明るい声でマルカが言った。
「良い考えがあるよ」
「ホント?」
マルカは満面の笑みで、自信たっぷりに「うん」と頷く。
「そんなに数の多いウィアードだったら聞き込みしなくても、夜になるのを待って本当に現れるか確かめればいいじゃない」
「夜まで待つって事? なんか時間を持て余しちゃうなあ」
お世辞にもいい考えとは言えない様な気がするんだけど。しかし、マルカは更に柔和な笑みを浮かべて抱きつくような勢いのままにに俺と腕を組んできた。
「だからさ、お姉ちゃんとデートしよ?」
「はい?」
「マ、マルカさん。それはおかしいんじゃないですか?」
すかさずヤーリンからご尤もなツッコミが入る。けれどもどこ吹く風で、キョトンとして人差し指を頬に押し当てながらとぼけて見せた。
「そうかなー」
「もっともじゃ。全員と同伴するか、各々に時間割を定めねば喧嘩になる」
「そこかよ」
「遊びに来たわけじゃないんですよ」
自分の意見が承諾されなかったマルカは、わざとらしく駄々をこねる様な態度になる。
「わかってるよぅ。けどポルミエ通りに行った方がいいみたい。『パック・オブ・ウルブズ』の目撃情報が多い場所らしいから。しかも人目は避けられるし、美味しい喫茶店はあるしらしいし、一石二鳥だね」
「え? 何でそんなことが分かるの?」
「聞いたから」
「誰に」
「この子」
マルカは当然と言ったような振る舞いで下にある何かを指差した。それが差している先に目線を送ると、こんな日の当たりにくい裏路地にあって鮮やかな赤い色をした花が一輪だけ生えていた。
「その赤い花?」
それが一体どうしたというのだ。という疑問が湧いたのだが、それを口に出す前にマルカがさらっと正解を教えてくれる。
「うん。アタシは『アウラウネ』だよ? 植物とお話するくらいできて当たり前じゃない?」
◇
意思の疎通が図れるのなら通行人に話を聞こうが、道端の雑草に話を聞こうが大差はない。結局はマルカの持ってきてくれた情報を元にポルミエ通りに向かう事にした。
ポルミエ通りはヌーマドレ地区の中にある自然公園を縦断するように伸びている街道の名前だ。自然公園と言っても道が整備されているだけでほとんどは森と言って差し支えない。散歩や運動の為に使われることはあるが、日常の往来の為にそこを通るヱデンキア人は少ない。だからこそ、カウォンが堂々と歩いても誰かに気がつかれるリスクは低い。そもそもポルミエ通りに入ってから、ただの一人ともすれ違う事はなかった。
調査といるよりも日光浴を兼ねた散歩のような雰囲気で、俺達五人は赤い花に教えてもらった喫茶店を目指した。
「あったよ。喫茶店」
「よかった。開いてるみたいだね」
喫茶店の屋根についた煙突からはモクモクと煙が出ているし、少し離れたところからすでに香ばしく食欲をそそるような匂いが漂ってきていた。
その香りに誘われるかのように俺達の足は自然と早くなる。ポルミエ通りに入ってからかれこれ三十分程度は経っている。街の景色は木々に覆われ雑踏も聞こえてこない。ところが、ただ一人アルルだけが反対に歩みを遅くして、その内に遠くをジッと睨みつけるように見ていた。
俺はその視線の先に顔を向ける。別段妙なモノは見えない。
「どうかした?」
「うん、ちょっと妙な匂いがして」
「匂い?」
「ちょこっと調べてきてもいいかな」
「勿論だけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。こう言っちゃなんだけど、誰も乗せてない方がウチも自由に動けるしね」
「そっか、気をつけてね」
流石に人狼というだけあって鼻は俺達の誰よりも利くのだろう。その上に文字通りの動物的な勘が働いたのかも知れない。単独行動は若干の不安があったが、アルルの言葉を信じることにした。
◇
「いらっしゃいませ」
アルルと別れて四人になった俺達は素直に喫茶店のドアを開けた。幸いなことに客は誰一人としておらず、焼きたてのクッキーのような香りが出迎えてくれた。店員に促されるままに窓際のテーブル席を案内された。
メニューを開き全員が思い思いの飲み物と軽食を注文する。そこまで終わったところでようやく一息つくことができた。
「道すがら花たちに聞いてきたけど、やっぱり狼の群れが出るみたいだね」
「アルルさんの感じた気配もあながち気のせいじゃないかも知れませんね」
「なら夜まで待つとするかのう」
「うん。ごめんね、みんな。もっと入念に調べておけば無駄な時間を過ごさずに済んだのに」
ぽっかりと時間が空いた事で、気付かないふりをしていた罪悪感がどっと込み上げてきてしまった。俺はその心情を素直にみんなに吐露する。
いざウィアードが出てきてからの対処はある程度の計画は立てられるのに、事前事後の準備や処理はどうにもうまく行かない。これまでずっと一人でやってきたものだから、いきなりリーダーに仕立て上げられても人の動かし方がまるで分からない。
「いや、儂は知っての通り多忙の身だったからの。本分を忘れた訳ではないが、こんなにものんびりできるのは久しぶりじゃ。感謝しておるよ」
「アタシも。『マドゴン院』での暮らしは基本的に地下だったから、お日様の光を浴びられて、お姉ちゃんはすごい嬉しいよ」
「私はヲルカと一緒にいれれば…」
優しい返事が返ってきて少しだけ安心した。
すると斜め前に座っていたマルカがテーブル越しに俺の手を握ってきた。
「それに無駄な時間にはならないと思うよ」
「え?」
「お姉ちゃん、ヲル君ともっと仲良くなりたいしね」
「うん。俺もみんなとは早く打ち解けたいな」
これは屈託のない本心だった。
さっきの移動手段を考えていなかったようなマヌケな話は別にして、俺が上手く指示を出せないのは今いるメンバーの事をよく知っていないという点が非常に大きい。
各々が所属しているギルドが異なると言うのに始まり、扱える魔法の色と熟練度、種族の持っている特技や体質、本人たちの性格と嗜好などなど枚挙に暇がない。幼馴染のヤーリンでさえ会わない間に『ヤウェンチカ大学校』で研鑽を積んでいたんだ。誰に何をどうまかせるべきなのか、俺自身がもっと歩み寄らないといけない。
それに。せめて中立の家にいる間は皆にギルド同士の確執は忘れてもらいたいしね。
「くっくっく」
カウォンの噛み殺したような笑いが響く。
マルカは別の意図があってそんな事を言ったのだろうけど。ただ、心底しょんぼりした顔にさせてしまったのは何だか申し訳なかった。
やがてお茶が届くと、本当に他愛のないはなしをして親睦を図った。こうしてお茶を飲むくらいなら誰しもがリラックスして時間を過ごす事ができるようだ。特にここにいるのは俺を含めて緑の魔法に精通しているという共通点がある。その事がきっかけとなって思いの外、話が弾んだ。
話の流れで俺は二人にも食堂で一緒に食べないかと誘ってみる。二人からの返事は曖昧なモノだったが、別に劇的に変化がなくても徐々に打ち解けてくれればと思うばかりだった。そうして食堂の話題が出たところで、俺はアルルの事が急に気になった。
「それにしてもアルル、遅いな」
「確かに妙じゃな。物見程度の時間はとうに過ぎておるし」
「様子を見に行った方がいいんじゃない…」
「そうだな、ちょっと店は出てみようか」
◇
ゆったりとした歩みだと思っていたのに、アルルの移動速度は存分に早かったようだ。正確に測った訳ではないが、ものの小一時間くらいでヌーマドレ地区に辿り着くことができた。
まだ随分と日は高い。もしも『パック・オブ・ウルブズ』が『千疋狼』だとしたら、この時間に出る可能性はかなり低くなる。そうでなくともウィアードの大半は夜か、もしくは昼間でも陽の光が届かなかったり、影になっている場所にしか現れない。
俺は時間の有効活用と思ってそれぞれが聞き込み調査をしてみようと提案をした。が、それはすぐにカウォンによって棄却されたのだった。
「それはちとマズイのう」
「どうして?」
「儂が堂々と表通りを出歩いていたらちょっとした騒動になるわい」
「あ、そっか」
言われてみれば確かに。俺の今の同行者は全員がそれなりの有名人なのだ。一番の新米ギルド魔導士であろうヤーリンでさえ、新聞や雑誌で取り上げられたこともある。とは言っても広いヱデンキアのこと。その程度で人が集まるとは思えない。一番の問題点は、やはりカウォンだ。本人も言っているようにカウォンに至ってはヱデンキアで彼女を知らない方がおかしいレベルの人物。下手をしたらパニックになるかも知れない。
思えばアルルもその辺りは心得ていたようで、わざと人目の付きにくい裏路地で止まっていた。
「顔が売れているというのはこういう時に困る」
けど、それならばどうしよう。顔を隠すと言ったって限度があるだろうし…。
あれこと思案していると、俺達の不安を吹き飛ばす様な明るい声でマルカが言った。
「良い考えがあるよ」
「ホント?」
マルカは満面の笑みで、自信たっぷりに「うん」と頷く。
「そんなに数の多いウィアードだったら聞き込みしなくても、夜になるのを待って本当に現れるか確かめればいいじゃない」
「夜まで待つって事? なんか時間を持て余しちゃうなあ」
お世辞にもいい考えとは言えない様な気がするんだけど。しかし、マルカは更に柔和な笑みを浮かべて抱きつくような勢いのままにに俺と腕を組んできた。
「だからさ、お姉ちゃんとデートしよ?」
「はい?」
「マ、マルカさん。それはおかしいんじゃないですか?」
すかさずヤーリンからご尤もなツッコミが入る。けれどもどこ吹く風で、キョトンとして人差し指を頬に押し当てながらとぼけて見せた。
「そうかなー」
「もっともじゃ。全員と同伴するか、各々に時間割を定めねば喧嘩になる」
「そこかよ」
「遊びに来たわけじゃないんですよ」
自分の意見が承諾されなかったマルカは、わざとらしく駄々をこねる様な態度になる。
「わかってるよぅ。けどポルミエ通りに行った方がいいみたい。『パック・オブ・ウルブズ』の目撃情報が多い場所らしいから。しかも人目は避けられるし、美味しい喫茶店はあるしらしいし、一石二鳥だね」
「え? 何でそんなことが分かるの?」
「聞いたから」
「誰に」
「この子」
マルカは当然と言ったような振る舞いで下にある何かを指差した。それが差している先に目線を送ると、こんな日の当たりにくい裏路地にあって鮮やかな赤い色をした花が一輪だけ生えていた。
「その赤い花?」
それが一体どうしたというのだ。という疑問が湧いたのだが、それを口に出す前にマルカがさらっと正解を教えてくれる。
「うん。アタシは『アウラウネ』だよ? 植物とお話するくらいできて当たり前じゃない?」
◇
意思の疎通が図れるのなら通行人に話を聞こうが、道端の雑草に話を聞こうが大差はない。結局はマルカの持ってきてくれた情報を元にポルミエ通りに向かう事にした。
ポルミエ通りはヌーマドレ地区の中にある自然公園を縦断するように伸びている街道の名前だ。自然公園と言っても道が整備されているだけでほとんどは森と言って差し支えない。散歩や運動の為に使われることはあるが、日常の往来の為にそこを通るヱデンキア人は少ない。だからこそ、カウォンが堂々と歩いても誰かに気がつかれるリスクは低い。そもそもポルミエ通りに入ってから、ただの一人ともすれ違う事はなかった。
調査といるよりも日光浴を兼ねた散歩のような雰囲気で、俺達五人は赤い花に教えてもらった喫茶店を目指した。
「あったよ。喫茶店」
「よかった。開いてるみたいだね」
喫茶店の屋根についた煙突からはモクモクと煙が出ているし、少し離れたところからすでに香ばしく食欲をそそるような匂いが漂ってきていた。
その香りに誘われるかのように俺達の足は自然と早くなる。ポルミエ通りに入ってからかれこれ三十分程度は経っている。街の景色は木々に覆われ雑踏も聞こえてこない。ところが、ただ一人アルルだけが反対に歩みを遅くして、その内に遠くをジッと睨みつけるように見ていた。
俺はその視線の先に顔を向ける。別段妙なモノは見えない。
「どうかした?」
「うん、ちょっと妙な匂いがして」
「匂い?」
「ちょこっと調べてきてもいいかな」
「勿論だけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。こう言っちゃなんだけど、誰も乗せてない方がウチも自由に動けるしね」
「そっか、気をつけてね」
流石に人狼というだけあって鼻は俺達の誰よりも利くのだろう。その上に文字通りの動物的な勘が働いたのかも知れない。単独行動は若干の不安があったが、アルルの言葉を信じることにした。
◇
「いらっしゃいませ」
アルルと別れて四人になった俺達は素直に喫茶店のドアを開けた。幸いなことに客は誰一人としておらず、焼きたてのクッキーのような香りが出迎えてくれた。店員に促されるままに窓際のテーブル席を案内された。
メニューを開き全員が思い思いの飲み物と軽食を注文する。そこまで終わったところでようやく一息つくことができた。
「道すがら花たちに聞いてきたけど、やっぱり狼の群れが出るみたいだね」
「アルルさんの感じた気配もあながち気のせいじゃないかも知れませんね」
「なら夜まで待つとするかのう」
「うん。ごめんね、みんな。もっと入念に調べておけば無駄な時間を過ごさずに済んだのに」
ぽっかりと時間が空いた事で、気付かないふりをしていた罪悪感がどっと込み上げてきてしまった。俺はその心情を素直にみんなに吐露する。
いざウィアードが出てきてからの対処はある程度の計画は立てられるのに、事前事後の準備や処理はどうにもうまく行かない。これまでずっと一人でやってきたものだから、いきなりリーダーに仕立て上げられても人の動かし方がまるで分からない。
「いや、儂は知っての通り多忙の身だったからの。本分を忘れた訳ではないが、こんなにものんびりできるのは久しぶりじゃ。感謝しておるよ」
「アタシも。『マドゴン院』での暮らしは基本的に地下だったから、お日様の光を浴びられて、お姉ちゃんはすごい嬉しいよ」
「私はヲルカと一緒にいれれば…」
優しい返事が返ってきて少しだけ安心した。
すると斜め前に座っていたマルカがテーブル越しに俺の手を握ってきた。
「それに無駄な時間にはならないと思うよ」
「え?」
「お姉ちゃん、ヲル君ともっと仲良くなりたいしね」
「うん。俺もみんなとは早く打ち解けたいな」
これは屈託のない本心だった。
さっきの移動手段を考えていなかったようなマヌケな話は別にして、俺が上手く指示を出せないのは今いるメンバーの事をよく知っていないという点が非常に大きい。
各々が所属しているギルドが異なると言うのに始まり、扱える魔法の色と熟練度、種族の持っている特技や体質、本人たちの性格と嗜好などなど枚挙に暇がない。幼馴染のヤーリンでさえ会わない間に『ヤウェンチカ大学校』で研鑽を積んでいたんだ。誰に何をどうまかせるべきなのか、俺自身がもっと歩み寄らないといけない。
それに。せめて中立の家にいる間は皆にギルド同士の確執は忘れてもらいたいしね。
「くっくっく」
カウォンの噛み殺したような笑いが響く。
マルカは別の意図があってそんな事を言ったのだろうけど。ただ、心底しょんぼりした顔にさせてしまったのは何だか申し訳なかった。
やがてお茶が届くと、本当に他愛のないはなしをして親睦を図った。こうしてお茶を飲むくらいなら誰しもがリラックスして時間を過ごす事ができるようだ。特にここにいるのは俺を含めて緑の魔法に精通しているという共通点がある。その事がきっかけとなって思いの外、話が弾んだ。
話の流れで俺は二人にも食堂で一緒に食べないかと誘ってみる。二人からの返事は曖昧なモノだったが、別に劇的に変化がなくても徐々に打ち解けてくれればと思うばかりだった。そうして食堂の話題が出たところで、俺はアルルの事が急に気になった。
「それにしてもアルル、遅いな」
「確かに妙じゃな。物見程度の時間はとうに過ぎておるし」
「様子を見に行った方がいいんじゃない…」
「そうだな、ちょっと店は出てみようか」
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